第57話 天の法
今度リーアに会った時の事を考えて不安になりながら歩いていた。
三番目のセフィラがある場所は、海に面した場所でその名を「楽園」という。国ではなく領主も居ない。自然と人が共存した場所で災害も戦争も一切ない正に楽園。
楽園の中心あたりに建っているガラスで温室の様な建物は、花園と言われ一度に咲くことのない花も同時に咲いているらしい。
恐らくそこが今回の目的地になるのだろうが、楽園にとって花園は聖域に近く部外者が簡単に近づけるとは思わない。
『入るのは簡単だと思われますが、問題はセフィラの欠片の入手だと思います』
「簡単?どうしてそう思うの?」
疑問に思った僕がそう聞いたが、アイはそこから口を開かなかった。
だが、楽園の門が見えてきたと思ったらこう口にした。
『行けば分かります』
と、何か大事な事を隠してるようだったが僕がそれを聞くのは、少し勇気が必要そうだった。
楽園の門は白く、ツタや花が絡まっていた。だが汚くは見えず、何処か神秘的で美しく見えた。
門番の様な人物は居らず、近くと門が独りでに開き中へ続く道が見えた。まるで歓迎されてるようだったが、逆にそれが不気味に感じる。
森の木々にツリーハウスの様な家が寄り添うように作られていて、家がある木に鳥の巣があったり、木の根近くには熊の巣があったりと本当に自然と共存していた。
通りすがりに住民らしき人物に話を聞いたが、肉類は魚しか食べないそうだ。だが別の家は普通に狩りをして熊や鹿を食べてる家もあるらしい。
それも自然のあり方、だから別に気にしていないそうだ。
「自然の共存、人と動物が仲良くしている所を想像していたけど………」
『弱肉強食、それが自然の摂理でありそれと共存するというという事は人がそれに染まり違和感を感じなくなるという事です。これではまるで………』
「退化、と言いたいのですか?」
「!?」
耳元で急に声がした事に驚き、僕は飛びのいた。
声のする方に振り返ると、さっきまでは誰もいなかった場所に女性が立っていた。
純白のチャイナドレスが、場違いな感じを強調していて明らかにここの住人じゃない気配を漂わせていた。
そして何より、アイの声に反応したという事は………。
「久しぶりですね、元気にしていましたか?」
閉じた目のせいで視線も分からない。
だが確実に僕には話しかけていなかった。つまりこの人が三番目のセフィラ、ビナーなのだろう。
「待ちきれなくなってしまったので私から来ました。それにしても………随分勝手な事をしてくれましたね?」
優しい雰囲気で話しかけているが、アイが緊張しているのが伝わって来た。
何の反応も無い事に嫌になったのか、ビナーは少し不機嫌になって言った。
「そうですね………先ずは顔を見せなさい」
パンと手を一叩きすると、僕の前にアイ……ザフキエルが姿を現した。
ザドキエルの顔を見たビナーは満足した顔でもう一度手を叩いた。すると今度は景色が一変し、花壇に囲まれた場所に移動した。
何が起こったか分からず辺りを見回す。天井から差し込む光が綺麗だったが、そんなことよりも目の前の光景が大事だった。
「お、お久しぶりです。姉上」
「ザフキエル、私が言いたいことは分かるわね?」
優しい雰囲気が一変し、緊張感が走る。
僕は声を出すことが出来ず、ただ見ているだけだった。
「私は少し手助けをしてあげなさいとは言いましたが、肩入れしろとは言っていません。私が貴方を送り出したとき貴方は何と言いましたか?」
「………安心してください。そのための記憶の消去です………と」
「はい。で?結果はどうですか?独断での復元に天法違反、約束を破られた気持ちが分かりますか?」
まるで母親と娘の様なやり取りを続ける二人、どうやらデガの一件が関係しているらしくそういう事なら僕の責任でもあるのかもしれない。
少しアイを擁護しようと口を開くと、今まで閉じていたビナーの目が開き、金の瞳が確実にこちらをとらえた。
威圧、黙っていろと無言で言われた気がして喋ることが出来なかった。
「罰が必要なのは理解していますね?」
「はい………」
ゆっくりとザフキエルに近づくビナー、ザフキエルの顔の前に拳を突き出し力を籠める。
嫌な予感がした。このままじゃいけないと思った僕は二人の間に入ろうと足を前に出したが、もう遅い………。
目を強くつぶったザフキエルの額に、弱めなデコピンが当たった。
「これより一切、天級を名乗ることを許しません。それを罰として今回の件を不問といたします」
「は………はい!有難うございます。姉上!」
感謝を述べたザフキエルと微笑むビナー、何やら良い展開かと思いきや、ザフキエルが面白いぐらいに吹き飛んだ。額には赤い跡がくっきりと残っている。
微笑むビナーはデコピンを終えた手の形をしていた。
「そこはごめんなさいでしょう?」
恐らく二度目のデコピンだろう。一度目とは比べ物にならない威力のそれは、ザフキエルの額から煙が出ていることから大体の強さが想像できた。
この人に逆らったら良くない。そう確信した瞬間だった。
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