第61話
これは、過去の話。
銀龍と呼ばれた男の昔話………。
2008年、高層ビルの陰に隠れた薄暗いボロアパートで灰野龍二は生を受けた。今から三十八年前の事である。
両親と一人の兄を持つ龍二の家庭環境は、とても良いと言えるものでは無かった。
酒と借金にまみれた父は日常的に暴力をふるい、龍二が七歳の時に事件を起こし逮捕、それからは母が女手一つで二人を育ててくれたが、とてもまともに暮らしていける雰囲気ではなかった。そのことを高校二年の時に悟った兄が家を出て行ったのが、龍二が小学校六年生の時であった。
そして運命の時、龍二が中学二年の秋。母が他界した。
生活も安定しだしこれからというときの出来事である。死因は一酸化炭素中毒、残業を押し付けられた日に仕事場のガスを保管してある一階に車が突っ込み炎上、三階にいた母は衝撃で頭を打ちそのまま気絶し亡くなった。
龍二の人格が変わるのには十分すぎる理由だった。
家族を愛し、将来は母を楽させるためにと勉強してきた事は文字通り無駄となった。
「何で………何でこんな………!」
その後兄に引き取られた龍二は、ストレスで白髪交じりになった髪を銀色に染め、背中に龍を背負った。母に貰った名前にすがる様に………。
当然、学校では問題になり悪い輩に目をつけられた。その全てを返り討ちにし数か所傷を作って家に帰る。兄もそれを止めなかったし止めれなかった。
何時しか銀龍と言われるようになったころ、龍二の耳にこんな噂が入る。
最近、龍を狩ろうと虎が動いている。背中に虎の刺青が入った、関西出身のやばい奴が龍二を狙っていると。
それを聞いた龍二は自分から出向き、秋虎と呼ばれていた秋と出会う。勝負の結果は、二人の秘密だろう。
龍虎と恐れられる二人は同じ高校に入学した。それは龍二が運命的な出会いを果たす少し前、2024年の頃である。
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入学して少し経った。夏の日差しにイライラする時期になったが、今日はいつもよりイライラしていた。
体感でいつもより五度は温度が高く、それなのにさっき学校の教師に難癖をつけられたし。
(イライラする………。どうしたもんかな)
そんなことを考えながら、いつも行く公園に足を運んだ。
そこでは高三らしき男三人組が、子供一人を囲んでいた。三人のリーダーらしき男のズボンには、アイスの様な物がべったりと付いており、地面にはアイスのコーン。少年は泣いていた。
正直気分の良いものでは無かった。ガキが泣いているのもそうだが、バカみたいな男の顔も見ていて不快な物だった。今日は暑いし動きたくない、そう思っていたので無視してベンチに座る。
遠目で観察していると、二人の間に女子高生が入って来た。
「ちょっと、やめなさいよ!」
「ああ?何だてめえは」
正義感が強いだけの女、最初はそういう認識だった。どうせ誰かが助けてくれると思っているんだろう。
男の一人が女の胸倉をつかみ、もう一人がカッターの様な物を取り出して女に向ける。
(モノで脅すのか………)
どうせ直ぐ逃げる。そう思ってみていたが、結果は予想外のものだった。
「はっ、そんなものを出すなんてダサいわね」
「ああ!?舐めたこと言ってんじゃねえぞ!」
男を煽った女の肩は震えていた。だが、目には確実に闘志が宿っていた。
綺麗だ………。口には出さなかったがそう思った。セミの声も暑さも気にならない程、彼女を見ていた。
気が付けば、俺は間に割って入っていた。男が持つカッターを奪い、遠くに捨て胸倉を掴んでいた腕を握りつぶす。
「いってえ………!誰だてめえは!!」
「うるさい。殴らないから早く失せろ」
「あ!?何だと?」
アイスをつけられた男が俺の胸倉を掴む。後ろの二人も何かしようとするが、腕を潰した方の男と目が合ったかと思うと、顔が真っ青になっていた。
そして腕を抑えながらアイスの男に駆け寄る。
「ヤスさん!こいつ銀龍ですよ!」
「何!?銀龍だと?」
ヤスと呼ばれた男は俺から手を離し、一目散に逃げて行った。しっかりカッターを回収して………。
服のホコリを掃い彼女の方を向くと、地面に膝をつけて子供と同じ目線で話していた。
お金を渡しにっこり微笑むと、それに合わせて子供も笑う。
「ありがとう!」
「次からは前に気を付けてね」
「うん!バイバイお姉ちゃん。お兄ちゃんもありがとう!」
嬉しそうにパタパタと駆け出して少年は去った。
残るのは俺と彼女と、微妙な空気だけだ。
「あの………助けてくれてありがとうございます」
「気にしなくていい………あんた名前は?」
「え?あ、蒼って言います。帰郷 蒼です」
いきなり名前を聞かれて戸惑ったのか、少し困惑した様だった。もしかしたら変なやつだと思われたのかもしれない。
だがそのときの俺にとってはそんなこと些細な事だった。彼女の、蒼の名前が知れただけで嬉しいと思っていたのだから。
この人こそ、俺の妻であり賢人の本当のお母さんだ。
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