第63話
それから妊娠が発覚した。
嬉しかったし彼女も幸せそうな顔をしていた。一緒に名前も考えた。だが、出産日当日。
彼女は生まれたお前を私が抱いたのを見ると、安心したように眠った。二度と覚めることは無い永遠の眠りだった。
未だ好きと言っていない、約束を果たしていない。なのに、彼女と話すことは二度と叶わない。
「俺があの時言えていれば!!あの時何も無かったら………!少しでも違っていれば!!!」
罪悪感と虚無感が、私を押しつぶし胸に大きな穴をあけた。いや、彼女を失ったことで元に戻っただけかもしれない。
それから私は、失ったことそのものを忘れようと仕事に没頭した。頭が冷える前にはすべてが最悪の方向に向かっていた。
会社の社長の娘に気に入られ無理矢理結婚、五年ほどたち成長したお前は蒼の面影があった。そのことが、更に私を苦しめた。
あの女が出て行って数年、今でもあの時を思い出し後悔している………。
「あの時、もしもあの時何かが違えば、今でも隣には蒼がいて普通の家族として過ごせていたかもしれないのに………と」
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父さんから目を離さずに、真剣にその話を聞いていた。
「この話をすればお前を傷つけてしまうと思っていた。私も傷つきたくなくてお前を遠ざけていた」
恐らくそうだろうとは思っていた。
母によく似た僕の顔を見れば、より鮮明に昔の事を思い出してしまうだろう。だが………。
僕の握った拳が、父さんの頬を殴る。少しよろけた父さんだったが椅子から落ちる事は無かった。
驚いた様子の父さんに告げる。僕の想いを………。
「僕は不自由だと思ったことは無い、いい暮らしをしてるし今では楽しいと思う事が出来てる。昔はどうだったか何て覚えてないけど、大切なのは今だと思ってる。でも、今の父さんの話を聞いて、僕はイライラしてるんだ」
「分かってる。お前を蔑ろにしたのも、蒼を死なせてしまったのも俺の————————」
「違う!そうじゃない。嫌な事に蓋をして母さんという存在を忘れたことに怒ってるんだ!」
「忘れるか!今でもはっきりと思い出せる!私が蒼を————————」
声を荒げた父さんの顔にもう一発拳を叩きこむ。
「何のために僕を生んだんだ!?一時の気の迷いか?違うだろ!母さんが僕を生んだ後どうなるか分からなかったと思うか?そんな人じゃないはずだ!!なのにあえて僕を生むことを選んだんだ。なのに………なのにその後父さんはどうした!?捨てたんだ!母さんが居た証を、母さんが託した僕という存在を!本当に帰郷………灰野 蒼という人物を忘れていなければ、そこで折れなかったはずだ!」
「知ったふうな口を利くな!お前に何が分かる!」
「ああ分からないね!泣き虫の気持ちなんてね!!」
そう言った僕の目の前に、大きな拳が見えた。
ここはゲームの中、当然父さんもステータスの影響で身体能力は高いし、そうだと知っていたから僕も父さんを殴った。それが最適だと思ったからだ。
本音、心の奥にしまった全てを吐き出せば少しは楽になるそう信じて………。
加速された思考の中、そんなことを考えながら回避行動をとった。僕の前には、親ではなく龍王が立つ。その拳には銀色のオーラを纏い、殺気立っていた。
息子に向ける目じゃないなと思いながら、そうなる様に仕向けたのは自分だと思い出す。
こうなるためにあえて父を馬鹿にし、昔の傷を抉ったのだ。
「術式展開」
そう龍王が口にすると、彼の周りに銀色の文字が浮かぶ。
数字に英語、古代語、精霊言語など、その種類は多い。
そのうちの一つが光ったと思った次の瞬間、石の槍が僕を襲う。元々僕の腕があった場所には、鋭い槍が現れその先端には赤い液体が付いていた。
咄嗟の事で反応が遅れたせいで、肩を負傷した。その後も石槍で攻撃され、僕の体は立っているのがやっとなほどボロボロだった。
「お前が生まれていなければと思ったこともあった。だが!それは彼女を否定する行為でもある、そんなことは分かっていた、だったらどうすれば良かったんだ!どうすればこの気持ちは晴れる!?」
今の父さんに必要な事は、全部話す事。
それが必要な理由もちゃんとあった。内に秘めた不満を外に出す、記憶も何もかも全てだし頭を整理すると、容量が減る。つまり脳の使える部分が増える。
そこに気絶寸前まで追い込めば、走馬灯のように大事な記憶が飛び出してくる。だが僕の実力では正道で勝つのは不可能。ならば道は一つ、邪道だ。
思考加速で本を読んでいた時に考えていた。ゲームマスターが言った言葉とビナーの言葉。
僕には未だ何かあるのではないか?そう仮説を立て研究した結果、一つの結論が出た。それがこれ………。
「リリース;大アルカナ愚者のカード」
これも結局もらい物?大いに結構、これは使い方を説明された覚えはない。もらい物でも自分が見つけたことには変わりないのだ。
愚者のカードが光り、形勢が一気に逆転することになる。
僕の傷は完璧に治り、逆に龍王は立っているのもやっとな傷を負い、血を吐いた。
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