7.似た者同士 -2-
「昌香、失礼な事聞いていい?」
「うん」
高校生活初日の放課後。ワタシ達は、いつものように霧に包まれた市内を移動して、ワタシの家までやって来た。徒歩、地下鉄、徒歩で約1時間の道のり…地下鉄駅から少し歩いた先にある、古い住宅街の一角にポツリと建った古い木造アパートがワタシの家だ。
「こういう所に来るの、止められたりしない?」
「全然。三子屠、ちょっと偏見入ってるなぁ~」
「ごめんなさい。でも、実際、この辺ね、治安は良い方じゃないの。だから…」
「大丈夫だって!それに、いざとなったら亜希子さんが護ってくれるんでしょ?」
「まぁ、そうだけどもさ」
カンカンと音をたてながら外階段を上がって、向かうは2階の角部屋。針金1本で突破できそうな鍵を解錠して、ガチャリと扉を開ければ、いつもの寝床が視界に入ってくる。
「お邪魔します」「誰も居ないけどね」
予め一人暮らしだと言ったにも関わらず、律儀な反応を見せた昌香の様子に苦笑いを浮かべつつ、玄関で靴を脱ぎ捨て、部屋へ上がったワタシは、何も入っていない鞄を部屋の隅に放り投げた。
「殺風景でしょ?」
そういいながら、ベッドの上に腰かける。ワタシの部屋は古いワンルーム。玄関と部屋が繋がっている、牢屋の様な部屋だ。お風呂とトイレが別なのが信じられない位粗末な作りをしている部屋…そこに置かれた家具は、ベッドと机と、ガラス棚だけ。昌香はそんなワタシの部屋を見まわすと、引きつった表情を浮かべてワタシの方に目を向ける。
「ちょっと意外だったかも」
「と、言うと?」
「もっとこう、禍々しい様な…お札だらけの部屋かなって」
「ステレオタイプ過ぎるよ」
事故物件でもあり…彼女が想像しているようなものは、押し入れの中にあるのだが、それは言わずにサラリと受け流す。そして、机の椅子を指さすと、昌香は少々遠慮がちに椅子を引いて、そっと椅子に腰かけた。
「さて…何処から話そうか」
「事件の事は一旦後にして。三子屠達の事を知りたいの。霊媒師…だっけ?」
「あー…それは、今まで話した事以上は何も無いんだけど」
「もう一回話してよ。亜希子さんの事はあれど、まだ信じ切れてないんだから」
「そう。あぁ…まぁ、そうなるか。そうだね…じゃあ…」
最初の一歩目は、ワタシ達【霊媒師】についてのレクチャーをご所望らしい。ワタシは少しばかり説明の流れを脳内で考え出すと、パチン!と指を鳴らす。
「え?」
刹那。天井から吊り下がったレトロな蛍光灯がカタカタと震えだした。
「幽霊が大勢居るってのは、言ったと思うんだけど。もう一度そこから話そうか?」
「え、えぇ…」
ぶら下がった紐が震え、日に焼けたオレンジ色のプラスチックカバーが音を立てる中。昌香は僅かに顔を引きつらせて、ワタシの言葉に頷いて見せる。
「そう。まず前提だけど。幽霊はすぐそこに居るものなの。分かるでしょ?その電気を揺らしてるのも幽霊の仕業。作り話の存在じゃ無い」
淡々と始まったレクチャー。昌香はコクコクと頷くと、チラリと蛍光灯の方に目を向ける。ワタシは彼女が何か言う前に、もう一度指を鳴らして音を鎮めると、昌香の目は再びワタシの方に向けられた。
「で、幽霊の数は、昔に比べて爆発的に増えてる。理由は分かるでしょ?人が増えればその分…ね?そして、霊が増えた分だけ、霊が現実に及ぼす影響も大きくなった。そんな訳で、ワタシ達みたいな【霊媒師】がいるってわけ」
昌香はワタシの言葉に頷くが、何かを聞いてくる感じは無い。ワタシは彼女の反応を見つつ、何かを言われるまでは話を続ける事にして、話を先へと進めていく。
「【霊媒師】ってのは、まぁ、消防士とか警察官〜みたいな括りと思ってもらっていいよ。そこから色々と種類があったり、国ごとに呼び方が違ったり…色々あるんだけどね。ワタシの周囲では、専ら【霊媒師】って呼ばれてるかな」
「…宗派とかがあったりするの?」
「ううん、そういうのはないよ。呼び方が呼び方なだけに勘違いされやすいけどね。あくまでも【霊媒師】っていうのは、幽霊と【交信出来る】存在を指すだけだから…イタコとか言われる事もあるか…でも、なんだろ、その手の宗教的な色はゼロだからね」
政治色はあるけれど。それは言うまでも無いだろう。ワタシは言葉を選びながら、昌香にそう言い含めると、彼女は曖昧な表情を浮かべつつ頷いてくれた。
「で、ワタシが所属してる【霊媒師】の組織があの古本屋でさ。【伊勢屋書店】。まんま店の名前で、そう呼ばれてる。ワタシと、あの上司と…あと、3人いるけど。昌香がやり取りするのは、ワタシと上司だけなはず。仕事内容は、幽霊がらみのゴタゴタ全部。人に危害を加えたり…霊障っていう、霊によって体調を崩したりした人をなんとかしたり…人手不足なの、なんとなく分かるでしょ?」
そういって苦笑いを見せると、昌香も同じような顔を浮かべて頷く。この間事務所に来た時、彼女に見せた様な分厚いファイルがどれだけあったか…それを思い出せば、ワタシ達がどれだけ人材難に悩んでいるか分かるはずだ。
「人手不足と言っても、幽霊とやり取り出来たり…幽霊に触れられる人間なんて多くないの。居ても、使える人間かと言われればそうじゃないしね。だから…昌香には悪いけれど、今回、昌香と動くこの1件は、ちょっとした実験の意味もあるんだ」
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