第16話「薬草の知識」
リナとカリナは早めに宿屋を出て、町の散策を始めた。メインストリートを歩きながら、リナは一般の人々の生活を興味深く観察している。
「あちらに薬屋がありますね」
カリナが看板を指差した。
「『緑の薬草亭』…覗いてみましょうか」
「はい。旅に必要な薬草があるかもしれません」
扉を開けて中に入ると、薬草の香りが鼻をついた。壁には様々な薬草が束ねて吊るされ、棚には色とりどりの調合薬が並んでいる。だが、店の奥から苦しそうなうめき声が聞こえてきた。
「すみません」
リナが声をかけると、40代ほどの男性が奥から現れた。顔色が悪く、額に汗を浮かべている。
「いらっしゃいませ…申し訳ございません、体調が優れなくて」
「お体の具合が悪いのですか」
「ええ、昨夜から熱と頭痛が…妻も同じ症状で床に臥せっております」
男性は椅子にもたれかかりながら説明した。
「町の医者に診てもらったのですが、原因不明と言われまして」
リナは男性の様子を観察した。症状から推測すると、ある特定の毒草による軽度の中毒症状に思える。
「失礼ですが、最近新しい薬草を仕入れられませんでしたか」
「はい、3日前に行商人から珍しい薬草をいくつか…どうしてそれを」
「その中に、紫色の小さな花をつける薬草はありませんでしたか」
男性の表情が変わった。
「ございます。確か『紫花草』という名前で…」
「それです」
リナが頷いた。
「紫花草は確かに薬効がありますが、保存方法を間違えると毒性を持ちます。湿気の多い場所に置いていませんでしたか」
「倉庫に…確かに湿気が多い場所でした」
男性が驚いて答えた。
「まさか、それが原因で」
「おそらくそうでしょう。紫花草が湿気により変質し、微量の毒素を放出したのです。それを吸い込まれたことで、現在の症状が出ているものと思われます」
カリナが感心したような表情でリナを見つめている。このような専門的な知識を、彼女はどこで身につけたのだろうか。
「では、どうすれば」
「まず、その紫花草を湿気のない場所に移してください。それから…」
リナは店内を見回し、必要な薬草を探した。
「黄金草と白根草、それに清浄水があれば、解毒薬を調合できます」
「本当ですか」
男性の顔に希望の光が差した。
「ございます、すべて揃っています」
リナは店の奥にある調合台を借りて、手際よく作業を始めた。分量を正確に測り、的確な手順で薬草を処理していく。その技術は、熟練の薬師のそれだった。
「お嬢さん、どちらで薬草学を学ばれたのですか」
作業を見守りながら、男性が尋ねた。
「家庭で少しずつ」
リナが曖昧に答えた。
「とても『少しずつ』のレベルではありません。まるで宮廷薬師のような技術です」
調合が完了すると、透明な液体ができあがった。
「これを1日3回、食前に服用してください。奥様にも同じように」
「ありがとうございます」
男性は薬を受け取ると、すぐに一服した。しばらくすると、顔色が明らかに良くなってきた。
「驚きです。もう楽になってきました」
「完全に回復するまで2日ほどかかると思いますが、徐々に良くなるはずです」
「本当にありがとうございました」
男性は深く頭を下げた。
「代金はいくらでも」
「いえ、お代は結構です」
リナが手を振った。
「困った時はお互い様ですから」
「そういうわけにはいきません」
男性は店の棚から小さな袋を取り出した。
「これは珍しい薬草の種です。どうぞお納めください」
「ありがとうございます」
リナが袋を受け取ると、中から特殊な香りがした。これは確かに貴重な品種のようだった。
店を出た後、カリナが感嘆の声を上げた。
「お嬢様、本当にお見事でした」
「父王の書斎にあった古い薬草学の本を読んでいたのです」
リナが説明した。
「それにしても、実際に調合するのは初めてでしたから、上手くいって良かったです」
だが内心では、自分でも驚いていた。調合中、まるで何度も経験したことがあるような感覚があったのだ。それは父王から受け継いだ記憶の影響なのだろうか。
「お嬢様の知識は、並の薬師を遥かに上回っています」
「そうでしょうか」
「はい。きっと多くの人々の役に立つことでしょう」
二人が歩いていると、後ろから声をかけられた。
「お嬢さん」
振り返ると、近所の住民らしき女性が駆けてきた。
「薬屋のご主人から聞きました。素晴らしい薬師さんがいらしたと」
「いえ、そのような」
「よろしければ、うちの母も診ていただけませんか。長いこと足の痛みに悩まされていて」
リナとカリナは顔を見合わせた。
「喜んで」
リナが答えると、女性は安堵の表情を浮かべた。
町の人々に必要とされている実感が、リナの心を温めていた。王城では味わうことのできない、直接的な感謝の気持ちだった。
「私の本当の価値は、ここにあるのかもしれません」
小さく呟いた言葉を、カリナは微笑みながら聞いていた。第三皇女リナ=ヴァルメリアの新しい人生が、確実に始まっていた。
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