第92話
「ええ!?しゃべれるんですか?」
「ああ、昔は確かに声を失っていたが今は普通に話すことができる」
じゃあ何で離さないんだ?声が出るのにわざわざ身振り手振りでコミュニケーションをとる必要は無いだろう。まさか話すのが面倒だからとかそういう…………。
「大体考えていることは予想できる。が、そうではない。私は人見知りでな、中々話すことができない」
「え?でも今普通に話せてるじゃないですか」
「周りに人がいないからな。それに、お主は昔の私に少し似ている」
あたりを見渡してから、桜さんはゆっくりと話し始めた。
御三家と共に、五剣が当主の五家が国を統治しだした頃。海に近い村で私は生まれた。当時は髪も生えてなかったし、目も開かなかったから普通の生活をしていたが、初めて目を開けたとき…………三歳の時だっただろうか、詳細な時期は覚えていないがそれぐらいで私は生みの親に捨てられた。
漁を生業としていた村だったから、幸いなことに海には捨てられず遠くの山に捨てられた。うまく体は動かず、気が付けば川に落ちそのまま流されていた。
目を覚ますと、そこには美しい女神がいた。整った顔に透き通るように美しい肌に、光を反射し輝く髪。今でも鮮明に思い出せる。
「目を覚ましたか…………ん?珍しい色の瞳だな。まるで桜のようだ」
その当時は警戒心も強く、あまりツクヨミ様には近づかなかった。時々やってくる五剣には姿すら見せなかった。自分がなぜ捨てられたか理解していたからだ。
愛想もない可愛くない子供だっただろう。だが、ツクヨミ様は優しく接してくれた。徐々に心を開いた私は、初代五剣と同じような鍛錬をした。しかし…………。
「お主…………。体が弱いな、やはり突然変異のせいか魔力も弱い。寿命にすべて持ってかれたようだな」
超人種とは名ばかりの虚弱。寿命が長く老いぬだけで不死ではなく、そこらの野良犬に噛まれて死ぬレベルの存在だった。素振りをすれば手の皮がむけ、体力をつけようと山をかければ気を失って倒れては、ツクヨミ様に社まで運んでもらっていた。
容姿を引き換えに手に入れたのは、弱い肉体と肉親との別れ。失ったといった方が良いかもしれない。だがある日、ツクヨミ様の言葉で私の考えは変わった。
「見よ小僧。月の光に照らされ桜の花が輝いておる。綺麗であろう。お主の瞳も、あれと同じよ」
その言葉だけでも救われたのに、あのお方はさらに私を虜にした。
「お主は永遠と言えるほど長い時を生きることができる。いつかは、お主のその見た目が受け入れられる日も来るだろう。いや、私が必ず作ってやろう。安心せよお主が諦めるまで私はそばにいる」
初めて私を見てくれたのは、女神だった。このお方が信じるものを私も信じよう。そう誓い、初代五剣様とも会う様になった。彼らも私を認めてくれた私の憧れだ。
五剣様と稽古をする様になるまで体が丈夫になる頃には、お世継ぎが成人になる様な時期だった。長い時をかけてようやく凡人。だがそれでも、確実に強くなっていることを実感した。
しかし、そこまでだった。当時の最強に教わり、神に期待されるという最高の環境があったにも関わらず、私は凡人以上になれなかった。
(与えられてばかりで何も成せない自分に価値はあるのか?このままではツクヨミ様に捨てられてしまうのではないのか)
今の幸せを失うのが怖かった。だからひたすらに剣を振った。雨が降ろうと、風が吹こうと、憧れた人が遠くに行っても、涙を堪えて……。
それから数十年、ある方法を鍛錬に組み込んでから世界が変わった。努力が報われ、あの五剣に勝る技を手に入れた。
この時初めて、自分の体質に感謝した。時間がなければ、ここまで至れなかったから。この力で、一番守りたい方を一生守っていけるから。
――――――――――
「お主は深く考えすぎる。与えられた自分は強くあらねばならないと、心のどこかで自分を強くさせようとしすぎてしまう。昔の私もそうだった。私は時がそれを解決してくれたがお主は違う。短い時の中でそれに辿り着かねばならない。だが……お主と私の違いは、既にそこに至ったものがいるかいないかだな」
「え?それってどういう……」
「お?こんなところにいたか」
流水がやってきた瞬間。喋らない桜さんに戻ってしまった。人見知りというか何というか……。
どうやらツクヨミが呼んでいるらしく、僕は流水に連れられてツクヨミの元にやってきた。少し疲れた様子のツクヨミが僕を見て、ニヤニヤしながら言った。
「成程のお、まあええわい。桜から何を聞いたが知らんがお主もやることは一緒じゃ。明日の朝に城に来い。来なければ強制的に連行するからの」
え?明日?今日何曜日だっけ…………日曜日じゃんやば、明日学校だ。
「はい!」
一旦良い返事だけ返してログアウトした。まあろくな用事じゃ無さそうだしまた明日考えれば良いだろう。そう思い、特にカレンダーも何も見ずベットに入って眠りに落ちた。
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