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識別No.0631_1  作者: 良木眞一郎
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05


 受講室は体を包むほど大きく、柔らかな椅子が並んでいるだけの部屋だった。空いている椅子に座るとなかなか心地良い。

 同時に首の後ろの神経接続器が椅子に触れた。接続。リグの視覚と聴覚に情報が流れ込んでくる。なるほど、とリグは感心する。これなら各人に必要な講義を好きな時間に、好きなだけ受けられるわけだ。

 しかし、この講義というのが曲者だった。なにしろ記憶自体は蘇生時、あるいはクローン生成時に脳の記憶野に直接学習させられている。この講習の目的はその情報をもう一度得ることで活性化させアクセスしやすくすること、つまり思い出させるのが目的だった。

 新しい情報は何一つなく、ああそういえばそうだったな、と思うだけの時間。楽しいわけがない。

 それでもリグは真面目に聞いていた。最初の五分は。

 十分たつと退屈になり、十五分後にはウトウトしていた。するとそれを感知した戦術コンが覚醒信号を送り込んで叩き起こしてくる。

 こいつはちょっとした拷問だぞ、とリグは背筋が寒くなる。サボるか、と自問してみるが、ろくな未来が見えてこない。最終的に都市から逃げ出したとしても、呼吸できない大気とフェムトが待っているだけだ。

 リグは生化学部で検査を受けたときと同じくらいうんざりしながら講義を受けた。食事も講義を受けながら携帯食で済ませるので、食堂で気分転換もできない。

 二十回ほど覚醒信号を食らって、リグはその日の講義を終えた。

 次は基礎訓練だった。これは肉体機能維持のためのもので、筋トレや持久走などが主だ。リグは特別運動が好きなわけではなかったが、講義に比べれば百万倍マシだった。

 携帯食をかじりながら格納庫に向かう。次は対空戦の訓練だ。

 格納庫に着くとユウとテオがリグの機体の前で待っていた。

 対空訓練の専用シミュレータはない。戦闘機にシステムデバッグ兼用のシミュレートシステムが搭載してあるためだ。

 時間が押してるから、とリグはすぐに操縦棺に放り込まれた。文句を言う元気もない。スケジュールが指定した難易度で、指定の訓練コースを選ぶ。

 兵士はこうしたシミュレート訓練で時間を過ごす。別に新しい戦術を開発するためではなく、操作方法を反復することで戦術コンの指示にコンマ一秒でも早く反応するためだ。

 もちろん、この場合は事情が異なる。ユウとテオがいるということはリグの戦い方に興味があるのだろう。

 所定の訓練を終えて操縦棺から這い出したリグ。ユウは首を傾げ、テオは中空を見ていた。通信で訓練結果を見ているのである。

「普通だね」

「普通ですね」

 ユウはリグの肩を叩いた。

「僕らは行くけど、リグ、君もシャワーを済ませて早く寝るんだよ。明日もあるんだから」

 無言で去ったテオに比べれば、ユウは優しいのだろう。でも、このスケジュールを組んだのはユウだ……だめだ、これ以上考えちゃいけない。

 リグは力なくシャワーを浴び終えると、小隊の部屋へ戻った。特別編成小隊とやらは隊舎の部屋も固定されるらしい。照明は落ちていて三人とも寝ている。リグのベッドは左の二段ベッドの下と決まったようだ。倒れ込むのに楽なので、誰が決めたか知らないがとにかくリグは感謝した。

 リグは穏やかな眠りを貪った。朝の覚醒信号が送り込まれるまで。

 次の日の講義と基礎訓練を終えてげんなりしたリグが向かったのは、今度はシミュレーションルームである。訓練で怪我をして実戦に出れないのでは本末転倒なので、地上戦は受講室と同じ椅子が用意され、神経接続によって訓練を行う。

 シミュレーションルームではユウとガスが待っていた。リグは咥えていた携帯食の最後の欠片を口に入れて、挨拶もそこそこに椅子に座った。神経接続が行われ、これもユウ指定の難易度と訓練コースを選ぶ。様々な条件で侵入個体を相手にするミッション形式である。

 一通り終えて椅子からずり落ちそうなリグを見つつ、ユウは訓練結果を見て言った。

「普通だね」

「普通だな」

 ガスは肩をすくめて出ていった。ユウは昨日と同じようなことを言ってくれたが、リグはもうこのスケジュールが早く終わってくれるように願うことしかできなかった。

 それからさらに二日が過ぎた。

 その間、特に変化はなかった。戦術コンの発する覚醒信号が一日あたり百回くらいに増えたのと、この都市には反逆罪と抗命罪が存在しないことがわかったくらいだ。

 明日にはフェムトがやってくるだろう、という日の訓練は地上戦だった。ガスとテオもいる。軽い認識合わせのつもりでユウが呼んだのである。

 訓練が終わったあとで、結果を見ながらユウは疑り深そうに言った。

「まさかと思うけど、リグ。君、手を抜いてないだろうね」

「抜くわけないだろ! 性能が標準なのに、手を抜いたら結果が悪くなるだけだろ!」

「そうなんだよねえ」

 納得いかない顔でユウはリグの訓練結果をにらむ。様々な評価項目が並ぶが、どこをどう見ても標準的な結果だった。リグの性能からすれば、別に悪い結果ではないのだが。

「悪いけど、最後にこれだけやってみてもらえる?」

 神経接続したリグの目の前に現れたのは、先日の戦闘と同じ状況だった。もう一度同じことができる自信はリグにはなかったのだが、戦術コンはあのときの動きを完全に覚えており、鮮やかにこなしてみせた。なるほど、これは便利だ、とリグははじめて戦術コンに好感を持つ。

 最後の同時撃破を合わせて、一瞬で六体の侵入個体が消える。華麗とさえ言える動きだった。

 なぜか同じことを三回やらされた。

「え? なんでおんなじことをやらされたの?」

 神経接続を解いたリグの質問に、ガスが手を挙げる。

「悪い。俺がユウに頼んだ」

 ガスは少しも悪びれずに壁面のディスプレイに映された訓練のリプレイ、つまりリグの動きを見ていた。

「この目で見ても信じられねえ。目がおかしいのかと思って自己診断してみたが、眼球も視覚野も正常だ」

「確かに信じられないです。戦術コンはいままで、こんな動きを提案したことはありませんでした」

 動揺するガスとテオに、ユウは胸を張ってみせる。

「言ったでしょう。リグはすごいんだ」

 ガスとテオの感想によって、すっかりふてくされたリグにユウは向き直った。

「君は気づく暇がなかったと思うけど、あのときポインターの弾倉を投げたのは僕なんだ」

「そうだったのか。助かったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

「よく援護要請に応じてくれたな」

 ユウは遠くを見る目つきになる。

「あのとき、僕はすべての情報が信じられなかった。情報コンからのも、自分の目からのも。とっさに応じた援護要請の結果、一気に六体の侵入個体が消えたと知ったとき、僕は震えたんだ。これこそが希望だと思った。この膠着した戦況に変化をもたらす人が来たんだって」

 ユウはリグに視線を戻す。

「素晴らしい戦術だった。まるで魔法だよ」

「魔法?」

「自然科学の法則を無視した超常現象のことさ」

「なんだそりゃ。怖いな」

「空想だよ。旧文明の書籍データか何かで見たんだ」

 ユウはガスとテオの方を向く。

「見たとおり、リグは戦況を変える可能性を秘めている。次の戦闘でまた新戦術を開発できるとは限らないけど、できる限り協力してほしいんだ」

 ガスとテオはうなずいた。

「リグ、君も疲れたでしょう。もう寝よう。もうすぐ奴らが来る」

 リグは嬉しかった。ユウが自分を信頼してくれているのがわかったこと。そして、いつもより一時間早く寝れることが。


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