第14話「セドリックの処分」
王城の謁見の間に、重い足音が響いた。
セドリック=ローゼンは、王妃派の貴族たちに囲まれながら、堂々とした歩調で中央に進み出た。昨夜の父との決別により、彼の決意は既に固まっている。どのような処分が待っていようとも、後悔はなかった。
グレゴール=バルトハウス侯爵が、薄い笑みを浮かべながら立ち上がった。
「セドリック=ローゼン殿」
「はい」
セドリックは真っ直ぐ前を見据えて答えた。
「昨日の第三皇女追放に関して、あなたにも確認しておくことがある」
グレゴールの声には、獲物を追い詰めた狩人のような響きがあった。
謁見の間の一角には、王族たちの姿もあった。第一王子アルベルトは重い沈黙を保ち、複雑な表情で事態を見守っている。第一皇女イザベラは、冷静な表情ながらも瞳の奥に憤りを秘めていた。
「婚約破棄に異議はないか」
グレゴールの質問に、セドリックは一瞬だけ間を置いた。
「異議があります」
謁見の間にざわめきが起こった。貴族たちは予想外の回答に動揺している。
「ほう」
グレゴールの瞳に興味深そうな光が宿った。
「どのような異議か」
「リナ様を愛しております」
セドリックの声は、謁見の間の隅々まで響いた。
「愛だと?」
別の貴族が嘲笑するような口調で言った。
「追放された皇女への愛など、何の意味もない」
「いえ」
セドリックが振り返った。
「愛に政治的な意味など必要ありません」
「騎士として、そのような個人的感情を優先するのか」
グレゴールが詰問した。
「騎士だからこそです」
セドリックが胸を張って答えた。
「騎士道とは、大切なものを守ることです。私にとって、それはリナ様なのです」
その時、イザベラが立ち上がった。
「セドリック殿の発言は理解できます」
第一皇女の知的で冷静な声が響いた。
「愛する者への忠誠は、騎士道の根幹をなすものです」
「イザベラ殿下」
グレゴールが制するような声を出したが、イザベラは動じなかった。
「政治的都合で個人の感情を踏みにじることが、果たして正義と言えるでしょうか」
アルベルトは何も言わなかったが、妹の発言を制止することもしなかった。重い沈黙で見守る彼の態度は、暗黙の支援とも取れるものだった。
グレゴールは苛立ちを隠そうともしなかった。計算通りに進むはずの処分が、予想外の展開を見せている。
「では、処分を言い渡す」
彼は冷酷な声で宣告した。
「セドリック=ローゼン、お前は幽閉とする」
「承知いたしました」
セドリックは静かに受け入れた。
「期間は?」
「無期限だ」
グレゴールの答えに、今度は明らかなどよめきが起こった。無期限の幽閉は、事実上の永久追放に等しい処分だった。
「それは重すぎる処分ではないでしょうか」
イザベラが冷静に抗議した。
「個人の感情を表明したことが、無期限幽閉に値する罪とは思えません」
「王室の秩序を乱した罪です」
グレゴールが言い返した。
「ですが、セドリック殿は何ら違法な行為はしておりません」
「王室の決定に従わないこと自体が問題なのです」
二人の言い争いを、セドリックは静かに聞いていた。イザベラ殿下の理知的な庇護に感謝しつつも、自分の選択に後悔はなかった。
「イザベラ殿下」
セドリックが口を開いた。
「お気持ちは深く感謝いたしますが、私は自分の選択に責任を持ちます」
彼は深く一礼した。
「どのような処分であろうと、受け入れます」
その毅然とした態度に、謁見の間の空気が変わった。貴族たちの中にも、セドリックの誠実さに感銘を受ける者がいた。一部の騎士たちは、明らかに敬意の表情を浮かべている。
「立派だ」
小さく呟いたのは、年配の騎士長だった。
「真の騎士とは、ああいう者を言うのだ」
グレゴールは、事態が自分の思惑と違う方向に進んでいることに気づいていた。セドリックを貶めるつもりが、逆に彼の株を上げる結果となっている。
「処分は決定した」
彼は強引に話を終わらせようとした。
「すぐに幽閉の準備を」
「待て」
今度はアルベルトが口を開いた。第一王子の重い声が、謁見の間を支配する。
「グレゴール侯爵、処分が重すぎるのではないか」
「しかし、殿下」
「セドリック殿の気持ちは理解できる。私とて、兄弟を思う気持ちは同じだ」
アルベルトの言葉に、グレゴールは言葉を失った。王位継承者である第一王子が、セドリックを庇護する発言をしたのだ。
「では、期間を限定しよう」
アルベルトが提案した。
「3ヶ月の幽閉とする」
「殿下、それでは…」
「これが私の判断だ」
アルベルトの威厳ある声が、グレゴールの抗議を封じた。
セドリックは深く頭を下げた。
「ありがとうございます、アルベルト殿下」
処分の宣告が終わると、セドリックは静かに謁見の間を後にした。護衛に付き添われながらも、その歩調に乱れはない。
廊下でイザベラが追いついてきた。
「すみません、セドリック」
「いえ、十分です」
セドリックが振り返った。
「殿下のお気持ちだけで十分です」
「3ヶ月後、必ず迎えに行かせます。それまで耐えて下さい」
「ありがとうございます」
二人は短く言葉を交わすと、それぞれの道を歩んでいった。
幽閉室に向かう廊下で、セドリックは胸ポケットの護符に触れた。リナからもらった、最後の贈り物。その温かさが、これから始まる孤独な時間を支えてくれるだろう。
「必ず、迎えに行きます」
小さく呟いた誓いの言葉は、石造りの廊下に静かに響いていった。愛のために戦った騎士の誇りと共に。
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