第6話
無数の本。地平線まで続いていそうな本棚。
それらに囲まれた場所に、椅子に座って優雅に紅茶を飲む女が居た。
「ん…?何か入ったな」
そう呟いた彼女は興味なさげに本を開き、何事もなかったかのようにティーカップを口元に運んだ。
————————————————
あれから数日後、恐らく二日後だろう。
眠くなったらそこら辺の木を使って適当に寝ている、寝た回数は一回とちょっと。だが太陽は一向に沈まない。
だが多分二日ぐらいはたっているだろう。
マップを確認すると、結構進んだことを改めて実感する。幸いなことに敵にも遭遇していないし、もしかしたら安全な場所かもしれない。
『ここまで一度も敵対生物に合わなかったことを考えると、恐らく安全と考えていいでしょう。途中でログアウトしても問題は無いと思います』
そうだな……。正直自分でも考えていたが、アイが言うならほぼ確定と思ってもいいかもしれない。
それなら今ログアウトして明日またログインしようかと考える。
万が一があったら不味いから一応木の上でログアウトしようかな……。
『その方が良いかと』
「そうだよね。じゃあお休み、アイ」
『良い夢を、マスター』
木に登ってメニューからログアウトボタンを選択すると、最初に感じたような強烈な眠気に襲われた。
一瞬の間眠ったような感覚に陥り、気が付くとそこは自分の部屋だった。
まるでさっきの事が夢だったような、いい夢から覚めたような感じがして、少し寂しかった。
疲れていたのかこっちでも眠気が襲ってきたから、身を任せる様にそのまま眠りについた。
朝。
父がリビングで動き回る音で目が覚めた。時計は午前八時半を指しており、外からは雨が降っている音がしていた。
リビングに入ると、父が朝食を作っていた。
「丁度起こそうと思っていたところだ」
「……父さんの料理なんて久しぶりだね」
「たまにはな」
椅子に座ると目の前にご飯とみそ汁、焼き鮭が並ぶ。THE朝ごはんと言う感じだ。
久しぶりの父の料理はやはりおいしく、気が付けば食べ終わっていた。
「FAはどうだった?」
片付けが済んだころに父がそう聞いてきた。
「面白かったよ」
「……そうか」
そう答えた後の父は少し口角が上がり、嬉しそうな顔をしていた。
食器を片付けた後自分の部屋に戻った僕は、早速ゴーグルの電源を入れた。
『おはようございますマスター』
「おはようアイ」
『本日は一日中雨の予報です。体調を崩さない様にお気を付けください』
「分かったよ。早速だけどFAを起動してくれる?」
『了解しました。——起動準備完了。起動します』
目を閉じてからゆっくりと目を開けると、そこには森が——
「あれ?」
知らない天井だ。
木をそのまま使ったような天井は、根が張るように木が交差している。
感覚的にベットに寝ているようだが、ログアウトしたときは確かに木の上だったはず。まさか死んだのか?
『デスした記録はありません。恐らく何者かがここまで運んだものと思われます』
状況を飲み込むことが出来ず困惑していると、部屋の扉が開いて誰かが入って来た。
「ん?起きたか」
入って来たのは……魔女だった。
黒いドレスにあのお決まりの帽子、長い紫色の髪は後ろで結び、流れた髪の隙間からは赤色の目が覗いていた。
「どちら様…ですか?」
「私か?私はメティス。この家の主だ」
メティス?メティスってこの森の名前じゃないのか?
家ってことは……。
僕は慌ててマップを開いて場所を確認する。すると今いる場所はあの白い建物の中という事が分かった。
半分以上もあった距離がログアウトしていた間に終わってしまったのは、少し残念だったがそれ以上に何故ここに居るのかが気になった。
「数日前、結界に何かが入った感じがしたんだがよく見ると境界線の所じゃなくて森の少し入ったところに急に現れた感じでな、気になって見に来たんだ。そうしたら木の上でお前が寝ていてな、凍死するといけないからここまで連れてきたんだ」
『凍死はデスに含まれます』
という事は命の恩人ってこと?
よく見たら羽毛布団みたいなものもあるし、もしかして結構優しい人なのかも。
「すいません。初心者だから何も知らなくて……」
「初心者?……ああ、お前外の者か。なら寝ていた訳では無いのか」
「外の者?」
「私は元々この世界に住んでいる。もう何年生きているかは覚えていないが、お前たちは別の場所から来た者達だろう?」
この世界ってことはNPC!?これが人間に近いってことか……。もう普通に人と喋ってるようにしか思えないな。
メティスは何処からか本を取り出してパラパラとページをめくり、僕に見せてきた。
「ほらここに、神が招きし世界の外の者ら。と書いてあるだろ?お前たちが現れたのはここ数年の話だが、色々な奴が世界のあちこちで暮らしているぞ?」
「へー……」
「で?お前は何故この世界に来たんだ?」
僕を真っすぐ見つめながら、メティスがそう問いかけてきた。
その目は全てを見透かしていそうなほど透き通っていて、光が反射しまるで宝石の様だった。
「この世界の事が……知りたくて。全部を見たくて、全部を知りたくて僕はここに来ました」
「…………」
暫くの間沈黙が続いた。
その沈黙を破るように、メティスの大きな笑い声が部屋に響いた。
感想待ってます