第65話
ビナーの後ろには疲れた様子のザフキエルが居た。
ビナーはテーブルと椅子を用意するとそこに腰かけ、僕達二人も座る様に促した。
「やっと上手く行きましたね、まさか本当に百人助けるとは思っていませんでしたが」
「え?それってどういう………」
「元々龍二の覚悟が決まって話が済めば貴方に欠片を渡すつもりでした。ですが、結果は最善以上のもの、貴方は成長し龍二の心に刺さった棘は抜けました。これは流石に予想していませんでしたね。あの龍二が自分の息子に叱られるとは思ってもいませんでしたよ」
「………悪かったな」
少し恥ずかしそうに言う父さんを見て、ビナーがニヤニヤしている。それを後ろで見ているザフキエルは冷汗を流して二人を見ている。
二人が親しげに話している事に疑問を覚えた僕は、父さんにその疑問を解決してもらう事にした。
「二人は知り合いなの?」
「ああ、こいつらは俺が作った存在だ。いわば親子みたいなものだな」
「作られたと言っても外枠だけですけどね」
「??どういう事?」
「今は分からなくてもいい」
頭に?が浮かぶ僕を置いて二人の話は進む。
「それにしても、まさか反転を使われるとは思っていなかった。お前が教えたのか?」
「まさか、過度な干渉をしてしまえばザフキエルと一緒じゃないですか。反転は賢人が努力した成果ですよ」
「そうか………じゃああの間抜けの仕業の可能性は?」
「それも無いでしょうね、単純に運がいい様です。ステラとも面識があるみたいですし」
「ステラ?以前問題を起こしたから眠らせたはずだが?」
「あら、流石の龍王でも古龍が相手では少しの間活動停止にさせるしか出来ないのですね」
少し馬鹿にしたようにビナーが言う。
父さんは鼻で笑っていたが、目が笑っていない。明らかにキレている。
そんな二人を見てザフキエルも顔が青くなっているし状況はよろしくないらしい。
「自分の守護天使一人御しきれない女がよく言うな」
「あら?その天使を貸してくれと言ったのは何処の誰だったかしら?」
二人の間に火花が散る。バチバチという幻聴まで聞こえてきそうだ。
仲が悪そうに見えるが実際はそうではなのだろう。父さんは元々喋らない性格だと思うので、ここまで会話をしているという事は少なくても嫌いじゃないはずだ。
「………もういい。話を変えるが、今後ザフキエルはどうするつもりだ。ここに置くのか?」
「それを決めるのは私では無いです。この子たちがどうしたいかが問題ですね」
そう言ってビナーが僕に視線を送る。
ザフキエルを見ると、目が合った。僕としては一緒に来て欲しいが、彼女がどう思っているかが分からない。心配そうな目で見るザフキエルが、拳をぎゅっと握った。
「私は、もうほとんどの力はありません。ですので賢人の頭の中に入る事も出来ない。それでもいいなら………」
「何言ってるんだよ、元々二人で始めた冒険でしょ?今さら別れるのは嫌だよ」
「………!!」
「………貴方達が共依存の関係に近かったのは分かりますね?」
「はい」
ビナーが真剣な表情で言う。
「今回の件で、賢人は自分の力で立つことが可能になりました。ですが、この子の傷はそう簡単に癒えるものではありません。ですから私としては未だここに残すつもりでしたが………本人たちが一緒に居たいなら止めるのも可哀そうですし、このまま一緒に居てもらいます。が、その前に話しておく必要があります。一人の天使の話です」
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今より遠い昔。発展期と呼ばれる旧科学時代より少し前の時代、一人の天使がおりました。
その天使の役目は教え導く事、それは神より与えられた使命であり、彼女の存在意義であった。
第三のセフィラを守護する守護天使でもあった彼女の名はザフキエル。規律と規則を守る天使だった。
その中でも、天法は絶対に破ってはならないものとして、彼女の頭に刻まれていたのは、過度な干渉。彼女は役目のせいもあって他の天使以上にこれを守っていた。
そんな彼女が、ある時大勢の子供たちを連れて帰って来た。身寄りのない戦争孤児、その子たちが一人前になるまでと家を建てた。
学を与え戦う術を教え、導いた。だが、人界への過度な干渉は天法に違反する行為だった。その中でも、回復系統の魔術や秘術は教えてはならない物だった。
十年後、もう少しで巣立ちの時に戦争が始まった。当然子供たちは戦場に行き戦った。
心配だった。少し見に行くぐらいは許されるだろうと、それがいけない行為だった。あの時戦場に行かなければ、今より傷は浅かったかもしれない。
人の焼ける匂いと火薬のにおいが充満する戦場で、ザフキエルは見てしまった。
腹を貫かれた少年と、その子を必死に助けようとする少女の姿を。その二人はあの孤児の子供たち。
その近くにはもう冷たくなった子供たちが居た。
「お願い母さん!助けて!!」
「っ………!」
回復魔法を使えば助けられる。だが、それは法が許さない。
彼女が握る拳からは血が滴り落ちていた。
そして目の前で、少女も銃で撃たれて倒れた。
声にならない叫びが響いたが、爆発の音で直ぐに掻き消える。
母と慕ってくれた子供たちを目の前で失った。それが、どれ程辛かったのかは言うまでもないだろう。彼女を縛り付けた法は、子供たちの犠牲で心に刺さる棘に成った。
「規律と規則………ね、ただ法に裁かれるのを恐れていただけだ………」
次こそはと嘆く彼女の瞳の奥には後悔の念が渦巻いていた。
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