1.禁断の恋心 -1-
「まさか、お前の様な者が紛れてるとは…思わなかったわね」
「影が薄いのが取り柄でしてね。まぁ…今は、オンとオフの間といった所かな」
この館に巣食う怨霊と、同級生の間に降り立ったワタシは、ワタシの姿を見ても態度一つ崩さない怨霊にそういうと、チラリと同級生の方…昌香の方に目を向けた。
「み、みないで…」
壁に寄りかかって、ガクガクと震えている同級生。微かに聞こえる水の音が、彼女の身に何があったかを雄弁に語っている。まぁ…事態が事態なのだから、そうもなるだろう。
「そうしておく」
こんな根暗なワタシでも、接点の余りないワタシでも、同じクラスだからと言って自身の誕生日パーティに招いてくれる程によく出来たお人を、下らない理由で笑うつもりは無い。ワタシはゆっくりと昌香から視線をそらすと、再び昭和じみた怨霊に目を向けた。
「さて…」
どうやって場を収めようか…古臭いメイクと髪型をした彼女の顔をジッと睨みつけるようにして思案していると、目の前の怨霊の周囲に、パチパチと閃光の様な光が纏い始める。
「木偶の坊…噂には聞いてるよ。アンタ、アタシ等の様な霊を除霊出来ないそうじゃない」
「ん?え、あぁ…まぁ、そうだけどさ」
「とんだ霊媒師も居たものね。何もできないのなら、どうしてアタシと昌香様の前に出てきたのさ!」
バチバチと、静電気の様な雷鳴を轟かせ始める怨霊。ワタシはその様を見て苦笑いを浮かべると、敵意が無いことを示す様に両手を上げ、首を傾げて見せた。
「誤解しないで欲しいのだけど。何も、除霊する為に出張ってきたわけじゃないの」
「じゃあ?どうしてアンタはこんな夜中にココに居るのさ!」
「言ったでしょ?オンとオフの間だって」
「答えになってない!!!!!!!!!」
曖昧な答えを返す代償は、怒りの籠った雷撃一発。彼女の体に纏わりついた電気が一気にワタシの体に流れ込む。
「……え?」
だが、何も起こらない。バチィ!と派手な放電音がダイニングルームに響き渡り…ワタシの体は黒焦げになってもおかしくないのだが…そうはならなかった。
「怨霊さん。貴女、ワタシの事をどう思ってるかは知らないけどもね?教えてあげる」
致命傷を負わんばかりの電気が流れても、髪の毛1本と代り映えのないワタシは、目の前で目を点にして固まった怨霊に向けて口を開く。
「ワタシはね、強要することが嫌いなんだ。例え人を死に追いやる怨霊が居たとしてもね、別に、ソイツが誰を殺そうと構わない」
そういってゆっくりと手を眼前に掲げて、ヒュッと首を切るようなジェスチャーをして見せた。
「毎日どれだけの人が死んで、どれだけの人が生まれてるかは知らないけどね。そうなるのは避けようのない運命なんだよ。それを、ワタシが捻じ曲げたとしても…その報いは、そのしわ寄せは、他の誰かに行くだけでしょう?」
目の前の怨霊は、そんなワタシの独白を聞いて、初めて恐怖を覚えたらしい。ワタシはその様を見て、その感情を煽るように二コリと笑って見せると、更にこう続けた。
「ま、少しばかりは運命を弄る事もあるけれどね。ワタシが生きている以上、そうしちゃダメな道理は無いはずだ。こうして、生者にちょっかいを出そうとする怨霊が居たとしたら…そうだね、普通は祓うだろう?」
そういって寝巻のポケットから取り出したのは、ワタシが属する流派の術が封じ込められたお札。目の前の怨霊は、その札を見ただけで、ワタシから一歩足を引く。
「あぁ、心配しないで。言ったでしょう?ワタシは貴女を祓わない。ただちょっと…運命に手を加えるだけ…」
ワタシの言葉が終わるか終わらないか…そのくらいに、目の前の怨霊はドン!とスケスケの足で床を蹴とばして駆け出して、入ってきた扉を目指し飛んで行った。
「あー…もう、思わせぶりにするのも…こっちの一興なのにさぁ」
ワタシに背を向けて…並みの霊媒師なら、その仕草だけで除霊されてしまう程に小物な動きを見せた怨霊を見て、ワタシの口角はニヤリと吊り上がる。その様子を見ながら、スーッとお札を持った手を頭上に掲げてパッと手を放し…刹那、パチン!と指を鳴らすと、目の前の怨霊の動きはピタリと封じ込められた。
「…!…!」
「安心してよ。除霊する気なんてサラサラ無いんだから」
動きの止まった怨霊の背中ににじり寄って、思わせぶりに、耳元でそっと囁いてやる。それだけで怨霊の頬はビリビリと震え…彼女の恐怖が手に取るように伝わってきた。
「本当だよ?…」
そういって、人工の金縛りに遭っている彼女の手を取って、寝巻のポケットに入っていたもう一つの呪物を握らせて…ワタシは怨霊に小声で囁く。
「貴女の淡い恋心と…古ぼけた憎しみと…どっちもワタシに任せてみない?」
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