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識別No.0631_1  作者: 良木眞一郎
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02

 侵入個体は約五十体。地上迎撃部隊は十二小隊四十八名。第三層まで入り込まれていた。

 いまのリグにその余裕はなかったが、もし戦術コンに過去の戦闘状況を問い合わせていれば、これが通常の戦力差であることを知っただろう。

 戦術コンに指示された地点に向かっていると、自然と対空迎撃で組んだ0422小隊の隊員と合流した。誰と組もうが関係ないには違いないが、空と地上でわざわざ再編成したりはしないわけだ、とリグは気づいた。

 0422小隊が戦場に到着したのはそれから数分後だった。リグは地上迎撃部隊が手こずっていた理由を理解した。

 人口の割に都市は広大で、何に使われるのか不明な区画や通路、部屋が多くある。ここもその一つで、二人並ぶのがやっとの狭い通路だ。それが強化ガラスの壁を挟んで上下左右に並んでいた。

 そうやって戦場が細分化されてしまったがゆえに、手がまわらないのだ。

 0422小隊が配置された通路には五体の侵入個体がいた。光沢のあるゴムのような質感の、鎧を着た人間のような姿。片手は人間と同じ手の形をしていたが、もう片方はナイフやハンマー、ムチなどの形状になっていた。

 なぜそうなっているのか、人類は知らない。かつて彼らが道具を使用した記録はないので、そうした知能がないか、人型外殻を細かく動かすのは苦手なのだろうと考えられていた。

 侵入個体の動きは早くない。しかしその装甲は堅固で、突撃銃の弾丸程度では貫通できない。

 装甲を貫通さえすれば中身のフェムトは漏れ出し、死滅する。そうすればフェムトの群体が発する未知の力場が失われ、侵入個体は動かなくなる。奴らは人間が呼吸可能な大気の中では生きていけない。

 リグは周囲を見回した。侵入個体対策に、都市の各所に備え付けの小型電磁投射装置が設置されている。小型と言っても馬鹿みたいに重いのだが、とにかくそれが発射する槍ならば、奴らの外殻を貫くことができた。

 しかし、ここに小型電磁投射装置は設置されていなかった。設置されていない箇所のほうが多いので、これはどうしようもないことだ。

 戦術コンの指示通り、四人は隊形を組む。小隊長と副長が後衛。リグともうひとりの前衛は片膝立ちで後衛の射線を開ける。

 突撃銃を左手に持ち、右手にはホルスターから抜いたポインターと呼ばれる拳銃型兵器を握る。兵士は蘇生時、あるいはクローン作成時に神経学習で両手利きになるので、二丁持ちに問題はない。これで用意はできた。

 通路の幅が狭いので、相手も二体二列になってこちらに向かってくる。

 全員で突撃銃を発射。銃撃では外殻を貫通できないが、動きを抑えることはできる。後衛の二人は立ったまま射撃を続ける。前衛であるリグともう一人は姿勢を低くしたまま突進。前列の侵入個体に迫る。

 リグはポインターの銃口を向け、撃つ。赤い光の槍が撃ち出され、侵入個体に命中した。

 その瞬間に侵入個体の動きが止まる。その空間に内部のフェムト群ごと固定されたのだ。侵入個体の常識外の力でも身動き一つできない。少なくとも、いまだかつてそんな記録はない。

 光の槍は後端を広げ、円錐型の突入口を形成する。リグはその赤い光に飛び込んだ。突入口の内側に肘が入り込んだ瞬間、吸い込まれるように加速する。

 リグの体とともに突入口が赤い光を散らしながら、侵入個体に突き刺さるように消えた。

 数瞬後、侵入個体の後方に赤い光が集まり、リグの体が装備ごと再構成される。背後では侵入個体が固定された空間ごと光の粒子となって消えた。

 自己概念を利用した空間破砕兵器。GMSの説明によればそうだ。動作原理は誰も知らない。ひょっとしたらGMSも知らないのかもしれない。GMSはポインターの製造はしても、動作原理について一切説明しないからだ。

 兵士は動作原理など気にしない。大事なのは、ポインターが携帯性に優れ、一撃で侵入個体を消滅させられることだ。

 リグは即座に後ろに飛び退いた。ヘルメットのバイザーを後方にいた侵入個体のハンマー型の腕がかすめる。後衛の二人が援護射撃をしてくれなかったらヘルメットごと頭が割れていただろう。

 奴らは力が強い。銃撃を浴びせても動きを鈍らせるのがせいぜいで、止めることはできなかった。

 だから、もうひとりの前衛は運が悪かった。もう一体の侵入個体のナイフ状の腕に腹部を両断され、血と内蔵を撒き散らしながら通路を転がった。脳が死ぬ前に回収されれば助かるだろうが、そうでなければ、その彼だか彼女だかの遺伝子からクローンが作られる。新兵の一丁上がりだ。

 新兵といっても戦術コンが埋め込まれ、その指示通りに動けばいいのだから、性能的には他の兵士と変わりない。

 誰が死んでも何も、問題はない。

 リグは急いで後退。0422小隊は三人になった。恐怖はなかった。恐怖を感じる神経伝達物質は恒常的に抑制されている。

 戦術コンが共有した情報をリグに知らせる。左と左上の通路でも同じような戦闘が発生していて、死傷者がでている。通路が狭く侵入個体が自然と隊列を組むようになっているため、再構成時に敵の後衛にやられるのだ。

 ポインターの欠点がこれだった。再構成時に周囲の状況がわからないし、再構成が終わるまで身動きが取れない。その数瞬が命取りになるというのに。

 近くの小隊の状況も考慮し、戦術コンが新たな指示を下す。

 後退命令。場所が悪い。後退して隔壁を閉鎖し、補給と再編成を行うらしい。

 しかし侵入個体の力にかかれば、分厚い隔壁も数分しか持たない。そしてそもそも応援部隊であるリグたちの後方に援護部隊はいない。下の階層に続く通路と、無防備な市民、最下層には大気浄化装置があるだけだ。なんとしてもこれ以上の侵攻は防がなければならない。

 戦術コンはどれだけ被害が出ようと、とにかく時間を稼いで援軍を呼び事態の好転を待つ気だ。

 つまり、ほぼ絶対確実と言える高確率でリグは死ぬ。

 リグの脳に、かすかなめまいと共にわずかな情報が走る。

 澄んだ瞳。しっとりと長い黒髪。ユキセンパイ。

(……まずいぞ)

(そうさ。まったくまずい。どうする?)

 リグは死ぬのが怖いのではない。怖いのは記憶の喪失だった。リグが死んだあと作成されるクローンには記憶が引き継がれない。だからこの、胸を締め付けるような郷愁を誘う出所不明の記憶は、永遠に消えてしまう。

 戦術コンは相変わらず撤退を指示していた。それに反抗すると肉体は抵抗したが、すぐに諦めたようにリグの意志の支配下に戻った。

 リグは後衛の二人に援護射撃を要請。撤退しかけていた二人は驚いたように動きを止めた。あたりまえだ。戦術コンの指示に従わない兵士はかつていなかった。

 想定外の状況下では、小隊長の判断が求められる。だが、0422の小隊長は明らかにこの事態に動揺していた。

 リグは小隊長をなだめ、作戦を説明し、納得いくまで質問に付き合ってやるつもりはなかった。姿勢を低くし、突撃銃を構えて突進する。

 それが小隊長の決断をうながした。無駄に死なせたくないと思ったのか、とにかく、後衛の二人は残り少ない弾薬で援護射撃をしてくれた。

 この通路の侵入個体は残り三体。ポインターの射程は短い。接近しなくてはならなかった。狙いは右の個体。

 リグも突撃銃を乱射し走る。しかし、ポインターの射程内に入ってもすぐには撃たなかった。

 何かがヘルメットをかすめたが、なんとか右の個体の脇に滑り込む。ポインター発射。この至近距離で外すはずがない。展開した突入口にリグは飛び込む。

 突入。分解。再構成。

 リグは隣の通路の、侵入個体の真後ろにいた。対象から離れたところで再構成される現象を利用して、リグの体は隣の戦場へ移ったのだった。

 真後ろに現れたリグに、侵入個体はすぐには気づけなかった。両脚のあいだに潜り込み、ポインター発射。腕と全身の筋力をバネのように使って足先から突入。

 今度は上の通路の戦場だ。侵入個体たちの真上。リグはさっき送った援護要請が実行されるか不安になった。なぜならリグのポインターの残弾はゼロだ。ポインターは三発まで。予備弾倉はない。

 だが、それはすぐに叶えられた。この戦場の兵士からポインターの弾倉が投げられ、眼の前を通る。落下しながら満タンのそれを掴んで空になったポインターの弾倉を排出。装填。真下の侵入個体にぶつかるようにして光の槍を打ち込み、展開した突入口に重力に任せて突入。

 再構成されたとき、リグは下の通路の戦場に戻っていた。うまい具合に侵入個体たちの真横だ。そのうちの一体にポインター発射。突入。分解。再構成。

 そうしてリグは最初の戦場に戻った。二体まで減った侵入個体の後方。

 0422小隊の一人が弾切れの突撃銃を捨てて突進していた。タイミングを合わせ、二人は前と後ろからそれぞれの侵入個体にポインターを撃ち込む。

 空間固定される二体の侵入個体。もう攻撃される心配はない。リグは走った。展開された突入口に飛び蹴りの格好で突入する余裕まであった。

 再構成されたとき、リグのいる通路の侵入個体は全滅していた。

(これで戦況が変わるか……?)

(変わってもらわないと困る。もう弾がない)

 その時になってやっと、リグは戦術コンがずっと警告を出していたことに気づいた。だが、警告はすぐに消えた。戦況が変わったことを戦術コンは把握し、撤退指示を変更した。攻撃指示へと。

 左と、左上の通路では侵入個体が減ったことで再構成時の攻撃を気にする必要がなくなった。速やかに攻撃がおこなわれ、やがてこの区画の侵入個体は駆逐された。

 その頃には他の区画でも侵入個体の殲滅に成功していた。防衛は成功だ。それはいつものことなのだろうが、リグがほっとしたのは自分が生き残った……記憶を失わずにすんだことだった。

 汗を拭きたかったが、地表に穴が空いたままなので外気は呼吸できない可能性がある。だからヘルメットが脱げず不快だったが、リグは努めて気にしないことにした。頭痛がする。もう疲れた。さっさと戦闘スーツを脱いでシャワーを浴び、食事をとって寝よう。

 そのとき、GMSと戦略部からリグにメッセージが届いた。緊急度が高い。戦術コンが読めとうるさいので、リグは仕方なくその場で読んだ。

『なぜ戦術コンの指示を無視したのか』

 二通とも完全に同じ文面だ。

 これ、まさか怒られるのか。そんなことをリグが思っていると、次の通信が来た。命令書だったので、これもすぐに読まないといけない。

『識別No.0631、個体名リグはただちに生化学部へおもむき、指定の検査を受けよ』

 要するに本日蘇生されたばかりの場所へ戻れ、ということだ。

 リグはため息を付いて天井を仰いだ。あたりを見ると、0422小隊の二人はもういない。通路の死体を回収もせず帰ったのだ。そもそも戦闘ごとに小隊は編成されるのだから、戦闘が終わったいま、0422小隊自体が解散していた。

 命令に従わない理由が思いつかなかったので、リグは仕方なしに生化学部へ向かった。

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