第56話
久しぶりに散髪屋で髪を切った。今までは自分で適当に切っていたから、最後に店で切ったのは小学生の時ぐらいだろう。
店員さんにはお任せでと言ったが、全体的に短くしてもらっただけだ。前が見えやすくなったが、落ち着かない感じはする。
やることも終わったし、家に帰ってゲームの続きをしよう。何か忘れている気もしたが、忘れる位の事なら大したことでもないだろう。
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薄い水色に近いガラスに光が差し込み、見える光もガラスの色に染まりまるで透明度の高い海の中に居ると錯覚する空間。
花壇に植えられた花は世界各地の物で、特定の気候でしか育たないものでも関係なく咲いていた。その数は優に百種類以上、それ程の花が何百本と咲いていた。
その一つ一つに丁寧に水を与える女性が一人、綺麗な長い黒髪を後ろで一つに纏めて、身に着けるのは純白のドレス。ウェディングドレスとは少し違い、どちらかと言えばチャイナドレスに近い。膝位までのドレスから健康的で綺麗な足が伸びている。美という言葉が似あうその女性は、ガラスでできたじょうろの中の水がなくなった事を認識しあっと声を漏らす。
「花が開くのは我慢して待てますが、どうも人を待つのは落ち着きませんね………」
そう独り言を呟きながら指先から生み出した水をじょうろに注ぐ。
半分より少し上位まで溜まった事を確認し、女性はまた花に水を与え始めた。咲いているものもそうでないものにも全て平等に………。
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帝国で騎士として働いて、剣の修業をしていた。大体は覚えたし、後は自分の中で研究して昇華していくのが良いだろう。
というか早く次の国に行きたくなってきたのだ。未だ未だ修業は必要だが、ここに留まるのは良いとは言えない。
旅が進まないからというのが理由ではない。それもあるが一番大きな理由はここの居心地の良さが原因だ。これ以上ここに居たらずっと居ることは無いにしても一年以上は滞在してしまいそうだ。それは避けねばならない。少し名残惜しいが早めに旅立つのが一番だと思った。
団長に理由を説明し、退団の書類にサインした。引き留められたが、しっかりと話をしたら止められないと思ったのかすんなり了承してくれた。
普通はここで色々返却するのだが、僕は一時期借りていた鎧だけ返却し、団証のネックレスだけ貰った。というより半ば強引に押し付けられた。嫌という訳では無かったのでありがたく受け取ったのだが、本来はあまり褒められたことでは無いらしい。犯罪防止のために返却の義務があるのだが………。
「お前ならそんなことしないだろ」
「それはそうですが………。まあ、有り難く貰っておきます」
見送りは同じ団員だけかと思ったが、他の全団の皆が来てくれた。あまり関わってないはずなのに嬉しい限りだ。リーアの姿が見えないが、流石に仕事で忙しいんだろう。来てくれた人たちが暇人と言うつもりはないが、一国の王なら仕方ない。
「本当に短い間でしたが今までお世話になりました!」
「おう、達者でな!」
「また帰って来いよー」
色々な人から別れの言葉を貰い、僕は城を後にした。
暫く歩き帝都の門が見えてきた。いつもと違って人が少なく通りやすい。
門の横扉の方に視線を向けると、見慣れた人物が立っていた。軍服に近い服を着て立っていたのはリーアだ。
「もう行くの?」
「うん。そろそろ旅を再開しないと」
「………引き留めたりはしないけど、フレンド登録だけはしていきなさい。訓練ばっかりでしてなかったから」
リーアにそう言われ、フレンド登録を済ませる。実は騎士団に居たプレイヤーの人達ともフレンドになっているので、もう少しで二桁に届く。
今までの僕を考えれば相当な成長だろう。
「それで貴方、髪は切ったの?」
「髪?か………髪………。あ!髪ね、いやあ………未だだよ?」
「フーン。しっかり写真送ってよね」
「分かってるよ!それじゃあ、また!」
急ぎ足でその場を去りながら思い出していた。そう言えばそんな話もあったなと、ログアウトしたらすぐに送ろう。そう思ったが、また忘れたら不味いので先にログアウトして写真を撮って送っておいた。これで安心なはず………。
だが、これは良くない選択だった。少し考えれば分かった事だったのに、焦りが判断を鈍らせたのだ。その後もゲームを続けて寝る前になって携帯を確認した僕は心臓がキュッとなった。
「随分髪を切るのが早いのね?」
最近のメールアプリとは素晴らしく、送った時間が分かるのだ。さっき話したばっかのに送られてきた写真。これは送るのを忘れてましたと言っている様なもの、そのことに気づくはずもなく、不安が無くなった僕は軽い足取りで歩いていた。アイが何か言っていた気もするが、今思えば警告してくれていたのかもしれない………。
もう遅いけどね!?
感想待ってます!




