第9話「グレゴールの計算」
グレゴール=バルトハウス侯爵の私室では、深夜にも関わらず密談が続いていた。
部屋の奥に安置された記憶の石が、微かに脈動するような光を放っている。古代の遺物は、どこか遠くにいる禁忌の力の持ち主と共鳴しているかのようだった。
「計画は順調に進んでいる」
グレゴールが円卓を囲む王妃派の貴族たちに報告した。
「第三皇女の追放は成功した。明朝には王城を出て行くだろう」
「それで我々は安全になるのか」
中年の男爵が不安そうに尋ねた。
「彼女の血に宿る力とやらが、本当に脅威なのか」
グレゴールは薄い笑みを浮かべた。
「諸君は、まだ理解していない」
彼は立ち上がり、記憶の石の前に歩み寄った。
「第三皇女は確かに脅威だ。だが同時に、我々にとって最高の宝でもある」
石に手を近づけると、より強い光が立ち上った。
「この石は、古代王家の記憶を蓄積している。そして、禁忌の力を持つ者が近づくと、こうして反応するのだ」
貴族たちがざわめいた。
「つまり、第三皇女は既に覚醒している」
「だからこそ危険なのではないか」
別の貴族が声を上げた。
「なぜ追放などという生ぬるい手段を選んだ。処分すべきだったのでは」
「愚かな」
グレゴールが冷たく一喝した。
「禁忌の力の持ち主を殺せば、その力は散逸してしまう。それでは何の意味もない」
彼は記憶の石を愛撫するように触れた。
「我々の目的は、彼女の力を完全に制御することだ。そのためには、まず彼女を王城から遠ざけ、力の成長を観察する必要がある」
「観察?」
「そうだ。彼女がどの程度まで力を発現させるのか、どのような弱点を持つのか、すべてを把握してから行動に移る」
グレゴールの瞳に、計算高い光が宿った。
「幸い、我々には協力者がいる」
「協力者とは」
「王子・皇女たちの動向を監視している者たちだ」
グレゴールは円卓に戻り、羊皮紙を広げた。そこには王城の見取り図が描かれている。
「第二王子と第二皇女が、密かに第三皇女を支援しようとしている。第一皇女も資金援助を計画しているようだ」
「それは問題ではないか」
「いや、むしろ好都合だ」
グレゴールが指で見取り図の一点を示した。
「彼らの支援により、第三皇女はより大胆に力を使うようになるだろう。その過程で、我々は貴重なデータを収集できる」
貴族たちの表情に理解の色が浮かんだ。
「なるほど、泳がせておくということか」
「その通りだ。そして、十分にデータが集まった時…」
グレゴールの唇に冷酷な笑みが浮かんだ。
「完全に制御する」
記憶の石が一際強く光った瞬間、グレゴールの脳裏に映像が浮かんだ。それは、どこか遠くで錬金術の実験をしている少女の姿だった。
「既に始まっているな」
グレゴールが呟くと、貴族たちが身を乗り出した。
「何が始まっているのですか」
「第三皇女の力の覚醒だ。この石を通じて、彼女の行動が断片的に見える」
実際には、それはリナが父王の書斎で古代錬金術書を手にした時の映像だったが、グレゴールはそれを自分の計画の成功と解釈していた。
「では、我々は何をすれば良いのか」
「待つのだ」
グレゴールが振り返った。
「焦る必要はない。第三皇女は必ず、我々の手の内に戻ってくる」
「どうしてそう言い切れる」
「彼女の血筋がそうさせるからだ」
グレゴールは古い書物を取り出した。
「古代王家の記録によれば、禁忌の力を持つ者は最終的に『記憶の海』と呼ばれる場所に導かれる。そこで、力の真の意味を知ることになるのだ」
「記憶の海?」
「古代遺跡の名前だ。王国の北方、未開発地区の奥深くにある」
グレゴールの指が地図上の一点を示した。
「我々は既に、そこに監視体制を敷いている。第三皇女がそこに現れた時が、我々の勝利の時だ」
貴族たちが納得したような表情を浮かべた。
「しかし、万が一の場合に備えて、追加の手も打っておこう」
グレゴールが立ち上がった。
「第三皇女の動向を密かに監視し、必要に応じて介入する。彼女には自由に行動させつつ、完全な制御下に置くのだ」
「具体的には?」
「商人に変装した工作員を各地に派遣する。ギルドにも協力者を配置し、彼女の依頼内容を把握する」
グレゴールの計画は恐ろしく綿密だった。
「そして最後に」
彼は記憶の石に再び手を触れた。
「この石を使って、彼女の記憶に干渉することも可能だ。必要に応じて、偽の記憶を植え付けることもできる」
貴族たちがざわめいた。その技術の恐ろしさに、全員が戦慄を覚えていた。
「それは…危険すぎるのでは」
「危険を恐れていては、大きな成果は得られない」
グレゴールが冷酷に言い放った。
「第三皇女の力は、王国の未来を左右するほど強大だ。それを制御できれば、我々は真の支配者となれる」
記憶の石の光が次第に弱くなり、部屋は再び薄暗くなった。
「諸君、時は我々の味方だ。焦ることなく、確実に計画を進めよう」
貴族たちが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「承知いたしました、グレゴール侯爵」
密談が終わった後、グレゴールは一人部屋に残った。記憶の石を見つめながら、彼は心の奥で別のことを考えていた。
実のところ、彼の真の目的は王妃派の利益を守ることではなかった。古代の力を手に入れ、自分自身が王国の真の支配者になることだった。
「第三皇女よ、お前は私の野望の鍵だ」
グレゴールの瞳に、狂気にも似た光が宿っていた。
「存分に力を成長させるが良い。そして最後は、すべて私のものとなるのだ」
記憶の石が最後に一度光ると、部屋は完全な闇に包まれた。王国の命運を握る恐ろしい計画が、静かに動き始めていた。
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