06
奴らがやってきた。
631小隊は地上迎撃任務に回された。小型ボンベとポインターが収められた戦闘スーツを着込み、突撃銃を持って待機する。GMSと戦略部から予想侵入地点が示されたらすぐに動けるように。
いまごろは対空迎撃部隊が飛行船に穴を開けているだろう。
「俺が小隊長だなんて、不安になってきた」
「心配することないよ。実際、することなんかほとんどないんだから。作戦はGMSと戦略部が決めるし、細かい動作は戦術コンが指示してくれる。気楽にしてて」
ユウはそう言ってくれた。リグはヘルメットの側面を撫でる。ユウは正しい。問題は、戦術コンがこちらに犠牲を強いてくる場合だ。
全員の戦術コンに一斉通知。敵侵攻地点予測が出た。全部隊が走り出す。フェムトは一体でも最下層に着ければいいので、分散して侵攻してくる。そのためこちらの部隊も侵攻予測地点を囲むように各隊ばらばらに移動する。
631小隊も戦術コンの指示通りに走る。リグとユウが後衛。ガスとテオが前衛だ。
戦場は薄暗い廃棄区画だった。別に積極的に廃棄したのではない。人口に対して都市が大きすぎるので、自然と使われない区画が発生し、当然手入れされないので荒れていくのである。上層下層を分ける基礎構造は堅牢だが、壁や床などの建材には大きな亀裂が入っており、そこからなにかでてきそうだった。
指示された迎撃地点に到着する。複数の通路とつながったかなり広い部屋だった。天井の崩落がはじまっており、床のあちこちに瓦礫が重なっている。
リグたちの他にニ小隊ほどが別の通路から同じ部屋の様子をうかがっていた。この戦場での侵入個体予測数は十体。妥当な配置だ。
侵入個体は奥の通路から現れた。五、六体ほどが部屋の中心に来た時点で攻撃指示が出る。各小隊の後衛が突撃銃で侵入個体の動きを抑え、前衛が低姿勢で前進、ポインターで撃破する。前回の戦闘のように敵が隊列を組んでいるわけではないので、再構成時に後衛に攻撃される恐れは少ない。
楽に終わりそうだな、とリグは戦術コンの指示する標的を撃ちながら思った。
突然、なにか大きなものが外れる音がした。それは侵入個体が入ってきた通路と部屋をつなぐ枠だった。
ぬっ、と大きな影が現れる。
見たことのない個体だった。昆虫のような体型。六本の足に胴体は手のひら大の装甲がタイルのように並んでいる。全高は三メートルほど。全幅は五メートル程度だろうか。
お近づきになりたくないタイプだな、とのリグの妄言を打ち消すかのように戦術コンの指示が飛ぶ。新型個体とともに飛び込んできた侵入個体の撃破を優先するらしい。
通常の侵入個体の撃破は手間取らなかった。しかしその間にも新型個体の足が振るわれ、横腹を打たれた誰かが背骨をくの字に曲げて床を滑り、動かなくなる。また、他の誰かが足に串刺しにされ、天井に放られると瓦礫とともに落ちてきた。誰もがそれらに無反応で、自分への指示をこなしていた。
通常の侵入個体を片付け終えると、各隊の前衛たちが新型に攻撃を仕掛ける。突撃銃の銃撃は効果があるのかよくわからなかった。タイルのような装甲は当然貫通できないし、大型なぶんだけ力もあるのか、動きも鈍くならない。
振り回された足をかいくぐった数名がポインターを撃つ。新型個体の半分が固定される。しかし次の瞬間、タイル装甲をつなぐ粘膜に穴が空いて髪の毛よりも細くなる。するとポインターが当たったタイル装甲だけが空間固定され、新型個体は自由に動き出したのである。展開された突入口に飛び込むものの、破壊できたのは当然一枚のタイル装甲だけで、タイル装甲が失われた部分は粘膜が覆って内部のフェムトが流出するのを防いだ。
リグは戦術コンから指示が出ないのをいいことに、銃撃を浴びせながらその様子をじっと見ていた。
(ポインター対策がされた個体……)
戦術コンは指示を変えた。後退して隔壁を閉鎖。時間を稼いで応援を呼び、ポインターの一斉射撃によってタイル装甲の大半を破壊後、銃撃によって粘膜に穴を開け、中のフェムトを流出させる。
それが無難だな、とリグも納得して後退する。
隔壁に近づいたとき、誰かが吹き飛ばされた音がした。振り向くと、ガスが壁の近くに倒れている。片足が膝下からなくなっていた。後退中に背後からやられたのだ。
リグはガスに目の焦点を当てる。身体情報を確認。まだ生きている。
しかし、戦術コンは後退を指示していた。
リグは通路の手前で止まる。葛藤は一瞬だった。
他のみんなはすでに通路側にいる。リグはユウに言った。
「ユウ、隔壁をおろせ。俺はガスのところに行く。そっちから通信はするな。こっちからする」
「は? 君、何を言って……」
「テオでもいい。やれ」
「了解です」
リグは振り向いてガスのもとへ走る。後ろで隔壁が降りる音が聞こえ、リグは安心した。
天井へ向かって残った銃弾を乱射する。大量の瓦礫が降ってくる。新型個体を生き埋めにするほどではないが、もうもうと立ち込めた粉塵が目くらましになってくれるだろう。
リグはガスを担いで、もとからあった瓦礫の影に隠れた。
ガスの怪我を確認する。戦闘スーツはそのまま戦闘機に乗るので耐Gスーツとしての機能も備えている。急激な機動によって発生する体の中の血液の偏りを、身体を圧迫することで正常化させるのだ。その機能を応用して、ガスの傷周りはきつく圧迫されていた。そのため出血はほとんど止まっている。
リグはベルトのポケットから薄い滅菌シートを取り出して広げ、傷口に貼り付けた。講習を受けておいてよかった、とはじめて思った。
通信すると電波で気づかれる可能性もあったので、リグは自分のバイザーをガスのそれにくっつけた。ガスは顔をしかめてはいたが、目は開いている。
「ガス、聞こえるか」
「あんた、何しに来た……? 後退指示が出てんだろ」
「意識はあるな。身体は動くか?」
「足以外は動く。戦闘スーツが鎮痛剤をしこたま打った」
「上出来だ。よし、これからやつを倒す」
「どうやってだよ」
「ポインターが当たったとき一瞬、奴の半身は拘束されていた。ポインターがどうやって拘束しているか知らんが、ヤツは装甲間の粘膜を極限まで薄めることで、拘束を装甲タイル一枚に限定させているんだと思う」
「なんでそんな事がわかるんだ」
「お前たちが攻撃している間に観察させてもらった」
「人に危ないことやらせといて……」
「すまん。俺には攻撃指示が来なかったんで、つい」
そこで、とリグは続ける。
「俺とお前で同時にポインターを撃てば全身を拘束できる。直後に突入できれば奴を撃破できると思う」
「ちょ、ちょっと待て」
「なんだ。心配するな、突入のときはお前を担いでいって放り込んでやる。いくら俺が標準性能だからって、そのくらいは」
「そうじゃねえんだ」
ガスは右手に握っていたポインターを見せた。
「空なんだよ。弾がねえ」
リグの頭の中が真っ白になる。
「……予備弾倉は」
「ないの知ってるだろ」
呆れ顔のガスは、しかし申し訳なさそうに目尻を下げた。
「……悪ぃな、わざわざ戻ってきてもらったのによ。まあ、あの世への一人旅も何だし」
「黙ってろ。いま考えてる」
「何ができるってんだよ」
「黙ってろ」
リグの視線はガスを通して遠くを見ていた。部屋に立ち込めていた粉塵は収まりつつあり、視界がひらけてきている。時間はない。
ちらりと新型個体のいる方向を確認して、リグはガスに視線を合わせた。
「いいか、よく聞け。これから奴を地下に落とす」
「は?」
「お前はそれを目視で確認後、ユウに状況を連絡して救援を求めろ。ついでに応援も呼んで地下の様子を確認させるんだ。あとは戦術コンに任せろ」
「ちょっと待てって」
「いいか、必ずやれよ。意識を失うな」
言うだけ言うとリグはガスから離れ、瓦礫の端から新型個体の様子をうかがう。ポインターを見た。一発も撃ってない。残弾は三発。
床の表面に漂う塵に紛れるようにして、リグは突進する。新型個体はすぐに気づいて足を振り上げ、下ろす。危うい足取りながらなんとか躱すと、リグはポインターを発射。新型個体の真下の床に突入口が展開される。
リグはそこに滑り込む。直後に床が分解されて大穴が空き、新型個体の質量を支えきれなくなった穴の周辺が崩れ、新型個体ごと地下に落ちた。
地下は十メートル以上高さのある広大な空間だった。再構成されたリグの真上、一メートルほどのところに新型個体が姿勢を崩したまま、リグと共に落下していた。
よし、とリグはつぶやく。
ポインターの残弾、二。
どんどんスピードを増して迫ってくる床をにらみ、ここ、というタイミングでリグは上を向いて新型個体にポインターを撃ち込む。
突入できない以上、半身が一瞬拘束されるだけだ。だがその一瞬、自重と落下速度を合わせた慣性に、タイル装甲をつなぐ粘膜は耐えられなかった。
ぶちり、と粘膜が切れて拘束されていない半身だけが落下する。拘束された半身もすぐに空間固定が解けて後を追うが、十分だ。新型個体は両断された。その断面から黒い霧、フェムトが漏れ出していた。ここの大気はまだ人間が呼吸できるものだから、じきに死滅するだろう。
(……いいぞ)
ここまでは理想的だ。問題はここから。何しろ、リグはいままさに落っこちている最中だ。戦闘スーツにパラシュートはついていない。
ポインターの残弾、一。
リグは左手の突撃銃を放り出し、腰のナイフを抜く。侵入個体にナイフなんか通らないのだが、攻撃以外の汎用性が高いと主張してGMSは標準装備させていた。
GMSに感謝しながらリグはベルトのボンベが下を向くように姿勢を変える。そして、自分の腹を刺すようで気が進まなかったが、思いっきりナイフをボンベに突き立てた。
圧縮されていた空気が勢いよく吹き出す。ボンベの大きさに対してナイフの穴が大きすぎたのか噴出は一瞬だったが狙い通り、リグの身体は新型個体よりも上に浮き上がった。
床まで二メートルに迫ったときだった。リグはポインターの最後の一発を新型個体の半身に撃ち込む。展開された突入口に自由落下で突入。
分解、再構成。
そして、床上十センチのところで再構成されたリグは、小さな段差を降りるように、とん、と着地した。
前回の戦闘でリグは気づいていた。再構成された時に突入前まで働いていた慣性は失われる。
リグは急いでその場から飛び退いた。すぐに新型個体の半身が両方降ってきて、破砕音と水音の混じった嫌な音を立てた。
腰を落として警戒したままリグはしばらく様子をうかがった。ナイフしか残されていないリグには逃げるくらいしかできないので、動き出されては困る。はたして、新型個体が動き出す気配はなかった。
新型個体から目を離さずにリグは戦術コンが受信していた戦闘情報を見た。もしガスが気を失っていたら自分でやるつもりだったが、ガスはちゃんとユウに連絡してくれたらしい。応援部隊が動き出しているし、ガスは救急搬送中だ。
安堵のため息とともに尻餅をつくと、リグはそのまま寝転がった。
しだいにむかっ腹が立ってきた。
なんだって予備弾倉がないんだ? 確かに戦力比から言って一人で三体の侵入個体を倒せば十分だ。さらに攻撃が必要なら後衛と代わればいい。しかし、何事にも不測の事態があるではないか。今回のように……今回は意図的だが……部隊が分断されたらどうする気なんだ? GMSと戦略部は何をやっているんだ! 予備弾倉の一つや二つをケチって無駄に兵士を失う気なのか。兵士が戦えるように物資を揃えるのも奴らの仕事のはずだ! 偉そうに指示ばかりして、電力と食料の無駄飯ぐらいめ!
ここでリグはいいことを思いついた。二度と同じようなことが起きないように、意見書を送ってやればいい。実例付きだから無碍にはするまい。
リグはさっそく戦術コンにも協力させて書類を作成する。意見書ではなく装備申請にしたのは、意見書では生意気だと余計な反感を買いそうだったからだ。
書きたいことを書いて読み直すころには、だいぶスッキリした気分になっていた。
少し物足りない気がして、リグは最後に一文を付け加える。これでよし。GMSと戦略部へ送る。
気分の良くなったリグは、あとはユウがうまくやってくれるだろうし、このまま寝ていようと思った。だが、すぐに考えを変えた。応援が来るまで寝ていたとあっては、いかにもだらしなく、不誠実だ。いくらユウでも怒るだろう。副長を怒らせていいことなどなにもない。せめて出口を探す努力くらいはすべきだ。
リグはしぶしぶ起き上がって出口を探した。結局それは見つかって、リグは自分の足で帰ることになったのだが、いい気分だった。これでユウに怒られることもない。ガスは死なずにすんだし、新型は撃破できた。リグはできるだけのことをした。犠牲になった味方には申し訳ないが、なかなか悪くない日だった。