全裸殿下~なぜか殿下が全裸となって婚約破棄をつきつけてます~
「サーモニア・シュピーゲル! お前との婚約は破棄させてもらう!」
婚約発表の夜会で、伯爵令嬢サーモニア・シュピーゲルは混乱していた。
目の前には、親同士が決めた婚約者のトール王太子殿下が険しい表情で彼女を睨みつけている。
しかもその脇には見知らぬ令嬢が勝ち誇った顔で微笑んでいる。
しかし、サーモニアの混乱はそこではなかった。
突然の婚約破棄でも、見ず知らずの令嬢の登場でもなく、彼女の混乱はただひとつ。
なぜか殿下が “全 裸” だったということである。
いや、正確には全裸なのだが、大事な部分はお供の騎士が小さなハンカチで隠している。
手のひらサイズの小さなハンカチ。
少しずれたら見えてしまいそうだ。
お供の騎士は慣れているのか、見えるか見えないかの絶妙な位置でハンカチを垂らしていた。
「サーモニア。聞くところによるとお前はこのムラニーをずいぶんイジメていたそうだな。階段から突き落としたり、物を隠したりと陰険なやり口で」
サーモニアは初めて聞く身に覚えのない証言のことよりも、全裸殿下の姿に唖然としていてなんの反応も示せなかった。
「聞いているのか!」
「え、あ、はい。すいません、聞いてませんでした」
「聞いてなかっただとッ!?」
憤慨して地団太を踏む全裸殿下。
その動きに合わせてお供の騎士もハンカチをひらひらと動かす。
サーモニアは、殿下の怒りよりもハンカチの動きにハラハラしていた。
そしてサーモニア以上にドキドキしているのはその場にいる令嬢たちである。
見目麗しいトール王太子。
金髪で甘いマスクをした大人気の王太子殿下が、マッパで婚約破棄を突き付けている。
まるで18禁の恋愛小説を見ているかのようだった。
「サーモニア! お前はそんなだからこのムラニーをいじめてても気にしてなかったんだな!」
言いながらテクテクとホールの中央まで歩いていく全裸殿下。
瞬時にキャアッ! と令嬢たちの悲鳴があがる。
怖さ半分、期待半分の黄色い悲鳴である。
180度視線が注がれる中、お供の騎士は見事に殿下の大事な部分を隠し通していた。
(さすがだわ、この騎士)
お供の騎士の慣れた手さばきに惚れ惚れするサーモニア。
もはや彼女は全裸殿下の言動よりも、お供の騎士に興味津々。
「このムラニーはそれはそれは優しくて賢くて慈愛に満ち溢れた女性なのだ」
「いやですわ、トール様。そんなに褒められると、恥ずかしい」
「ああ、ムラニー。そうやって照れてるところも可愛いよ」
お供の騎士はハッとして、ハンカチをさらに1枚追加した。
大事な部分が1枚ではおさまらなくなったと見える。
(公衆の面前で発情すな!)
「しかしサーモニア! お前はこんな可愛いムラニーを泣かせた! その罪は重い!」
追加されたハンカチが減らされた。
感情の起伏が激しいイチモツである。
「よって、ここに婚約破棄を申し渡す!」
サーモニアは全裸殿下の言葉に躊躇なく「かしこまりました」と答えた。
(今は全裸姿のあんたなんかより、このお供の騎士の方に興味あるわ)
「そうか、物わかりが良いな。いや、観念したというべきか」
「トール様。これでわたくしたち、一緒になれますのね」
「ああ、ムラニー。今日から君は正式にオレの婚約者だ」
その時である。
「お待ちください!」
ホールに一人の……いや、正確には二人の青年が姿を現した。
一人は全裸の見目麗しい青年。
そしてもう一人は、全裸の青年の大事な部分を葉っぱで隠す騎士。
彼らの登場に、令嬢たちはたちまち黄色い悲鳴を上げた。
「トール様の弟君のスモール様だわ!」
「どうしてこの場に?」
「病弱でいつも舞踏会には出席されませんのに」
彼女たちの疑問は、すぐさま消えた。
全裸弟の下半身の葉っぱのほうが気になるからだ。
そのサイズは全裸殿下のハンカチどころではない、際どさでいったら世界一である。
「兄上! だまされてはいけません! そのムラニーの証言にはなんの根拠もありません!」
そう言ってスタスタと全裸殿下の前に歩み寄る。
その動きに合わせてお供の騎士が葉っぱを動かす。
見えそうで見えない。
葉っぱの動きに、サーモニアだけでなくその場の全員がハラハラした。
「よくお考えください、兄上。ムラニーの証言で何か証拠を出されましたか? なにかひとつでも自身の目でご覧になりましたか?」
「……う、ううむ」
スモール殿下の言葉に全裸殿下は口をつぐむ。
「しかしムラニーが嘘をつくとは思えん」
「それこそが間違いなのです! いいですか? このムラニーは以前、自分の屋敷で働いていたメイドをいじめまくって辞めさせているのです」
「そんな馬鹿な!」
「使用人もシェフも、あげくの果てには庭師さえも彼女から執拗な嫌がらせを受けて辞めています」
「それこそ根も葉もない噂だ」
「証拠ならここにあります!」
そう言ってお供の騎士から葉っぱを奪い取ると、それを高々と掲げた。
途端にホール中に響き渡る悲鳴にも似た歓声。
まさか自身の大事な部分を隠している葉っぱを奪い取って高々と掲げるとは思わなかったのだ。
しかし葉っぱを取られた騎士は、マジシャンさながら瞬時にコスモスの花をポンッと出現させて危機を防いだ。
(す、すごい!)
葉っぱよりも面積が小さい。
さらに花びらがひらひらと舞っている(ようにも見える)
それでもスモール殿下の騎士は見事に大事な部分を隠し通していた。
スモール殿下はサーモニアが巧みなマジシャンテクニックに目を奪われていることなど知らずに会話を続けている。
「この葉っぱは、うちの宮廷魔術師が魔法を込めた録画機能付き映写機です。この葉っぱが見たものはすべて記録されています。そして、この葉っぱはムラニー邸にずっと設置されていました」
「ま、まさか……!」
「そうです! ここには彼女が行った非道の数々が記録されているのです!」
それはつまり、スモール殿下の大事な部分も記録されていることに他ならない。
が、サーモニアはツッコまなかった。
「嘘だと思うなら、この場でご覧になりますか? この場で! 大スクリーンで! この葉っぱに記録された映像を!」
「ぶほっ」
思わずサーモニアは咽せた。
こんな大衆の面前で、しかも大スクリーンでそんなものが映し出されたら、いったい何人の令嬢が気を失うことやら。
「ぐぬぬ……」
しかし全裸殿下は「見よう」とは言わなかった。
もちろんムラニーのことは信じている。
だが万が一スモール殿下の言葉が事実なら、彼女の非道な行いが公衆の目にさらされてしまう。
それだけは回避したかった。
「……わかった。その映像はあとで見るとしよう」
その言葉に、多くの令嬢から残念がる声が聞こえてくる。
「しかし!」と全裸殿下は言った。
「サーモニアとの婚約破棄は却下しない! 今、この場で彼女との婚約は白紙にする!」
いまさら「じゃあ、なかったことに」なんて言えるわけもなく、全裸殿下はそのまま婚約破棄を押し進めた。
それにスモール殿下は「ほう」と笑った。
「では、今この瞬間から彼女はフリーになったと言うことですね」
言うなり、スモール殿下はコスモスで大事な部分を隠してもらいながらサーモニアの元へと歩み寄った。
「サーモニア様。これを」
そう言って、自身の恥部を隠していた花をサーモニアに捧げる。
お花を奪われた騎士は、すかさずポンッと新たな花でスモール殿下の恥部を隠した。
「え、ええと……?」
「兄上との婚約が破棄されたのでしたら、どうか僕と結婚してくれませんか?」
まさかの婚約破棄からのプロポーズ。
多くの令嬢が夢見る展開である。
しかし当の本人、サーモニアは頭が真っ白だった。
無理もない。
大事な部分をお花で隠された全裸の男にプロポーズされているのだ。
平常心を保つ方がおかしい。
「サーモニア様はコスモスがお好きと伺いました。どうぞこれを」
「……」
コスモスは好きだ。
しかし目の前に出されたそれは、さっきまでスモール殿下の大事な部分を隠していたコスモスである。
受け取るのが少しばかり憚られる。
「いや、これはちょっと……」
「やはり一輪じゃ足りませんか?」
そう言ってさらにもう一輪、騎士から花を奪い取ってサーモニアに差し出す。
慌ててお供の騎士がさらにもう一輪出して恥部を隠した。
「だから、そういう問題じゃ……」
「ならばもう一輪」
さすがに三輪も取られると思わなかった騎士は焦った。
用意していたコスモスは三輪しかない。
すべて奪い取られてしまっては、隠せるものがない。
そこで、こっそりと用意していたタンポポを取り出した。黄色い花のついたタンポポではなく、綿毛のタンポポである。
しかしスモール殿下の大事な部分はそれで見事に隠すことができていた。
「受け取っていただけますか?」
もはやサーモニアにとってスモール殿下などどうでもよかった。
興味があるのは二人に付き従っている騎士である。
この対応力、瞬発力はすごいの一言。
「スモール殿下、申し訳ございませんがあなたのコスモスは受け取れません」
「……は?」
「わたくしはそこのお二人に興味を持ってしまいました」
そう言って二人の騎士を指さすと、お供の騎士は「え?」と顔を見合わせた。
「少しのズレも許されない見事な動き。そして瞬時に対応できる瞬発力。どれをとっても一級品で素晴らしいですわ」
まさか自分たちが褒められるとは思っていなかったようで、お供の騎士たちは照れくさそうに笑った。
「よろしければお名前をお伺いしても?」
「は! 自分はゼンラー男爵家が次男スゴイゾ・ゼンラーであります!」
「は! 自分はマッパー子爵家が次男ゼンブー・マッパーであります!」
反射的に膝をついて礼をする二人の騎士。
しかし主君の大事な部分はきちんと隠している。
見事な騎士道精神である。
それに合わせて全裸殿下とスモール殿下は「ちょっと待て」と声を荒げた。
「我ら王族を無視して騎士に興味があるだと!?」
「サーモニア、君は僕よりも彼らの方が好きだということかい!?」
全裸の男に挟まれるサーモニア。
ある意味役得だが、目のやり場に困る。
その時である。
「トールにスモールよ! 何を勝手なことをしておるのだ!」
会場に二人の父つまり国王陛下が姿を現した。
ざわつく人々。
まさか国王陛下がこの場所に現れるとは。
慌ててかしこまる貴族たち。
しかし国王陛下と一緒に会場に入ってきたものがある。
風である。
外気の風が、ものすごい勢いで全裸殿下とスモール殿下を襲った。
そしてそれは、全裸殿下のハンカチを舞い上がらせ、スモール殿下のたんぽぽの綿毛を吹き飛ばしていった。
「!!!!!」
「!!!!!」
あとはまあ、そういうことである。
なぜ全裸だったのかは不明です(笑)
お読みいただきありがとうございました。
お目汚し失礼しました。
改めまして、爆笑イラストを提供してくださったた~にゃん様、本当にありがとうございます!