第1話 成人の儀(1)
2025年8月26日改稿。サブタイトルの位置修正。
(作者からのお知らせ)
このお話は、拙作「ごーれむ君の旅路」の外伝です。
作者お気に入りの一人、オルソン君の物語!
内輪ネタや本編のネタばらしもありますので、本編と並行してご笑読ください。
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「ほお。大が1つに、中が2つ。火2と土1か。なかなか有望だな。」
魔道具の反応を見ながら、神官様が俺に結果を伝える。
成人の儀で言われたこの言葉が、俺の人生を変えた。
「神官様、まさか?」(絶句)
父ちゃんが信じられないという顔で呟き、母ちゃんが『わぁっ!』と泣き出した。
「なんと! ウチの村から“魔力持ち”ですと?!」
立会人の村長が嬉しそうにしているが、俺はそれどころじゃなかった。
「オルソンとか言ったな? たった今から、お前は軍兵団見習いだ。」
『荷物を纏めておけ。』と神官様は言うと『次。』と俺たちに退く様にアゴをしゃくる。俺は母ちゃんと父ちゃんに抱き抱えられる様にその場を離れた。
成人の儀の会場でもある礼拝所から自分ちに着くと、兄弟が出迎えてくれた。
「お帰り! 兄ちゃん、どうだったの?! …母ちゃん?」
1つ下の妹が元気よく出迎えてくれたが、両親の様子をみて怪訝な顔をする。
「父ちゃん、・・・まさか?」
2つ上の兄ちゃんには判ったのだろう。悲痛な顔で父ちゃんに訊ねる。
「…オルソン、“魔力持ち”だったんだよ…。」
絞り出すように話す母ちゃんの声に、とうとう父ちゃんが泣き崩れる。
「と、父ちゃん…。」
父ちゃんを余所に、母ちゃんは物入から数少ない俺の服を出して大きめのズタ袋に詰めてゆく。泣き崩れていた父ちゃんも立ち上がり、道具箱から鞘に入った小さなナイフを出して俺に渡してきた。
「父ちゃん・・・。」
ぐずぐすと泣き続ける父ちゃんは何も言わず、母ちゃんといっしょに俺の荷物を纏めてゆく。そしたら俺のお着換えタイムだ。厚手の靴下、股引とズボン。これまた厚手のシャツと上着、それから毛皮の外套。毛糸の帽子の上に木のヘルメット。細い毛糸の手袋の上からぶ厚い皮手袋をはめ、ふくらはぎまでの半長靴。膝あてと肘当てを付けて、“冬の外仕事装備”の村人Aの出来上がりだ。
ズタ袋を担いで、準備完了。
「さ、みんな。オルソンを送り出すぞ。」(ぐすっ)
泣きべそかきながらも、父ちゃんが威厳のある声で家族に告げ、俺たちは家を出て、ぞろぞろと村の広場に向かうのだった。
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成人の儀。
数えで15歳となる子供が“成人”になるための儀式。
新年祭を終えた頃、領都から教会のシスター様や神官様が村々を巡り、今年大人となる者を祝福する、ある種の通過儀礼である。
だが、この成人の儀にはもう一つの目的があった。
それは魔力持ちの選別。
その選別に例外はなく、魔力持ちと判定された者は全てその日のうちに家族と引き離され、領都に連れて行かれたという。
男は軍兵団で兵士に、女は教会の修道女に。
それが彼らの運命であった。
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俺たちが広場に向かうと、そこには既に村中の人間が集まって居た。俺が住むミケリ村は家が約50戸、村人全部で250人くらいの、この辺ではありきたりの貧乏な村だ。贅沢も娯楽も何もない村だから、こんな話は一瞬で広まってしまう。
「うむ。準備はできたようだな。」
外仕事用の服装をしてズタ袋を担いだ俺を見た神官様が満足げに頷く。その後ろにはシスターが立っていた。どうやら“破瓜の儀”(成人の儀の女の子版だな)も無事に終わったらしい。さらにその後ろには村長と村長代理の一家が控えている。(みな何故か嬉しそうだ。)
俺たち家族は父ちゃんを先頭にゆっくりと神官様の前に進む。
「ミケリ村のオルソン。こちらへ。」
神官様が厳かに俺を呼ぶ。俺は黙って神官様の横に並ぶ。
「聞け! ミケリ村の愛し子達よ!」
神官様が村人たちに聞こえる様に声を張り上げる。(力んでいるようには見えないのに広場の隅々にまで声が届くのは、神官様が拡声魔法を使っているからだ。)
あ、『愛し子』ってのは、光の女神教の神官が俺たち信徒に向かって改まって話すときの決まり文句みたいなもんだな。お葬式とか、結婚式とかで使うんだ。
「この村から新たな英雄が現れた! オルソンとミケリ村に祝福お!」
おお!と村人たちがどよめき、神官様が右手で聖印を切ると同時に皆で両手を組んで光の女神様にお祈りする。俺たち一家も同じようにお祈りを捧げる。
「ではオルソン、参るぞ。」
そう言うと神官様はシスターを連れて歩き出す。俺は神官様達の後ろをトボトボとついていった。その後を俺の家族が、村のみんながゾロゾロと付いてくる。
村外れの塀の外には、ロバに曳かせた荷車と領都の兵隊さんが俺たちを待っていた。
「神官様、コイツが?」
「うむ、大が1つに、中が2つ。火が2に土が1じゃ。」
「へぇ、割と有望株ですね。」
一番偉そうな兵隊さんが、俺を見ながら神官様と言葉を交わす。
「あの、神官様。」
何故か村長が神官様に呼びかける。
「何だ。」
「“魔力持ち”を出した、ウチの村は…。」
「案ずるな。ミケリ村とオルソンの一家には領主さまからの恩寵が下賜されよう。」
「ははっ、ありがとうございます。」
良く判らないが、村長は神官様の言葉に深々と頭を下げた。
「オルソン!」
後ろから声がして振り向くと母ちゃんが俺に抱き着いてきた。
「体に気を付けるんだよ。生水は飲むんじゃないよ。隊長さんの言う事をよく聞いてね。それから、それから…。」
言葉に詰まる母ちゃんごと父ちゃんが俺を抱きしめる。
「元気でいろ。」
短いけど、万感の想いが込められた言葉に俺は泣きそうになる。
「兄ちゃん。」
父ちゃんと母ちゃんに抱き着かれたまま、俺は兄ちゃんを見る。お互い気の利いた台詞なんか言えず、黙って見つめ合う事しかできない。
「兄ちゃん、お出かけなの?」
まだ良く判っていない妹が、キョトンとした顔で俺を見上げる。
「あぁ、行って来るよ。元気でな。」
妹の頭を優しく撫でながら、家族全員の顔を見る。もう会えないから、忘れる事の無いように。
「別れは済んだか?」
神官様の言葉に、父ちゃんと母ちゃんから離れた俺は神官様の元に向かう。
「では、出立する。」
神官様のその一言で、俺たちは歩き出した。目的地は隣村のボルヴォ村。ミケリ村と同じ、村核のない貧しい村だ。
俺は何度も振り返りながら歩く。
父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃんに妹。そして村人たち。皆、俺が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
それが、俺が見た故郷の最後の風景だった。
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村が見えなくなると、俺は体列の中央、ロバの曳く荷車の傍を歩くよう指示された。俺を連れて行く神官様一行は、神官様、シスター様、護衛の軍兵団の兵隊さんが5人。そして俺の8人だ。
「坊主、コレを使え。」
兵隊さんの一人が、俺に木の杖を渡してくれた。隣村までならともかく、俺たちはこれから領都まで歩いて行かなきゃならない、らしい。(行ったコトも場所も知らないから実感無いけれど。)
「ありがとうございます。」
俺はありがたく受け取り、杖を突いて歩き続ける。(確かに楽だ。)
ボルヴォ村まで、俺たちは黙々と歩いた。
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隣村のボルヴォ村が見えてきた。
俺はこの村には何度か来たことがある。
辺境の寒村に住む俺たちはめったに村から出ない。(貧乏暇なしで忙しいからな。)だが隣村くらいなら行くことがある。
収穫祭や新年祭といったお祭りの日に若い衆は互いの村を訪ねる。『出会いを求めて。』ってヤツだな。
近づいてゆくと村を取り囲む塀の切れ目、つまり門に、誰かが立っている。
「ボルヴォ村にようこそ、神官様。」
村長と奥さんが俺たちを出迎えてくれた。
「うむ。」
神官様が短く(エラソーに)頷くと、俺たちはそのまま村に入っていく。
「この村は何人だ?」
「男が2人。女が1人です。」
神官様の(エラソーな)問いに、村長が歩きながら応える。
「少ないな。」
確かに少ない。人口約250人のミケリ村で今年成人の儀を受けたのは俺を含め男女7名。ミケリ村と同規模のボルヴォ村で今年15歳になる者が3人しかいないのはちょっと異常だ。その理由を、俺は知っている…。
「・・・税が納められず・・・。」
苦しそうに村長さんが言い訳する。そう、ボルヴォ村では何人か人買いに子供が売られたのだ。不作で税が納められないから、村長の娘とかが売られていった。売られるのは村長、村長代理の家から。次に“成人の儀”を迎える直前の14歳の子だ。(魔力適性があれば軍兵団や修道院に高く売れるからな。)
「ふむ、では仕方ないな。」
神官様は一人納得すると、もう興味はなくした様だった。
そのまま暫く歩くと、村の中央にある広場に着いた。
「ではシスター。頼みますよ。」
「畏まりました。神官様。」
シスターは村長の奥さんと村長宅へ向かう。
「さ、我らも行くぞ。」
残った俺たちが向かうのは礼拝所だ。
礼拝堂には村長代理夫婦が待っていた。
「神官様、こちらへ。」
村長代理が礼拝堂の奥、光の女神様象へ案内する。
「皆さまは、こちらへ。」
村長代理の奥様が俺たちを礼拝堂の隅に招く。そこはカーテンで仕切られた一角だった。
「貧乏な村ですので、何もございませんが、どうぞ温まり下さい。」
なんと! そこには簡易ストーブが煌々と焚かれ、シュウシュウと湯気を上げるヤカンが置かれていた。
「おう、すまんな。」
軍兵団の隊長さんが礼を言うと、『荷物を持ってこい。』と若い兵隊さんに命じる。
「おい、小僧。お前も手伝え。」
兵隊さんに言われたので、素直に従う。ロバの曳く荷車からコンテナを2つ降ろすと、1つずつ持って礼拝堂へ。
「ご苦労。小僧、お前も座れ。昼飯にするぞ。
隊長さんがそう労ってくれた。
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『座って良い。』と言われたからって、それで座ったらダメなんだな。
「何か、お手伝いすることはありませんか?」
俺は愁傷げに隊長さんにお伺いを立てると。
「・・・、今日までは“お客さん”でイイ。明日からみっちり仕込むからな。」
隊長さんはそう言って、改めて俺に座る様促す。
「へい、ありがとうございます。」
そう言って俺は地面に敷いてあるムシロに座った。ボルヴォ村はウチの村に負けない位ビンボーな寒村だから、椅子なんて上等な家具は無い。(ムシロが敷いてあるだけマシ、と言えるくらいにはビンボーだ。俺の村も似たようなものだけど。)
隊長さんの隣に座ると、下っ端ソルダートが皆にマグを配り始める。
「ほれ、坊主。コレはお前のだ。」
なんと! 俺にも渡してくれる。木製じゃない。金属のマグだ。こんなの村長も持ってないぞ! コレが俺の? 驚いて固まっていると、
「これが最初の支給品だ。失くすなよ? 小僧、名は?」
隊長さんが“イタズラ成功!”みたいな表情で俺を揶揄う。
「み、ミケリ村の、お、オルソン、です。」
俺がかみながら応えると、
「オルソン、か。まぁ、悪い名じゃねぇな。」
ホラ寄こせ、と言われたので素直に渡すと、何か細長いモノでマグの側面に模様を描き始めた。
模様を描き終えた隊長さんは俺にマグを返してくれた。
「ホレ。名前を書いてやったからな。これで間違えないぞ。」
「あ、ありがとう、ごさいます・・・。」
モゴモゴと御礼を言いながら、渡されたマグを見る。描かれた黒線の模様が、俺の名前、らしい。『らしい。』と言うのは、俺は字を読めないからだ。別に俺が特別アタマ悪いって訳じゃない。ミケリ村みたいなビンボーな村では、文字が読めるのは村長と村長代理の2人だけだ。(あとは両家の子供たちが習ってたっけ。)もちろん俺んちは誰も字が読めない。(教わることもできないしね。)
よく見ると、皆の持つマグにも模様が描かれていて、それは一人ずつ違う模様だった。きっとそれぞれの名前が描かれているのだろう。
「軍兵団に入ったら、文字も勉強してもらう。できなかったら退団だからな?」
死ぬ気で覚えろ、とアリガタイ激励を頂いたところで。
「ほら坊主、メシだぞ。」
魅惑のご飯タイム、となったのだ。
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(あったけぇ・・・)
簡易ストーブを中心に、俺たちは輪になって座る。1月中旬、大寒に向かうこの季節はチョー寒い。歩いている時は感じなかった冷気が尻から伝わってくる。みんな自然と手袋を脱いでストーブにかざす。掌がじんわりと暖かい。
「ほれ、マグを出せ。」
下っ端兵さんに言われて、俺は貰ったばかりのマグを出す。兵隊さんは小瓶から何か薄茶色の粉をスプーン2杯マグに入れると、ヤカンからお湯を注ぐ。立ち昇る臭いはお世辞にも美味そうには思えなかった。
「メシだ。」
マグと一緒に太さ2センチ、長さ10センチほどの棒みたいな黒い物体を渡される。触った感じ、メッチャ硬い。(こんなの齧れるのか?)
「坊主、こうやって喰うんだ。」
兵隊さんが見本を見せてくれる。黒い棒をマグに突っ込み、良くかき混ぜる。しばらく浸しておくと、黒い棒を引き抜いてマグに浸かった部分を齧る。俺も見様見真似でマグを掻き回し、黒い棒を齧ってみた。
ガリッ!
(硬ってぇ! あとマズイ!)
今まで喰ったモンのなかで一番堅く、3番目位にマズイ。
ビンボーな村で育ったから、俺は大抵のモンは喰う。時には、食い物とは思えないようなモノも喰った。だがコレは、そんなのとは別次元の不味さだった。
「ははっ。最初はキツいか。」
「すぐ慣れる。ふやかし方にコツがあるんだ。」
兵隊さん達が微笑みながら俺に教えてくれる。
今喰ってるのは軍兵団の下級携帯食なんだそうな。少量でも栄養価はそれなりにあって、数日レベルの短い作戦の時に使われるタイプ、らしい。
「早く慣れとけ。長距離用のはもっと硬くて、不味い。」
隊長さんのお言葉に俺は思わず固まる。え? コレより硬くてマズいの? 他の兵隊さん達も『うんうん。』と頷いているから本当なのだろう。
「ほら、冷めないうちに食え。」
そういやマグの中味もエグかった。あの茶色い粉も軍兵団の糧食の一つで、高い栄養価と体温を上げる効果があるんだとか。(確かに、躰が火照ってきたような気がする。)ただ、やっぱり味は2の次3の次らしく、こちらも壊滅的に不味い。
一番下っ端の俺がゆっくり食べる訳にもいかないだろう。俺は慌てながら、兵隊さん達に遅れないように“初めての糧食”を食べたのだった。
(つづく)
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