04
戦術コンからの通知でリグは目を覚ました。またか、と愚痴りたくなったが、体がだるいことに気づいた。ということは、覚醒信号ではないのだ。
時刻を見ると起床時間の五分前だった。五分後にしてくれればよかったのに、と思いながら通知内容を見ると、見慣れた命令書だ。
『識別No.0631、個体名リグを特別編成小隊である0631小隊の小隊長へ任命する。詳細は指定の場所にて副長より伝達される。直ちに移動せよ』
リグはそれをもう一度読み返した。突っ込みどころがとりあえず三つある。
一つ。戦闘時でもないのに小隊が編成されたのはなぜか。
二つ。特別編成小隊とはなにか。
三つ。なぜ自分が小隊長なのか。
四つ。なぜ詳細を直接伝えてこないのか。アホだと思われてるのか?
GMSに直接尋ねても命令書と同じ内容が返ってくるだけだろう。リグは仕方なしにベッドから抜け出し、戦術コンの案内に従って指定の場所とやらに向かった。
そこは隊舎の一部屋だった。
部屋に入ると、三人の男がリグを待っていた。二段ベッドの間に一人が立ち、残りの二人は奥の椅子に座ってこちらを見ている。全員が同じ白い支給服を着ていた。だが、同じ、というのは間違いで、この内一人だけワンサイズ小さい。そうと知ったあとでもリグには見分けがつかなかったが。
じっと見られているのが居心地悪くて、リグは両手を上げた。
「……えっと、自己紹介でもしたほうがいいか?」
左右の男二人にわずかな表情の変化があった。中央の男は二人に目配せする。このときのリグは知らなかったが、二人は通信ではない”声”に戸惑ったのだ。
中央の男は視線をリグに戻し、微笑んで答えた。
「いや、その必要はないよ。僕らは君の情報に目を通してある。自己紹介すべきは僕らのほうだろうね」
癖のある茶髪で緑の瞳。全体的に童顔に見えたが、目元は大人びていた。実年齢より若く見られるタイプだ。身長はリグと同じくらいだろう。
「僕は識別No.0481。個体名ユウ。君の副長を務めることになってる。この三人の中だと一番の古参だから、なんでも聞いてね」
ユウが右側の椅子に座っている男に視線を向ける。
こちらは黒い短髪に浅黒い肌をもっていた。肩幅も広く、座っているので確かではないが身長もリグより高いだろう。目つきは鋭かったが、他の兵士と同じく戦術コンの指示に慣れた無関心さがあった。
「識別No.0513。個体名ガス」
やや枯れた声だ。それから少し間をおいて付け加えた。
「あんたの戦闘記録は見た。正直、それでもまだあんなことができるなんて信じられない」
リグは困惑した。
「それは、どういう意図で言っているんだ? 指示に従うつもりはありませんってことか?」
ガスは下を向いて少し考えたようだった。
「自分でもよくわからない。戦術コンの指示以外でしゃべるのは久しぶりだから……ただの、感想だ」
「感想か。わかった」
おそらくガスが特別なわけではない。兵士は皆似たようなことを思ったのだろう。ずっと戦術コンに従ってきたのだから当然だ。
となると、次の男の受け答えも想像がついた。
「識別No.0602。個体名テオ、です」
こちらは色の薄い金髪に灰色の瞳を持った少年だった。身体の線が細いから若くみえるだけかもしれないが、身長はリグより低そうだ。
「僕もガスと同じ意見です」
「それも感想?」
「そうです」
リグは気を悪くはしなかったが、困ってはいた。この二人をうまく指揮できる気がしない。戦術コンに任せていればいいのだろうが。友好的なのは中央のユウだけらしい。
リグは微笑むユウを見た。
「詳細は君に聞けと言われたんだが、とりあえず質問がある」
「さっそくだね。いいとも」
「なんでいま小隊が編成されたんだ? 非戦闘時だろう」
「うん。それに答えるにはまず、この隊が編成された目的から話す必要があるね」
ユウは表情を引き締めた。
「リグ。君はこの前の戦闘で、一人で五体の侵入個体を撃破した」
「他部隊の援護付きでだ」
「それでも、GMSと戦略部はそれを高く評価した。新戦術の開発は長らく行われなかったから。もしこの調子で新戦術を開発していければ、硬直した戦況を変えることができるかもしれない」
ガスはわずかに首を傾げていた。テオは無反応だったが、似たような考えなのだろう。
「そこでGMSと戦略部は疑問を持ったんだ。いままでどの兵士も新戦術を開発できなかったのに、なぜ君だけができたんだろう。なぜ君は戦術コンの指示を無視したんだろう」
リグの表情を見て、ユウは片手を上げた。
「大丈夫。同じことをここで聞いたりしないよ。生化学部での検査結果を僕らも見せてもらったからね」
「俺は知らされてないんだけど、どうだったんだ?」
「普通だった。GMSと戦略部は君が最後の冷凍保存個体だったことを踏まえ、君の身体、脳や精神構造、神経伝達部分に特徴があるのではないかと疑い、徹底的に検査した。その結果、君は正常そのもの。何の特徴も見つからなかった。まあ、生化学部はまだ分析を続けているけど、GMSはそこでいったん結論を出したんだ」
ユウはリグを見つめる。
「君を観察し、新戦術開発の発想の仕組みを解明する。それがGMSと戦略部の方針であり、この隊が結成された理由なんだ。他の部隊と違って、この部隊はこの四人で固定される。そして、GMSに問い合わせてもらえばわかると思うけど、僕ら三人はそれぞれ得意分野を持っているんだ。その観点から君を分析、評価する」
「ふうん。ちょっと拝見」
リグは言われたとおりGMSに三人の性能を問い合わせてみた。確かに三人は基本的には標準的な性能だが、ユウは情報分析、ガスは地上戦、テオは対空戦に秀でていた。
「なるほど。次の質問、いいかな」
「どうぞ」
「俺が小隊長なのはなんで?」
「君が新戦術を実行するとき、命令権があったほうがいいでしょ? 戦術コンの指示に反するんだから。大丈夫。ちゃんと補佐するよ」
「納得はいかないけど、まあわかったよ」
リグは首をかしげる。
「なんでGMSと戦略部はこれらの情報を直接通信してこないで、君から言わせたんだろう?」
「さあ? 顔合わせを兼ねて、じゃないかな」
ふうん、とリグは口元に手を当てた。本当にそうだろうか。案外、GMSと戦略部はリグとの直接対話を避けたかったのではないだろうか。でも、なぜ?
めんどくさかったから、としか思いつかなかった。
「観察ならシミュレータでもいいだろうに。実戦部隊で試すなんてな」
「まあね。でも、人手が足りないし、どうせ実戦環境で試すことだからじゃないかな」
「ああ、それ。不思議だったんだ」
「どれ?」
「人手。増やせばいいじゃないか。戦力が増えれば、膠着した戦況も変わる。有利になる」
ユウは怪訝そうに眉を寄せる。
「知らないの? 同一遺伝子からの複数個体の生成は出来ないんだ。GMSすら縛る規則なんだよ」
「そうなのか。便利そうなのに」
「遺伝子多様性がどうこう言ってた気がする……GMSを作った旧文明の人たちの考えなんだろうから、間違ってはいないんじゃない」
「同一遺伝子がだめなら、普通に作れば良くないか?」
「普通にって?」
「ほら、あれだよ、子供だよ」
するとユウは目を丸くし、ついで険しい目つきになって黙り込んだ。多分GMSと通信したのだろう。
ユウは額に手を当て、うめいた。
「なんてことだ。君は本当に蘇生したてなんだ。小隊長どうこう以前に、市民としての基礎的な講習すら受けていないなんて」
「好きでそうなったわけじゃない」
「わかってる。君の責任じゃない。でも、これは大問題だよ」
ユウの顔つきは変わらなかったが、すぐに口を開いてくれた。
「先に質問に答えておくよ。それはできない。子供を育てるのにどれだけの時間と手間がかかると思う? 働き手も二人、育児にかかりきりになるし、そのぶんだけ都市の生産性は落ちるんだ。生産性は落ちるのに食わせなきゃいけない人間は増える。これは余裕がないとできない。そして、そんな余裕はいまはないんだ」
答え終わると……その間に作成していたのだろう、ユウからデータが送られてきた。それはリグのスケジュール表だった。
「これは?」
「市民としての基礎知識、兵士としての講習から小隊長向けのものまで、必要な講習をとにかく詰め込んでおいたよ。他にも毎日の基礎訓練は欠かせないし、夜は実際に君の動きを見たいから、日毎に地上戦と対空戦の訓練をいれておいた。食事は携帯食で済ませてね」
リグがなにかいいたげにユウを見るが、ユウは首を振った。
「奴らの襲撃周期は大体一週間。それまでの間にできるだけのことをして、生存率を上げないといけない。ハードスケジュールだとは思うけど、これは必要なことなんだ。がんばって」
時間はないよ、急いで、とリグは部屋を追い出された。戦術コンはユウのスケジュールをすぐに承認し、受講室への案内を出している。
リグはいくぶん呆然としながら歩き出した。蘇生してからこっち、どうしてこんなに次から次へと厄介事が押し付けられるのだろう。なにか悪いことでもしただろうか。
大きなため息からリグの一日がはじまった。