貴女が私に悪意を向けるように、私も貴女を許さない。(番外編)
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最初に魔塔の前で倒れてる少女を見つけた時、素直に口から出たのは「面倒だなぁ……」という言葉だった。
だけど僕は、彼女を拾った事を不幸だなんて思う日は来ないだろう。
「ほーら、アレンティア。僕のことは旦那様って呼んでごらん」
「だ、だん……無理です、ルディウス様。恥ずか死します」
勘弁してください、と頬を赤く染め上げるアレンティアに、僕の口角は知らず知らずの内に上がる。
あぁ、本当にアレンティアは可愛い。彼女は、最初は凛とした子だと思っていたが、こうしてみると、ただ甘え下手なだけだったんだと思う。
アレンティアには秘密にしているが、魔力を貸す際に彼女の記憶が僕に流れてきた。あまりにも知らない相手だったり波長が合わない人間には、無理に魔力を流すと酷い痛みを伴う。だから、彼女と波長なんかを合わせる必要があったのだ。
だけど、僕は流れてきた記憶に言葉を失った。僕は魔法使いなせいか世間とは違う感覚を持つ事が多々ある。そんな僕ですら、アレンティアの境遇には顔を顰めてしまった。
彼女は、飼い殺し、という表現がよく似合っていた。アレンティアの家族は、彼女に冷たく、少しでも彼女が失敗すると死なない程度の、だが少しでも加減を間違えれば死んでしまう程の魔法を打つけていた。
他の兄弟はそんな扱いを受けていないから何故だろうと思ったが、アレンティアに『魔力がない』という事が彼女の両親の虐待を助長させたのだろう。
兄弟には、馬鹿にされ料理で出された肉を犬のように手を使わず口だけで食べろと命令されたり、魔法の練習だとその身を的にされたこともあるらしい。
最初、生き倒れているアレンティアを見つけた時、その体はボロボロだった。単純に魔塔に着くまでの森のせいだと思っていたがそれだけではなかったのだろう。
だけど、アレンティアの心はいつも綺麗だった。『愛されたい』ただそう願っているアレンティアは、家族に縋り、婚約者に縋った。
記憶の中でも彼女はいつだって愛される努力をしていた。
最初は「復讐してやる」というアレンティアの強い瞳に惹かれたのだが、段々アレンティアの愛されたいという祈り、その献身、そして少し優しくしただけで本当に嬉しそうに笑う姿に好きになった。
僕にとって、アレンティアはとても眩かった。
だから彼女に求婚し、僕たちは取り敢えずの所、として婚約者になれた。
彼女を愛し、愛される生活はとても楽しい。彼女の愛に顧みず彼女を捨てた馬鹿共と、愚かな女には感謝してもしたりない。
◇◇◇
「ルディウス様、その、あーん」
「……? アレンティア、これは何?」
今日はアレンティアがキラキラとした瞳で見つめていたカフェにやってきたのだが、コーヒーを飲む僕に彼女はいちごケーキを刺したフォークを差し出してきた。赤く染まった顔は大層可愛らしいのだが、いかんせん意図が掴めない。
首を傾ける僕に、アレンティアは真っ赤になりすぎて寧ろ目に涙を滲ませながら消えそうな声で言った。
「その、昔恋人同士はこんな風にケーキ等を食べさせるのだと本に書いてあるのを読みまして……すみませんルディウス様はケーキ嫌いですのに」
そう言って手を引っ込めるアレンティアの手首を慌てて掴み、僕はケーキを口に入れた。甘い。そしてそれはきっと、ケーキの甘さだけじゃない。
「ありがとう、アレンティア。もっと頂戴?」
そう言って口を開ければ、彼女は嬉しそうに笑ってまた差し出してくれた。
小さい頃、僕は魔塔の前に捨てられたらしい。魔力が高い証拠である黒い髪を持つ僕を、良かれと思ったのか、それとも面倒だったのかは分からない。
それから20年、愛という物が僕にはよくわからなかった。だけど今ならわかる。愛とはアレンティアなのだ。可愛くって、尽くしたくなる、いつも一緒にいたくなる子。特別な子。
彼女にケーキを食べさせて貰いながら、僕は甘く微笑んだ。