第17話「小さな依頼」
午後の陽射しが街道を照らす中、リナとカリナはバーレンのギルド支部へと足を向けた。
石造りの建物は、王都のギルド本部と比べれば小さなものだったが、活気に満ちている。出入りする冒険者たちの装備や会話から、この町が交易路の要所であることが伺えた。
「初回登録ですか?」
受付嬢は20代前半の明るい女性で、親しみやすい笑顔を浮かべていた。胸につけられた名札には「マリア」と書かれている。
「はい。リンと申します」
リナが偽名で名乗った。
「職業は?」
「薬師です」
「薬師さんですね。では、こちらの書類にご記入をお願いします」
マリアが差し出した書類には、基本的な個人情報と技能に関する項目があった。リナは慎重に記入していく。
「技能欄には、具体的にどのようなことができるか書いてくださいね」
「薬草の鑑定、調合、治療薬の作成などでしょうか」
「素晴らしいです。薬師さんは常に需要がありますから」
書類の記入が終わると、マリアは内容を確認した。
「では、登録料として銅貨50枚をお支払いください」
カリナがイザベラから預かった資金袋から銅貨を取り出した。
「ギルドカードをお作りしますので、少々お待ちください」
待っている間、リナは周囲を観察した。掲示板には様々な依頼が貼られており、その中に薬草関連のものもいくつか見える。
「お待たせしました」
マリアが手渡したのは、銅色のギルドカードだった。そこには「リン・薬師・ランクF」と刻印されている。
「初心者はFランクからのスタートです。依頼をこなしてポイントを貯めれば、ランクアップできますよ」
「承知いたしました」
「では、早速依頼を受けてみませんか?薬師さん向けの簡単なものがありますよ」
マリアは掲示板から一枚の羊皮紙を取ってきた。
「薬草採取の依頼です。町の北にある『緑の森』で、回復薬の材料となるヒーリングハーブを20株採取してください。報酬は銀貨2枚です」
「難易度はいかがでしょうか」
「初心者向けです。森に危険な魔物はいませんし、ヒーリングハーブは見分けやすい薬草ですから」
リナは依頼書を受け取った。
「お受けします」
「ありがとうございます。夕方までに戻ってくれれば大丈夫ですよ」
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町の北門を出ると、緑豊かな森が広がっていた。
「お嬢様、本当にお一人で大丈夫でしょうか」
カリナが心配そうに尋ねた。
「はい。薬草採取なら慣れています」
実際、リナは王城の薬草園で多くの経験を積んでいた。だが、野生の環境での採取は初めてだった。
森の中に入ると、様々な植物が目に入ってくる。鳥のさえずりが聞こえ、木漏れ日が美しい模様を作っている。
「あちらにヒーリングハーブがありますね」
リナが指差したのは、白い小さな花をつけた薬草だった。葉の形状と香りから、間違いなくヒーリングハーブだと判断できる。
丁寧に根から掘り起こし、土を落として布袋に入れていく。その作業中、リナの瞳が一瞬だけ光った。
鑑定スキルが無意識に発動したのだ。
すると、普通のヒーリングハーブの中に、明らかに違う特性を持つ個体が見えた。葉の色がわずかに濃く、魔力の含有量が通常の3倍近くある。
「これは…上級ヒーリングハーブ?」
リナは驚いた。この変異種は非常に珍しく、通常のものと比べて格段に高い効果を持つ。
「お嬢様、何か特別なものを見つけられたのですか」
「ええ、とても珍しい変異種です」
リナはその個体も慎重に採取した。
作業を続けていると、さらに驚くべきことが起こった。鑑定スキルにより、他の薬草の特性も次々と把握できるようになったのだ。
普通なら見落としてしまうような希少種も、正確に識別できる。
「月光草…これも貴重な薬草ですね」
「清浄苔も生えています」
気がつくと、依頼された20株のヒーリングハーブだけでなく、希少な薬草を多数採取していた。
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夕方、ギルドに戻ったリナを、マリアが迎えた。
「お疲れ様です。採取はいかがでしたか?」
「はい、何とか採取できました」
リナが布袋を差し出すと、マリアは中身を確認し始めた。だが、その表情がみるみる驚きに変わっていく。
「え…これは…」
袋の中には、依頼されたヒーリングハーブ20株に加えて、上級ヒーリングハーブ、月光草、清浄苔、その他の希少薬草が入っていた。
「信じられません。上級ヒーリングハーブなんて、ベテランでも滅多に見つけられないのに」
周りにいた他の冒険者たちも、袋の中身を覗き込んで驚いている。
「新人にしてはやるじゃないか」
「いや、これは新人のレベルじゃないだろう」
「薬草の鑑定眼が相当なものだな」
ささやかな騒ぎになる中、マリアは興奮気味に話を続けた。
「リンさん、これらの希少薬草も買い取らせていただけませんか?通常の報酬に加えて、金貨3枚をお支払いします」
「ありがとうございます」
リナが答えると、周囲からどよめきが上がった。初日で金貨を稼ぐなど、前代未聞のことだった。
「それから…」
マリアは少し躊躇してから続けた。
「もしよろしければ、明日はもう少し難しい依頼に挑戦してみませんか?」
「どのような?」
「Eランク向けの薬草採取です。通常なら経験を積んでからですが、リンさんなら問題ないと思います」
リナは頷いた。
「お受けします」
受付を後にする時、他の冒険者たちの視線が変わっているのを感じた。最初は「新人」として見られていたが、今では明らかに尊敬の念が込められている。
「お嬢様、素晴らしい成果でしたね」
カリナが嬉しそうに言った。
「まだ始まったばかりです」
リナが答えた。
「でも、確かに手応えを感じました」
鑑定スキルの発現により、自分の可能性が大きく広がったことを実感している。これまで学んだ知識が、実践的な能力として開花し始めているのだ。
宿屋への帰り道、リナの心には新たな自信が芽生えていた。王城での保護された生活ではなく、自分の力で価値を創造する喜びを知ったのである。
「明日も頑張りましょう」
夕焼けに照らされた町並みが、希望に満ちて見えた。記憶を継ぐ者としての真の力が、静かに目覚め始めていた。
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