第13話「追放の理由」
馬車が街道を進む中で、リナ=ヴァルメリアは窓の外の景色を眺めながら、過去を振り返っていた。
王城が完全に見えなくなった今、彼女の心には不思議な静けさがあった。恐怖や怒りではなく、むしろ一つの人生の区切りを迎えた安堵感のようなものだった。
「お嬢様」
向かい側に座るカリナが、心配そうに声をかけた。
「お疲れではありませんか」
「いえ、大丈夫です」
リナは微笑んで答えた。
「少し、昔のことを思い出していました」
馬車の揺れが心地よく、記憶の扉が静かに開かれていく。
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リナが7歳の時、母エレナが亡くなった。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。病床に伏していた母は、最後の力を振り絞ってリナの手を握った。
「リナ、お前は特別な子よ」
母の声はかすれていたが、想いは確かに伝わった。
「でも、その特別さを恐れることはない。それは、愛する人を守るための力なのだから」
当時は意味が分からなかった。だが、父王の死後に古代の記憶を受け継いだ今なら理解できる。母は既に、リナの内に宿る力について知っていたのだ。
母の死後、王妃派からの風当たりが強くなった。
「市井の出身の女が産んだ子など、王族とは言えない」
「血統が汚れている」
陰口や嫌がらせは日常茶飯事だった。だが、父王はいつもリナを庇ってくれた。
「血筋の尊さは、出自ではなく心の在り方で決まる」
父王の言葉が、幼いリナの心を支えていた。
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14歳の時、リナは錬金術への興味を本格的に示し始めた。
図書館で古い書物を読み漁り、薬草の効能を研究し、簡単な調合を試みる。その知識欲と集中力は、他の王族とは明らかに異質だった。
「第三皇女は変わり者だ」
「王族らしからぬ趣味を持っている」
再び陰口が始まったが、今度は父王だけでなく、兄姉たちも理解を示してくれた。
特にセレスティアは、リナの研究に興味を示し、よく一緒に薬草園を歩いたものだった。
「リナの作る薬は、本当によく効くのね」
セレスティアの無邪気な称賛が、リナの心を温めていた。
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16歳の時、セドリックとの婚約が決まった。
これは政治的な意味合いが強い婚約だった。ローゼン家は王妃派の有力貴族ではあったが、セドリック自身は比較的中立的で、リナとの相性も良かった。
「この婚約により、第三皇女の立場も安定するでしょう」
当時の首相がそう説明していた。だが、リナは政治的な思惑よりも、セドリックという人間性に惹かれていった。
彼は知的で誠実で、リナの研究にも理解を示してくれた。封印術という古代の技術を研究していることも知り、二人は学問的な話題で盛り上がることが多かった。
愛情は、時間をかけて静かに育っていった。
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そして昨日、父王が崩御した。
すべてが一夜にして変わった。王妃派は待っていたかのように動き出し、リナの存在そのものを王国の脅威として位置づけた。
「血統の不純さ」は表向きの理由に過ぎない。本当の理由は、リナの内に宿る禁忌の力への恐れだった。グレゴールたちは、その力の存在に気づいていたのだ。
だが、恐れと同時に欲望もあった。プロローグでの古代記憶や、父王の手紙が示すように、リナの力は王国の歴史に深く関わっている。それを制御できれば、絶大な権力を手に入れることができるのだ。
追放は、その第一段階に過ぎない。
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「お嬢様」
カリナの声で、リナは現在に戻った。
「何か、お気づきになったことがございますか」
「ええ」
リナは頷いた。
「私たちの旅は、単なる逃避行ではありません」
「と、申しますと」
「これは、運命との対決への道のりです」
リナは胸元のセレスティアからもらった護符に触れた。温かな感触が、家族の愛を思い起こさせる。
「王城にいる限り、私は保護される存在でした。でも、それでは本当の意味で成長することはできません」
馬車の窓から見える風景が、少しずつ変化している。都市部から郊外へ、そして田園風景へと移り変わっていく。
「この旅を通じて、私は自分の力と向き合い、本当の使命を見つけなければなりません」
「お嬢様…」
カリナの瞳に感動の涙が浮かんだ。
「そのお覚悟、しかと承りました」
リナは外の景色を見つめながら続けた。
「父王もきっと、これを望んでいたのでしょう。安全な王城ではなく、困難な旅路の中で、私が真の継承者として成長することを」
馬車の前方で、フェリックスの明るい声が聞こえた。
「もうすぐ分岐点だ。そこでヴァルドと合流する」
「承知いたしました」
リナが答えた。
新しい仲間との出会い、未知の土地での体験、そして自分自身の力との対話。すべてが、これから始まる真の物語の序章だった。
「カリナ」
「はい」
「これまでの人生は、この瞬間のための準備だったのかもしれません」
「そうですね」
カリナが深く頷いた。
「お母様も、お父様も、すべてお嬢様のこの旅路を見守っていらっしゃることでしょう」
馬車は街道を進み続ける。過去への決別と未来への希望を胸に、記憶を継ぐ者の真の旅が始まろうとしていた。
王城での17年間は終わった。だが、リナ=ヴァルメリアの人生は、今まさに本格的に始まるのである。
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