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賢王の書~ ELSIUM OF EUPHORIA~  作者: LSABA
二章 華の国編
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第87話

忘れてました。

 会場の熱気を感じながら、ツクヨミは呟いた。


「それにしてもあついのお」

「異常な熱気だ………おい待て。あれを見よ」


 ケセドが指をさす方を見たツクヨミは目を疑った。

 城下の方角の曇天が赤く染まっていたのだ。

 耳を澄ますと歓声の間からかすかに悲鳴が聞こえる。が、会場の人々は気がついていない。

 徐々に鮮明に聞こえてくる自国の民の悲鳴が、ツクヨミヲ苛立たせる。


「何処の阿呆が儂の民を傷つけておる?」

「この気配は…………闇の元素か!」


 そう言ったケセドは笑いを隠しきれず声を出す。腹を抱え笑うケセドを睨みつけるツクヨミは、今にも飛びかかりそうな程前屈みで言った。


「何がおかしい?冥帝(めいてい)が反した事がそんなに面白いか?」

「カカカ……すまんすまん。あれほど信じていた童の一人に裏切られた気分はどうかと――」


 ケセドがそう言いかけた時、陰の隙間から銀色の刃が顔を見せる。

 その先には仮面で見えなくても分かるほどの怒気を顕にした桜がいた。

 銀色の刃はケセドの首の皮に傷をつけ、刀身を赤い血が伝う。神にも等しいセフィラの化身を傷つける事のできる刀は、この世界中を探しても片手で収まるほどしかないだろう。

 それを持つ強者が限界を迎えようとしている中、ケセドがある人物を発見する。


「おお……!あれ程心を傷つけてもなお、壁に挑もうとするか!」

 

 視線の先には、騒動の中心に向かって走る少年と天使がいた。


「おいケセド。儂はあの弱虫に国を預けるほど、海のように広い心は持たん」 

「まあ待て、もうすぐ覚醒も――」

「もう一度言うぞ若造。儂は待たん。しかも何故瞬き程で終わる事柄を、あえて待たねばならぬ?力を半減され、権能を使えなくなった儂を舐めておるのか?貴様ごとき今のままでも消すことはできるんじゃぞ?」


 ケセドの首を正面から鷲掴みにし、ツクヨミは鼻と鼻が当たるぐらいの距離で言う。

 そんなツクヨミを見て、ケセドは冷や汗を垂らした。


「流石は天神(てんしん)·月読(つくよみ)、だがこれは我らの世界の明日の為、移神(いしん)の貴方の事よりもこの世界のことを優先するというのは魂の契約で決まっているはず。忘れたわけではありませんな?」

「……チッ。桜、避難命令を出せ。どうせ狙いは儂じゃろう。儂は城に戻る。終わればお前も来い」


 手が離れた首を撫でながら安堵するケセドを睨みつけ、ツクヨミは去っていった。

 これからの関係が悪くなっても、今回ですべてが終われば良いと考えていたケセドだったが、それは間違いだったと知る。

(甘く見ていた……。力が半減してあれとは、やはり神は侮れん。契約で縛られていなければ今頃は……)


 今回こそは終わってくれよと願いながら、ケセドもその場から姿を消した。その場に小さな血溜まりを残して…………。


 ————————————————


 夕焼けのように赤い空と悲鳴、逃げる人の波をかき分けて前に進む。たとえその先に待つ者が自分より強くても、それが分かっていても進む。

 あの時感じたものと同じ気配。詳しくは言い表せないが、はっきり分かる。この先に居るのは五剣の誰かだと。

 

「でもどうして?この感じは逃げる人を助けているというよりも…………」


 明確な敵意を持って人を襲っているように感じる。

 国を守るはずの五剣がどうして?足を進めるごとに思考が加速していた。

 もう人とぶつかることがなくなり、代わりに悲惨な景色が流れていく。倒壊した建物、今の今までは人が笑顔で生活していた跡を確かに感じるからこそ、生まれた絶望感は想像も容易だった。

 視線を横にずらし、逃げ遅れた人がいないかを確認した瞬間。首元に冷たいものが当たるのを感じた。

 視線を向けた時には黒装束の何者かが僕の首元に小刀をあてていた。そのまま小刀が引かれると思った瞬間。首と小刀の間に薄くかたい防御膜が表れて、何とか無傷で済んだ。


「……ありがとうライブラ。助かったよ」

 

 完全に反応できない速さで迫ってきた死は、ライブラのお陰で何とか回避できた。

 確実に仕留めたと思ったであろう黒装束は、僕と距離を取り様子をうかがっている。


「桜が来ると思っていたが、貴様は何者だ」


 黒装束が低い声でそう問いかけてきた。僕は警戒は解かず会話を始める。


「僕はケント。旅をしている途中で偶然ここにいるだけ」

「外国人か。ならば関係ないだろう。早く失せろ」


 関係ない。そういわれたら確かにそうかもしれない。僕はここに住んでるわけじゃないし、知り合いがこの国にいるわけでもない。何なら嫌な思いをしたことのほうが多いだろう。

 でも、それでも目の前で起きてることを無視できるほど、僕は達観していない。

 僕は破断を構え、刃を数枚待機させる。それを見た黒装束は、小刀ではなく腰の鞘から黒い刀を抜いた。

 

「そうか、お主も武人か。計画の邪魔になるなら切り捨てるのみ」


 さっきの様子からは一変し、両者は戦闘態勢に入った。

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