18 前段階
「みんな。準備はいい?」
アンスが皆の支度を急かしてくる。
俺はこの剣さえあればなんでもいいが、他の二人はそうはいかない様子だ。
「ねえハルト。枕がないんだけど、どこやったの?」
「いらないだろ。そんな泊まりで行くわけないし」
「サザンったら、そんな大荷物抱えて……」
「遠征ならこれくらいは必要」
何を入れたらそんなに鞄が膨れるのだろう。
体より少し大きくなった鞄を背負ったサザンも準備が整う。
あとはヘデラだけだ。
「あとお菓子も必要よね」
「遠足じゃないんだぞ。そんな呑気でいいのかよ……。なあ、リーダーのアンスさん」
「え……。まあそうね。ヘデラ、荷物減らしなさい」
急に話を振られ動揺しているアンスに対して、少し頬を膨らませたヘデラが荷物の整理をし直している。
「しかしタイミングがいいよな。いきなりこんな話が降ってくるなんて」
「そうね。マズミには後で話をするとしましょう」
「ただマズミさんも着いて行くって言い出したらどうするんだ?」
「マズミは教会の仕事で忙しいから一日を丸々外すってできないからね。そこは大丈夫でしょ」
かなり心配だ。
この異世界のことだから、そううまく物事は運んでくれないだろう。
「よし! 準備できた! ハルト。行きましょう」
荷物が減った気がしない鞄を持つヘデラと、同じく体に見合わない大荷物を背負っているサザン。
そして今日の朝一番に起き、一番に支度をすまし、欠伸が出ているアンスと共に家の部屋を出た。
「そうです。だから今日はいけないので……」
俺たちは隣町に行く前にマズミさんのところに来ている。
なにか逆鱗に触れることの無いようにしたいのだが。
「そう。それは残念ですね……。私も行きたいところですが、仕事が忙しくて」
「アチャー。ソレハ残念ダネ」
アンスの返答が片言になっている。
「という訳なので、また」
「はい。分かりました。魔物退治、頑張ってくださいね」
顔が応援していないマズミさんを背中にして歩き出す。
「なんか私より怖いね」
「そうか? お前の方がよっぽどだろ」
「ソウダヨ。ヘデラ」
「まだ緊張してるのかよ」
なんでもない雑談をしていると、その光景を眺めながていたサザンが口を開いた。
「ハルト君。そろそろ町の出口だよ」
「お。そうだな」
しかしそこには見慣れない兵士の恰好をした人が二人立っていた。
いつもは門番なんてしらないというこの町に、なにか不穏な空気が流れたのだろうか。
門の出口に足を踏み入れた瞬間に門番をしていた一人がアンスに対して声をかけてきた。
「大荷物だな。どこに行くんだ?」
「ちょっと討伐に……」
「ちょっとまて。その容姿……もしかして、隣町に行くのか?」
「あ。そうです……」
「噂は本当なんだな。赤髪の格闘家と女神の容姿をした者。そして謎のサキュバスが隣町を救うってのは……」
ちょっとまて。俺が抜けている。サフランを倒したのも俺なのになぜかこの町では俺以外が持ち上げられている。
「あの……俺は噂になってないんですか……?」
「ん? 確か四人パーティーだったっけ? いや四人目は聞いたことないな」
「そうですか……そっか……」
「まあ気をつけてな」
門番が見送りをしてくれた。
「うん。まあ、うん。知ってたよ」
あたりを見渡せば美しい自然の力が見れるが、俺には下に生えている雑草しか見えない。その雑草も少し潤んで見える。
「ハルト! 泣くなら私の股でしなさい!」
「うるさい。というかヘデラは少しでもいいから恥じらいを持ってくれ」
「まあまあハルトさん。あんたはいてくれたらいいんだよ。ヒール役にもなるし」
「どういう意味かな? アンス君。答えようによっては俺の剣が火を噴くぜ」
そうはいってもさすがに何か個性を出さなきゃいけないかもしれぬ。
体術はアンス。魔法はヘデラ。サポートはサザン。入るスキはない。
でもやっぱり何か足りないきがするが……。
「ハルト君。いやハルト」
サザンがかしこまっている。なんか雰囲気が怖いが。
「ここから隣町までどのくらいの距離なの?」
「「あ」」
考えてなかった。というか分からん。
アンスも驚いたってことはこいつも考えてなかったってことか。
「で、アンスさん。答えを」
「すー。歩いて……八時間ぐらいかなー?」
去ね。このクズ。しばいたろかほんまに……。
と思うのが普通だが、聞かなかった俺も悪い。
「アンス、今何時よ」
「まだ日は登りきってないから九時くらいかな」
こっから最短でも十七時か。昼食入れたら十八時も視野に入れねば……。
ん? 昼飯?
「アンスさん。昼食は……」
「あ」
万全、用意周到な人間がこの場にいない。くそったれな異世界だ。
「どうにかならないか? 最悪そこの金髪からミルクを……」
「本当に最悪ね」
「まあ私はいいわよ。ただ左乳はハルトのものよ」
「私ご飯もってる」
「くっそサバイバルか。アンスよ。ここの魔物でうまい奴はいないか?」
「家畜化されてないなら基本まずいわ」
「私って母乳出るのかしら。ならハルトに妊娠させれば……」
「ご飯あるよ」
「飯さえあれば……。サザンは準備が完璧にしているって言うのに!」
「そうね。サザンの大荷物の中にご飯があるだけだし……」
「「……」」
思わずアンスと目を見合わせる。
「「サザン様!」」
もうサザンは魔物ではない。天使だ。たまたま魔物に生まれただけの天使なんだ!
「やっぱり雰囲気は大事よね。いやでも、野外プレイってのもいいわ……」
「お前は黙ってろ。あと俺の股間を凝視するな。バカ! 触るな! ボッ〇しちゃうだろ!」
「とにかくまだ昼時じゃないし、しばらく歩きましょうか」
「そうだね。ハルト君、ヘデラ、置いていくよ」
アンスとサザンが先へ行く。
当の俺はこの金髪女神にその気にさせられまいと躍起をふるう。
「いいじゃない! 減るもんじゃないでしょ!」
「野外は俺の趣味じゃないんだ!」
「くっそ! 転生前なら押し倒せたのに!」
「汚い言葉使いだな! だから心も汚いんだよ!」
喚く俺たちに呆れて二人は悠々とその場を離れて行った。




