第9話
「ここの本……全部読んだのか?」
「はい!読んでると面白くなって。あ、それで質問何ですけど————」
「この最後の本もか?」
僕の言葉を遮って、メティスはそう聞いてきた。
手にもっていたのは、精霊の国について書かれていた本だ。
霊峰を超えたずっと先、神獣の森で三日三晩過ごすと精霊の国への道が開かれる。
そこにはたくさんの精霊たちと神獣が住んでおり、星霊の国への扉もある、と言ったことが書いてあった本だ。
「はい!中々面白い話でした。それに出てきた星霊について聞きたかったんですけど……」
「これは精霊言語で書かれている本で私でも読めなかった……それを読んだのか?」
「……え?」
「ボウ!どこだ!?ボウ!」
「はい。何でしょうかご主人様————」
「全部だ!全部持ってこい!龍言語から神語まで全部だ!」
そう言って慌ただしく準備を始めた。
机を大きくし、ふかふかのクッション付きの椅子を二脚用意して、ベッドも追加した。
そして僕の肩を掴んで椅子に座らせ、星の様に輝いた目で真っすぐに僕を見つめて言った。
「運が良かったのは私の方だった!お前が呼んだのは精霊の国への案内だ。精霊が帝国に流した本を私が買い取ったものだったんだが、『星霊』の単語以外さっぱり分からず半ば諦めていたんだ!だが……百年待ったかいがあった。あいつの言ったことは本当だった!ケント!!」
メティスは身を乗り出して僕の手を掴んだ。
そして無邪気な子供の様に、知識を求めて親に聞く子の様に僕に言った。
「私に読み方を教えてくれ!それらを読めれば私は長年の夢が叶うかもしれないんだ!」
「教えろって言われても……」
「ただでとは言わん!私の蔵書をすべてやろう。記憶しているから問題ない!」
これ全部!?持ちきれないし……いや待てよ?僕の装備は大図書館。本なら収納できる、その収納数は制限なし。
この量を持ち運べるのか!?いつでも見たいときに、旅の途中でもこれが読める!?
断る要素がない申し出、それにこの人は僕を助けてくれた。恩人と言っても過言ではない。そんな人の頼みを断るようなことはしたくない。
「分かりました。でも僕もずっと居れるわけじゃなくて、ログアウトしたら数日はいないと思うんですけど……」
「構わん!数日など一瞬だ!その数日の間にやれることはいくらでもある!」
こうして、僕とメティスさんの妙な関係が始まった。
教え教えられ、互いに互いの先生であり、生徒であるこの関係。でも多くの事を教わったのは圧倒的に僕だ。
政治や生物学、芸術の流行や古い物。雑学や生きる術、それらの見返りには到底及ばないかもしれないが、僕は先生に言語を教えた。
だが理解し吸収し、嬉しそうな顔をする先生を見ていると、案外見返り何て関係ない気がしてきた。
————————
連休最終日、昼頃にログインするとメティスが何やら慌ただしく準備をしていた。
道具を見るに旅の道具だと思うが、一体何をするつもりなんだろう?
「おお、ケント!久しぶりだな」
「数日ぶりですね先生。それで……どこかへ出かけられるんですか?」
「ん?ああ、もう私の知らない言語はお前のお陰でなくなった。だから私は次の段階へ進めるんだ」
何かを決心した顔。だがそれだけじゃない、そんな気がした。
予想はしていた。これを覚えたら、もう終わりなんだろうって。
「私は精霊の国に行ってくる。だがその前に……」
そう言ったメティスが指を鳴らすと、目の前に大量の本が現れた。
数百はあるそれらは、赤、青、緑、黄と綺麗に色分けされて並んでいた。
これはずっと先生が書いていたものだ。ずっと見てきたから分かる。時間の合間を使ってずっと机に向かって書き上げたものだ。
「これは私の持てる限りの魔法を詰め込んだ魔法具、魔導書とでも呼ぼうか、取り出して魔力を込めるだけでそこに書いてある魔法を使えるようにしてある」
「これを……これをずっと書いていたんですか?」
「ああ、言っただろう。出来る限りの事はすると、本にしたのはお前の装備の関係だが……まあお前なら問題なく使えるだろう。これで安心して旅に出れる」
すべてを終えた先生は、満足そうな顔で外に出て行った。
僕も後を追い外に出ると、そこにはほうきに乗った先生の姿があった。
ほうきはゆっくりと浮き上がり、地面から二メートル付近で止まった。
「私の知らないことはまだまだたくさんある。そのうちの一つがお前だケント」
「僕……?」
「ああ、お前が何を成し何を知っていくのか私はまだ知らない。だから私は楽しみにしておこう、我が弟子の物語を」
そう言ってゆっくりと浮上し、森の木よりも高い所へ行った先生は笑顔で手を振った。
「また会おう!」
「それではケント様。良い旅を」
先生はそう言い飛び立っていった。
最後に気づいたがどうやらあのほうき、ボウだったらしい。まあ眷属って言ってたしついていくのは当然だろう。
静かになった森を少しの間眺めながら僕は中に戻った。
そして先生の残した魔導書を収納し、あの場所へ向かった。
数日という短い間。だけどたくさんの思い出が詰まったこの部屋。本の匂いが心地いいこの大図書館を先生から受け継いだ。
でも僕もここに留まるつもりはない。せっかくくれた物も目標も無駄にするつもりはない。
『全二万八千九百四十七冊の本を大図書館に収納します』
一瞬のうちに本棚は空になった。
ここで色々な事を学んだ。それを生かしてこの先やって行こう。
ゲームとは思えない日々を過ごした僕の心は、まだ見ぬものへの好奇心でいっぱいだった。
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