第95話
火曜日の午前、訓練開始から早いもので1か月が経過していた。
これだけやっても成果が出ないことにしびれを切らしたのか、内容の見直しがあった。10回攻撃に当たった後は、実戦形式で訓練を行うことになった。
だが当然のように目は隠してある。丸太の特訓と違う点は、対戦相手である桜さんが攻撃箇所を教えてくれるという一点だけ。あとは面白いくらいに同じだ。
桜さんが持っている武器も丸太だし、それを縄をつけて振り回している。
高速で質量のある物が迫ってくるせいで、当たれば当然宙を舞う。段々とツクヨミの訓練に近づいている気がするのは気のせいではないだろう。
そんなことを考えていたが、ふと思い出したことがある。
そもそも旅の目的は強くなることじゃない。世界を見て回るという目的の為にある程度の強さが必要になっただけ。じゃあ何で強さが必要なのか?
(やばい。セフィラの事をすっかり忘れていた。今のままじゃ訓練が終わったところで旅を再開できない)
元はセフィラの欠片を集めるために立ち寄った華の国だったが、思えば長いこと滞在している。最初はやられっぱなしだった五剣も、今ではしっかり勝負として成立している。
「でもおかしいよな……五人相手でやっと勝負になるなんて、護衛とかいらないだろあの神」
ツクヨミは死角から攻撃しようが拘束して一気に叩こうが、重力を操作し空気中の微細な塵で防いだりする。本人は常に浮かしている物を、その瞬間だけ操作しているといっていたが、そもそも神剣が塵に負けるのがおかしいだろう。
その時の光景を思い出して一人恐怖を感じていた時、僕の横を結構な速さでボールが通り過ぎた。
「うぉ?!」
「すまん!けがしてねーか?」
向こうから体操服のクラスメイトが走ってきた事で、今が体育の授業中だったことを思い出した。
「大丈夫。偶々当たらなかったよ」
「そうか!良かった」
転がっているボールを渡し、戻っていくクラスメイトを見送った。
ここには授業の前半でサッカーをしていたクラスの半分が座っている。後半組の授業の見学中というわけだ。
そんな前半組のみんなが、驚いた様子で僕のほうを見ていた。
「え?何、僕の顔に何かついてる?」
「い、いや…………」
変な空気が漂う中、圭吾が口を開いた。
「今のボール見えてた?」
「え?」
圭吾が変なことを聞いてきた。
僕がボールの存在に気が付いたのはボールの通過後、僕が驚いた様子も見ているはずなんだけど…………。
それにこの学校の校庭は、このベンチがある場所と校庭の間に木と草が生えている。結構な勢いのボールが跳ね返って転がっていかなかったということは、ボールは弧を描くように飛んできたはずだ。そんなボールならまず木に隠れて見えるわけがない。そのことを圭吾に伝えたが、圭吾や周りのクラスメイトは更に驚いた様子だった。
「そ、そうだよな。すごい偶然もあるもんだね」
「…………?」
よくわからないまま話は終わり、体育の先生の声が聞こえた。どうやら後半組の授業も終わったらしい。
「今のは偶然にしてはやばいよな」
「ああ、ボールが当たる少し前とかならわかるけど、明らかに当たる瞬間に避けてたぞ。しかも灰野は下向いてた」
「遠くにいた俺たちでギリ当たる瞬間にボールが見えたんだぞ?あいつ反射神経やばいわ。格闘技とかやってそう」
何やらクラスメイトがこそこそ話していたが、僕にはその内容は聞こえなかった。
いつもの三人組だし、どうせ同じクラスの可愛い子を見て話しているんだろう。
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いつものようにログインを済ませて直ぐに訓練を開始した。
数回丸太の攻撃を食らったが、そこからは何時もと違った。
(おかしい。丸太の攻撃が来ない。紐でも切れたか?)
通常であれば連続して迫ってくるはずの丸太が、急に存在を消したかのように感じた。
感覚を遮断された中の沈黙は少し怖く感じたが、良いといわれるまで何もできない僕は、ただその時を待った。体感で二時間ほど過ぎた頃、桜さんの声がした。
「もう目を開けていいぞ」
そういわれたと同時に目を開け、ゆっくりとあたりを確認する。
感覚が戻った瞬間。僕の顔を水が滴る感じがした。しかもすぐ近くで荒い息遣いが聞こえる。
この息の主が僕だと気が付くのに少し時間がかかった。
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