第19話「幽閉の研究」
王城の幽閉室で、セドリック=ローゼンは古代文献を広げていた。
石造りの部屋は狭く、家具は簡素なベッドと机、椅子だけだった。窓は高い位置にあり、鉄格子が嵌められている。だが、セドリックにとって、この孤独な環境は研究に集中する絶好の機会でもあった。
机の上には、イザベラ殿下が密かに差し入れてくれた古代文献が積まれている。表向きは「教養書籍の提供」ということになっているが、実際は封印術に関する極めて貴重な資料だった。
「封印術の奥義について」
セドリックは羊皮紙に書かれた古い文字を読み上げた。
「使用者は自らの存在感を代償として、対象を完全に封印する。この力は愛する者を守るためにのみ使われるべし」
彼の首筋の古い傷跡が、微かに疼いた。2年前の暴走事故の痕だが、今では封印術の力の証でもある。
羽根ペンを取り、日記帳に文字を綴る。幽閉生活における唯一の娯楽であり、同時に研究記録でもあった。
『幽閉3日目
イザベラ殿下のご厚意により、貴重な資料を入手できた。古代封印術の理論体系が次第に明確になってきている。
リナ様は今頃、どこで何をしていらっしゃるのだろうか。無事に旅を続けていることを祈るばかりだ』
ペンを置き、窓の外を見上げる。雲の間から差し込む陽光が、部屋の中に幻想的な光の筋を作り出していた。
扉がノックされ、看守が食事を運んできた。
「セドリック様、お食事をお持ちしました」
看守のヘンリーは50代の男性で、セドリックに同情的だった。彼もまた、かつて愛する女性のために苦労した経験があるのだという。
「ありがとう、ヘンリー」
「今日も勉強でございますか」
ヘンリーが古代文献を見て尋ねた。
「ああ。時間があるからな」
「そういえば」
ヘンリーが声を潜めた。
「未開発地区の話、聞いたことはございますか」
セドリックの手が止まった。
「未開発地区?」
「ええ。王国の南東部にある、開発が遅れている地域です」
「それがどうした」
「最近、そこに新しい管理者が赴任したそうでして」
ヘンリーは周囲を見回してから続けた。
「侯爵家の次男とかで、なかなか有能な方だとか」
セドリックの心臓が跳ね上がった。侯爵家の次男といえば、自分のことである可能性が高い。
「詳しいことは分からないのか」
「申し訳ございません。私も又聞きでして」
ヘンリーが去った後、セドリックは考え込んだ。もしかすると、父ヴァイオレットが裏で手を回しているのかもしれない。表向きは勘当されたことになっているが、実際は将来への布石を打っているのだろう。
『父上らしい策略だ』
セドリックは苦笑した。ローゼン家の当主である父は、政治的な駆け引きに長けている。息子の幽閉処分も、おそらく計算の内だったのだろう。
古代文献を開き、研究を続けた。封印術の理論は複雑だが、リナとの共同研究で基礎は身につけている。問題は、実際の運用における制御だった。
「存在の封印」
古い記述を読み上げる。
「対象の存在そのものを一時的に閉ざし、外界から隔離する。使用者は孤独を背負うが、守るべきものを確実に保護できる」
これこそが、セドリックが求めていた技術だった。リナを危険から守るために必要な力。
だが、代償も大きい。封印術を使用するたびに、使用者の存在感は薄くなっていく。最終的には、誰からも忘れられる運命が待っている。
「それでもかまわない」
セドリックは決意を新たにした。
「リナを守れるなら」
日記に新たな文字を書き込む。
『封印術の完成まで、あと2ヶ月程度か。幽閉期間が終わる頃には、必要な知識と技術を身につけているだろう。
未開発地区への赴任が事実なら、そこでリナ様との再会を果たしたい。今度こそ、彼女を守り抜く』
夕方になると、部屋に静寂が戻った。セドリックは古代文献を閉じ、リナからもらった護符を手に取った。小さな魔法の品は、今も微かに温かい。
「必ず迎えに行きます」
呟いた言葉は、石造りの壁に静かに響いた。
窓の外で、夕日が王城の塔を赤く染めている。あの向こうに、愛する人がいる。距離は離れていても、想いは確実に繋がっている。
幽閉の日々は、セドリックにとって準備の時間だった。次に会う時には、必ずリナを守れる力を身につけている。そう心に誓いながら、彼は再び古代文献を開いた。
愛のために学ぶ知識ほど、身につきやすいものはない。セドリックの研究は、確実に成果を上げ続けていた。
孤独な部屋で、騎士は愛する人への想いを胸に、静かに力を蓄え続けている。再会の日まで、あと2ヶ月と少し。その時が来れば、真の騎士道を示すことができるだろう。
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