10、汚部屋と勉強
学校には、テストが付きまとっている。それはそれは、鬱陶しいほどに。
私はテストが大嫌い。なぜあんな物が存在しているのか、その存在価値を問う度に嫌悪感が増していく。
楽しく会話をしていても、没頭できることに時間を費やしていても、どんなに現実逃避をしようとも。テストという三文字が頭に浮かんでしまえば、気分はたちまち急降下していく。
「明後日は定期テストです。この内容、出るかもしれませんよ」なぜ直前で知らせるのか、意図が不明な異生物学の先生。
「さて、明後日は定期テストですね。みなさん、勉強は進んでいますか?」テスト範囲が早めに終わってるという訳で雑談しかしない文学の先生。
「はい。これ、絶対出るから。明後日のテストに」
そもそもテスト範囲終わるのがくそ遅いくそみたいな歴史担当の先生。嫌われろ。
などなど。私は現実を突きつけてくるような話は右耳に入れて、即座に左耳から抜き去る。
だけれど、他の人に訊いて反応を楽しむのが好きだから、
「ねえ、ミナ!テス勉の調子はどうなの?」
私はミナに訊いてみた。ミナはそんなに勉強得意じゃないし、私と一緒で勉強してないはず。
「あ、……ああ。テス勉って、なにかしら」
おっと、この反応は…?怪しいね!
「テスト勉強の略!言いやすくていいでしょ!」
この会話を途切れさせる訳にはいかない!
「え、……そうね」
「それで、どうなの?」
純粋無垢な瞳で見つめる私。
「わたくしは、ある程度の復習は終えたつもりよ。あとは、授業内容を思い返して…いくつもりね」
「ふ〜ん…?なるほどね」
嘘っぽい。ミナが嘘つく時の癖(左斜め前を見る)が出てるし。
「じゃあ、私に勉強教えて?」
「え…カエデは勉強できるじゃないの。だから、わたくしが教える必要はないと思うわ」
反論されたか…
「私は好きな科目だけできるタイプなの!」
「その貴方が好きな科目って?」
「……体術以外かな」
「体術は定期テストには含まれてないわよ。……やっぱり勉強できるじゃないの」
「は、嵌められた!」
「嵌めた覚えはないわ。カエデが勝手に嵌ったんじゃないの」
ミナってば、そこまで私の行動を読んでいたのか。
「ほら、勉強、教えて?」
こうなったら。
私はミナの机から離れ、すぐ近くにある自分の席に座り、寝た。
「ぐぅ」
「いや、そんな寝たフリされても……」
「ぐぅぐぅ」
「続けなくてもいいわよ?」
「……提案があるの」
私は突っ伏したまま話しかけた。
「どんな?」
「………………」
その提案を聞いてミナはどんな顔になったかは分からないけど、多分ビックリはしてたと思う。
そして私たちは夜中、即座に廃墟図書館に向かう。
「───てことで、マディアさんとクラリスさん!勉強教えてほしいです!」
ずずいと二人に顔を近付ける私。
「えー」
「………」
「あ、わたくしからもお願いします」
頭を下げながら圧をかけるミナ。
「ええー」
「………………」
それぞれ、絶妙に嫌な顔をしたり、沈黙で返す二人。
しばしの間、図書館の時が止まったかのように感じられる空気が流れた。やがて、マディアさんもクラリスさんも折れたのか、
「分かりました。ですが…」
「なんであたしまで?」
と反応してくれた。
「なんか頭良さそうだし。マディアさん、発明家だし」
「わたくしも同意見です」
私の意見に同調するミナ。
「あたし、そんなに頭良くないと思うよ?ぐだっと生きてきただけだし。あと発明家って言っても、メガネとか鏡とか義眼しか作ってないし」
「……いや!だとしても、教えてほしいです!」
「んえぇー」
マディアさんは先程よりも嫌そうな顔をしながらも、読んでいた本を適当に棚にしまった。そして、
「そんなに熱心に頼まれたら断れないし……教えたげるよ。クラリス、あんたも手伝って」
「そのつもりでしたが」
とクラリスさんに(私たちが最初から頼んでたけど)協力をあおいで、地下にある部屋に行くように言った。
そして地下室に来たんだけど。
「少し薄暗いと思うんですけど」
「ああ、平気平気。ライトが何個かあるから」
「あの、勉強するためのスペースがないと思います」
「大丈夫。あの机の上にある物を退かせばいいから」
「ごめんなさい。そもそも部屋が汚いです」
「失礼だね。これでも掃除はしてる方だよ」
色々ダメそうだった。
まず部屋が暗くて、字が見づらい。これだと多分目が悪くなっちゃう。というか絶対。
それから、そこそこ大きな机と二つの椅子があるのだけど、それぞれに沢山の本が積まれている。たしかに床に退かせばいいんだろうけど、その床も紙や本で埋まっている。退かす場所がないから意味ない。
最後に部屋の清潔さが感じられない。すごく失礼だけど。まずこんな地下なのに、換気をしてないせいかカビが生えてそう。ただこれは、部屋が暗くて見えないから確証を持てない。次にホコリが隅っこに溜まりまくっている。どころか、部屋中に舞っている気がする。心なしか、クシャミが出そう。
ミナの方を見てみる。
「あ、すみませんマディアさん。このライト、付かないんですけど」
「それじゃあこれ使って」
少しひび割れてるライトを差し出すマディアさん。
「分かりました…………………あの、マディアさん」
「ん。どしたの?」
「これも付かないです」
先程手渡されたライトを、マディアさんに返却するミナ。
「あれま。じゃあこれを…」
「ごめんなさい。もう既に全部試したんですけど、十個中二個しか使えませんでした」
…………ライト、たくさんある意味無くない?
「じゃあ諦めるしかないね」
ポイッとそこら辺に使えなくなったライトたちを投げるマディアさん。……え、捨てましょう?てか、投げたりしてるから使えなくなるのでは?
「あ、はぁ……そうですね」
ミナ、内心呆れてるじゃん。絶対そうじゃん。もう目が生気を失いそうじゃん。無残に投げられたライトを拾おうか悩んで、結局やめといたみたいな感じになっちゃってるじゃん。
「クラリスさん。マディアさんって、こんなにズボラなんですね」
私は、クラリスさんにコソッと耳打ちする。
「仕方ないでしょう。ワタシも最初の頃は掃除していましたが、たまに何かを紙に書いてそれを投げ捨て、本を読んだと思えば、適当に積むだけだったりするして何回も散らかるので諦めました」
「ああ。…そのぉ、勉強、どうします?」
「もししたいのでしたら、掃除をしてからになりますね。明日は何か用事がおありで?」
「いえ、特には。ただ家に帰んないと、両親が心配するかもしれないです」
「なら四時間くらいで終わらせましょう。それとカエデさん。敬語じゃなくていいですよ」
終わんないでしょ、四時間じゃ。
「あ、うん。ありがとクラリスさん」
そしてクラリスさんは、上の図書館にある掃除道具を取ってくると言い、素早くこの部屋から出ていった。なんか普段より行動とか言動に感情が乗ってる。キレイ好きなのかも。