08
次の日、昼過ぎに基礎訓練を終えたリグはユウが送ってきた座標に向かった。そこは格納庫の近くというか、ほとんど隣だ。
部屋に入ると、三人がすでに待っていた。
部屋は広く、椅子がいくつも散乱していた。ひと目で使われていない部屋だとわかる。右手には大きなホワイトボードがあり、壁面には大画面のディスプレイが据えられていた。左手の壁はガラス張りになっていて、格納庫が見下ろせる。
「いい部屋だ。ありがとう、ユウ」
「どういたしまして。地図情報によると、ブリーフィングルームっていうらしいよ。昔、何に使っていたのか知らないけど」
テオは格納庫を見下ろしていた。
「出撃のとき、たまに目に入っていたんです。このガラスなんだろうって。この部屋だったんですね」
「ようし、みんな、適当に座ってくれ」
リグはホワイトボードに近づき、ペンで試し書きをした。まだ使える。
じゃあ、と振り向いてリグは固まる。三人とも膝を揃えて居住まいを正していた。
「……そんなに固くならなくていいよ。説教するわけじゃないんだから。楽な姿勢にしてくれ」
ガスは嬉しそうに椅子を回して背もたれに腕とあごをのせる。それに眉をひそめつつ、ユウも足を組んだ。テオも緊張を解いている。
リグは説明をはじめる。
「昨日の死にたくない発言のことだが、死傷率を見てみると対空戦より圧倒的に地上戦のほうが死傷率が高い」
テオは頷く。
「戦闘機は可動タイル装甲がありますし、高速機動で戦域離脱も、いざとなれば操縦棺で脱出もできます。戦闘スーツの上に鎧を着ているようなものですから、当然ですね」
「うん。そこで思ったんだが、飛行船に開ける穴を大きくできればフェムトが流出する量が増えて、降下する侵入個体の数を減らせる。そうなれば死傷率も低くなると思うんだ」
それを聞いたユウが顔をしかめた。
「リグ、それはすでに検討されたことだよ。GMSは新兵器の情報を出してくれないから、方法は二つ。槍の数を増やすか、槍を太くするかだ」
リグは黙って聞いている。
「結論から言うと、どっちも不可能だ。槍の数は増やせない。増やせば戦闘機は重くなってミサイル回避機動ができなくなる。それを解決するには主翼の拡大が必要になるし、エンジンの出力強化も必須だ。機体が大きくなれば格納庫と出撃、帰還口の拡張も必要になる。都市の改造が必要になるよ。GMSに聞くまでもなく、そんな余裕はないんだ」
テオが引き継ぐ。
「槍の径を大きくする案も、結局同じ理由に行きつきます。槍の重さと長さは、いまのが最適値なんです。これ以上太くはできません」
「俺も二人と同じことを考えて、同じ経過で、同じ結論になった」
「じゃあこの集まりは?」
訝しげなガスに、リグはペンを取り上げる。ホワイトボードに直線状に八つの点を書いた。
「そこで相談なんだ。テオ。飛行船の外殻に、こんなふうに穴を開けられないかな」
テオは困惑しつつ、なんとか頭を回した。
「ええと……できそうだとは思います。突撃形態での主翼は多少角度調節できますし。射撃間隔も調整可能ですから。直線の精度と穴の間隔しだいですね」
「その二つは別の要因があって、まだ確定できない。調査が必要なんだ。とりあえず、できそうなんだな?」
「まあ……はい。だいたいでよければ」
「よかった。それができないと話にならない」
言いながらリグはまたも点を書き並べて、一辺八個の点からなる四角形をつくった。
「一機で八本の槍が撃てて、一個小隊が四機編成だから、こうできるよな?」
「できるけど、穴の数は変わってないぜ」
ガスの指摘に、ユウとテオは頷く。
「穴の数はそのとおりだ。でも強度は落ちるはずだから、ここ……」
リグはペンで四角形の中心をつつく。
「ここに機関砲か何か打ち込めば、外殻が取れないかな。そうすれば大きな穴が空くと思うんだが」
ユウとテオの眼が丸くなる。ガスは冷静だった。というか、ユウとテオに任せて自分は考える気がなさそうだ。
「……変なこと言ったかな」
「だいぶね……」
ユウはうつむき、テオは困りきっていた。その様子に、リグまで不安になる。
「ほら、あれだよ。ミシン目があるだろ。あんな感じでさ、連続した穴で外殻の強度を落としてから適切な衝撃を与えれば、外殻が外れるはずなんだ。穴の間隔と直線の精度が決まっていないっていうのは、機関砲でどのくらいの衝撃を与えられるかわからなかったからなんだけど……だめかな」
テオは困ってガスを見て……あきらめ、ユウを見た。額に手を当ててうつむいている。困ったときのポーズだ。初めて見た。
「ええと……」
「いや、リグ。君の言うことはわかるよ」
テオの代わりにユウが顔を上げて答えた。
「理屈はわかるんだ。たしかに君の言うとおりだと思う。だけどどうも……できる気がしないんだ」
「そうなんです」
テオは少し自信を取り戻す。この不安をわかってくれたのはユウだけだ。
「実現性に確信が持てないんです。まるで実演なしで手品の種だけ説明された気分です」
「そんな経験あんの?」
「例えですよ」
他人事みたいなガスにひと睨みくれてから、テオはリグを見た。
「隊長は確信があるんですか?」
「ないよ。だから相談だって言ったろ。一人でやってもいいんだけど、途中で行き詰まるか、できても時間がかかりすぎる。協力してほしいんだ。これができれば一個小隊で大きな穴が空けられる。すべての小隊でやれば、侵入個体の数を劇的に減らせるはずだ。試してみる価値はあると思う。頼む」
考え込むユウとテオに、ガスがのんきそうに言う。
「いいんじゃねえの。やってみようぜ。とりあえず直線が作れるかだろ。それがダメなら、できるように整備班に話してみるか、GMSに要請してみればいい。効果の大きさを考えれば。頭の固いGMSも手を打つかもな」
「ガス……お前、話聞いていたのか。いいこと言ってくれたな」
「隊長って俺のこと嫌い?」
考え込んでいたテオも、腹が決まったらしい。
「確かに、成功したときの効果の大きさは甚大ですね。やってみましょう」
思案顔だったユウも頷く。
「そうだね……リグがいままで一人でやっていた戦術開発を、今度は僕らでやることになる。これは新しい一歩になるかもしれない」
「よかった。じゃあ、問題を細かく分けて優先順位をつけていこう」
リグの言葉を合図に、各人がそれぞれ考えを口にする。
「まずは直線ができるかだろ。テオが適任だ」
「突入進路が四つになるから、対空砲の潰し方が変わるよ。戦闘機全て……GMSと戦略部の協力が必要だね」
「僕はやっぱり直線の精度と穴の間隔が気になりますね。どうやって決めれればいいか、ちょっと見当つきませんけど」
「フェムトを投下し終えた飛行船て、都市の近くに墜落するよな。あの残骸でテストできないか」
「あれ、長槍の材料とかになるから、どうかな。回収班に聞いてみないと」
ふと、ガスはあることを思い出した。
「兵器開発室ってあったろ。そこ行ってみれば?」
「えーっ、あそこ?」
「いいところがあるじゃないか」
同時に反応したユウとリグが顔を見合わせる。
「まずいのか?」
ユウは顔をしかめて腕を組んだ。
「まずくはないけど、なんていうか……まあ、直接見てもらったほうがいいかな。いい機会だし。相談してみてなにか得られる可能性もゼロじゃない」
ガスは忘れていたし、ユウの評価はこれだしで、リグは兵器開発室とやらの評判が芳しくないことがわかった。
「出揃ったかな。よし、はじめよう。テオ、シミュレータで直線に穴が開けられるか試してみろ。相手は丸裸の飛行船でいいぞ。ガス、回収班に話をつけてこい。多ければ多いほどいいが、脅すなよ。それが終わったら結果を全員に報告し、あとはテオに付き合え」
ガスとテオは了解を告げて部屋を出ていく。
「僕は?」
「兵器開発室とやらに一緒に来てくれないか。勝手がわからないから」
「いいよ。でも、問題は直線の精度と穴の間隔だね。手こずりそうだよ」
「そうなんだよなあ。何百回と試せば回収班が怒るだろうし、なんとかうまい方法を考えないと」
リグとユウは連れ立って部屋を出た。しばらくはこの部屋が拠点になるだろう。
「でも、実現できればすごい効果だよ。よく思いついたね。どうやったの?」
「なんだったかな……ああ、あれだ。講義漬けの時に食べた携帯食料のパッケージだ。この案が出てきたんだから、あれもそう悪い時間じゃなかったな。二度とごめんだけど」
ユウはなにか言いたそうな顔をしたが、結局やめて兵器開発室へ歩き出した。