第20話「ヴァルドとの出会い」
バーレンを出発して3時間が経った頃、街道は森林地帯に入っていた。
リナとカリナは、次の町クレストヒルを目指して徒歩で進んでいた。朝の清々しい空気が心地よく、鳥のさえずりが道中を彩っている。
「お嬢様、このあたりは平和ですね」
カリナが周囲を見回しながら言った。
「街道も整備されていますし、危険はなさそうです」
「そうですね」
リナが答えた瞬間、茂みから数人の男たちが飛び出してきた。
「おい、そこの嬢ちゃんたち」
先頭の男は汚れた衣服に身を包み、錆びついた剣を構えている。典型的な山賊の格好だった。
「金目のものを全部出せ」
「旅の荷物も置いていけ」
後ろの男たちも、それぞれ武器を手にしてリナたちを取り囲んだ。
カリナが素早くリナの前に出た。左手の手袋の下で、古い傷跡が疼く。元暗殺者としての戦闘本能が蘇りかけていた。
「お嬢様、私の後ろに」
「でも、カリナ」
「大丈夫です」
カリナが腰の隠し刀に手をかけようとした時、森の奥から新たな足音が聞こえてきた。
「やれやれ、また山賊か」
低い声と共に、一人の男性が現れた。30代前半と思われるその人物は、旅装束に身を包み、腰に実用的な剣を帯びている。日焼けした顔には人懐っこい笑顔があり、どこか親しみやすい雰囲気を醸し出していた。
「何だお前は」
山賊の一人が振り返った。
「関係ない奴は失せろ」
「関係ないわけにはいかないな」
男性は剣の柄に手をかけた。
「俺も同じ方向に向かう旅人だ。同じ道を行く者として、見過ごすわけにはいかない」
「ふざけるな。一人で何ができる」
山賊たちが男性に向かって行った瞬間、事態は一変した。
男性の動きは流水のように滑らかで、同時に稲妻のように速かった。剣を抜く動作さえ見えないほどの速度で、山賊たちの武器が次々と弾き飛ばされていく。
「ぐわっ」
「な、何だこいつは」
わずか10秒ほどで、山賊たちは全員地面に転がっていた。致命傷は負っていないが、完全に戦意を失っている。
「今度出会ったら、容赦しない」
男性の静かな声に、山賊たちは慌てて逃げ出していった。
「すみません、遅くなりました」
男性がリナとカリナに向き直った。
「怪我はありませんか」
「はい、大丈夫です」
リナが答えた。
「ありがとうございました。お名前をお聞かせください」
「ヴァルドです。ヴァルド=ハートウッド」
彼は丁寧に一礼した。
「放浪の剣士をしております」
カリナが警戒の色を見せていたが、ヴァルドの実直そうな人柄に少しずつ緊張を解いていった。
「私はリン、こちらはカリナです」
「リンさん、カリナさん。どちらまで向かわれるのですか」
「クレストヒルの町まで」
「それは奇遇ですね」
ヴァルドが微笑んだ。
「実は私も同じ方向です。もしよろしければ、同行させていただけませんか」
リナとカリナは顔を見合わせた。
「でも、ご迷惑では」
「いえいえ、旅は一人より仲間がいた方が安全です。それに…」
ヴァルドは周囲を見回した。
「このあたりは最近、山賊が増えているようですから」
カリナが小声でリナに囁いた。
「お嬢様、この方は信用できそうです」
「そうですね」
リナが頷いた。
「ヴァルドさん、よろしければお願いします」
「ありがとうございます」
三人は並んで歩き始めた。ヴァルドの存在により、道中の安全性が格段に向上したのは確実だった。
「ヴァルドさんは、放浪の剣士をなさっているとのことですが」
「ええ、もう10年以上になります」
ヴァルドが答えた。
「故郷は未開発地区の小さな村でした。若い頃に武者修行に出て、そのまま各地を巡っています」
「未開発地区ですか」
リナが興味深そうに尋ねた。
「どのような場所なのでしょう」
「自然豊かで、人々は素朴です」
ヴァルドの瞳に、故郷への愛情が宿った。
「ただ、開発が遅れているため、魔物の問題もあります。最近は新しい管理者が赴任して、状況が改善されつつあるとか」
カリナがリナと視線を交わした。セドリックのことかもしれない、という共通の思いが込められている。
「その管理者の方は、どのような」
「侯爵家のご子息だそうです」
ヴァルドが答えた。
「まだお若いのに、とても有能な方だとか。未開発地区の人々も、期待を寄せているようです」
リナの胸が高鳴った。それはきっとセドリックのことだろう。彼が無事に新しい任務に就いているなら、何よりの安心材料だった。
「実は」
ヴァルドが躊躇しながら続けた。
「故郷に帰ることを考えているのです。これまで各地を巡り、多くを学びました。そろそろ、その経験を故郷のために活かしたいと思いまして」
「素晴らしいことですね」
リナが答えた。
「故郷の方々も、きっと喜ばれるでしょう」
「ありがとうございます」
ヴァルドが嬉しそうに微笑んだ。
歩きながら、リナはヴァルドという人物について考えていた。彼の剣技は確実にプロ級で、人柄も信頼できる。フェリックス兄様が手配してくれた護衛だとすれば、最適な人選だった。
「ヴァルドさん」
「はい」
「もしかして、フェリックス様からのご紹介でしょうか」
ヴァルドの表情に、一瞬だけ動揺が見えた。だが、すぐに苦笑いを浮かべる。
「やはり、お気づきになりましたか」
「やはり、そうでしたか」
「殿下から、同じ方向に向かう旅人がいるので、できれば同行してほしいと頼まれました」
ヴァルドが正直に答えた。
「ですが、偶然の出会いということにしてほしいとも」
「兄様らしいお気遣いです」
リナが微笑んだ。
「でも、正直に話してくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ。信頼していただけて光栄です」
三人の間に、自然な信頼関係が生まれていた。血縁関係による絆、忠義による絆、そして今、新たに友情による絆が加わったのである。
クレストヒルへと続く街道を、三人は和やかに歩き続けた。リナの旅に、また一つ大切な出会いが加わっている。
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