第11話「最後の面会」
王城の中庭に、夜明け前の薄暗い光が差し込んでいた。
石畳の上を静かな足音が響く。セドリック=ローゼンは、約束の場所へと向かっていた。今朝がリナとの最後の機会になるかもしれない。
中庭の中央にある古い噴水のそばで、リナが待っていた。深い青の外套を羽織った彼女は、いつものように静かで落ち着いている。白銀の髪が朝の風に揺れ、淡い金の瞳は穏やかな光を湛えていた。
「リナ様」
セドリックが近づくと、リナは振り返った。
「セドリック。来てくださったのですね」
「最後に、どうしてもお話ししたいことがありました」
二人の周囲には、複数の護衛が配置されている。王妃派の指示により、厳重な監視下での面会だった。だが、護衛の一人、フェリックス王子の姿もそこにあった。
フェリックスは表面上は他の護衛と同じように見えたが、セドリックとリナには分かっていた。彼がここにいるのは監視のためではなく、二人に少しでも自由な時間を与えるためだった。
「護衛の皆さん、少し離れた場所に」
フェリックスが他の護衛たちに指示した。
「会話の内容は我々が監視します」
護衛たちが離れると、フェリックスは意味深な視線をセドリックに送った。『後は任せる』という無言のメッセージだった。
「ありがとうございます、フェリックス殿下」
セドリックが小声で礼を言うと、フェリックスは微かに頷いた。
「君を守れなくて申し訳ない」
セドリックがリナに向き直ると、彼女は静かに首を振った。
「あなたに責任はありません」
「だが、婚約者として…」
「セドリック」
リナが彼の言葉を遮った。
「あなたは十分にしてくださいました。これ以上は望みません」
セドリックの胸が締めつけられた。彼女のこの優しさが、別れをより辛いものにする。
「リナ様、私は…」
「分かっています」
リナは微笑んだ。
「あなたの気持ちも、お父様の立場も。どちらも理解しています」
「でも、私は諦められません」
セドリックが一歩前に出た。
「必ず、あなたを迎えに行きます」
「それは…」
「約束してください。どこにいても、私を待っていてください」
リナの瞳に、一瞬だけ迷いが浮かんだ。だが、すぐにいつもの静けさを取り戻す。
「私は、自分の道を歩まなければなりません。あなたに迷惑をかけるわけにはいきません」
「迷惑ではありません」
セドリックが強い口調で言った。
「あなたと共にいることが、私の幸せなのです」
フェリックスは少し離れた場所で、複雑な表情で二人を見守っていた。政治的な制約の中で引き裂かれる恋人たちの姿に、彼自身も胸を痛めていた。
「時間があまりありません」
リナが空を見上げた。東の空がわずかに明るくなり始めている。
「これを」
リナは小さな錬金術の護符を取り出した。それは彼女が夜中に作った、特別な品だった。
「私の想いを込めたものです。もしものときに、あなたを守ってくれるでしょう」
護符を受け取ったセドリック気づいた。それがただの護符ではないことに。表面に刻まれた魔法陣は、彼が研究している封印術と共通点があった。
「これは…」
「あなたの研究を参考にさせていただきました」
リナが静かに言った。
「封印の力と錬金術を組み合わせたものです。危険な時に、あなたの存在を守ってくれるはずです」
セドリックは護符を握りしめた。その温かさに、リナの愛情を感じる。
「ありがとうございます」
「いえ」
リナは首を振った。
「私こそ、あなたに支えられてきました」
二人の間に、静かな時間が流れた。言葉にできない想いが、空気の中に漂っている。
「リナ様」
セドリックが最後に言った。
「どこにいても、あなたのことを想っています」
「私も」
リナの声が小さく震えた。感情を抑えることに慣れた彼女でも、この瞬間ばかりは心が揺れていた。
「いつか、必ず再び会いましょう」
「ええ」
フェリックスが時計を見て、合図を送った。面会時間が終わりに近づいている。
「それでは」
セドリックは深く一礼した。
「お元気で」
「あなたこそ」
リナも礼を返した。
セドリックが立ち去ろうとした時、リナが小さく呟いた。
「記憶は、風のように流れるもの…でも、愛は永遠に心に残ります」
セドリックは振り返らずに答えた。
「永遠に」
彼の手には、護符の温もりが残っていた。それは、二人を繋ぐ見えない糸のようなものだった。
フェリックスは最後まで、二人の想いを見守っていた。政治の嵐に翻弄される恋人たちを支援する、せめてもの行為として。
「時は必ず来る」
フェリックスが小声で呟いた。
「その時まで、待っているんだ」
中庭に朝の光が差し込み始めた。新しい一日の始まりだったが、同時に一つの愛の物語の区切りでもあった。
だが、終わりではない。セドリックの手の中の護符が証明しているように、愛の絆は距離や時間を超えて続いていくのである。
護衛たちが戻ってくると、面会は正式に終了した。だが、二人の心に刻まれた想いは、誰にも奪うことはできなかった。
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