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賢王の書~ ELSIUM OF EUPHORIA~  作者: LSABA
一章 本当の始まり
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第52話 

普通に忘れてました

 所詮ゲーム。勝てないことを知ったプレイヤーの半数がそう言って何処かへ行ってしまった。

 状況は更に悪くなり、左翼に居た多くのプレイヤーが居なくなったせいで戦線は崩壊寸前、デガ班の一つの団を左翼に回した。

 戦闘音が鳴り響き、次々に負傷者が運ばれてくる。中にはもう、目を覚まさない者もいた。未だ生きてるかもしれない、そう言って助けることが出来ない程負傷者が多い、それが現状だった。ついに僕の出番がやって来た。剣を取り前線に走る。これ以上誰も死なないためにも一秒でも長く前線で戦うために。

 

————————帝国領土・北方 ライン山脈付近


 大地を氷が覆い、多くのモンスターが氷像と化していた。

 零度を下回っているであろう極寒の大地に、一人佇む氷の女帝は焦っていた。


「何体倒しても湧いてくる………!早く戻らないといけないのに」


 人手不足を考え一人で来た女帝、危険で遠い場所を選んだが、災害が出るとは思いもよらなかった。

 そんな女帝に向かって何千ものモンスターが迫ってくる。そのことに女帝はいら立ちを隠せなかった。白く一つに結ばれた髪が薄っすらと青く染まると、手に持っている一振りの剣が冷気を放つ。

 

「氷牢」


 放たれた冷気は全てのモンスターを凍らせた。

 目を閉じ大きく息を吐く女帝。吐いた息は真っ白に染まっていた。


「お願い皆………無事でいて………」


 民を思う女帝の声をかき消すように、モンスターの大群が地面を鳴らし迫ってくる。


————————


 際限なく湧いて出る黒いもの、よく見れば手に爪のような物があり、他の騎士の鎧は簡単に破壊されていた。

 僕は当たっても傷すらつかず、防具と作ってくれた親方に感謝したが、同時に与えられたものしかない自分が嫌になった。

 魔法を放ちながら剣を振るう。こいつらは弱点は関係なく、頭を飛ばせば動かなくなり霧散する。だが逆に、頭を飛ばさなければ動いている。腕が無くなっても噛みついてきたりする。実際運ばれてきた人の中には腕を嚙みちぎられた人が居た。

 少しずつ進軍し、ケテルが言った対処法で黒い地面を元に戻していく。

 浄化魔法をかければ地面は元に戻り、黒いものも湧くことは無い。そう聞いて魔法を使ってはいるが、未だ五百メートル程しか進んでいない。

 総勢約四千の内、もう百人ほどは後方に運ばれた。ここに居る皆も、体力が付きかけている。なのに相手は増える一方、戦意も持つか分からない。戦況は悪くなる一方、だがそんなことは関係ないというかのように、地響きは近づいてくる。

 

「うわあ!」


 すぐそこで誰かが叫ぶ声がした。

 石に足をとられ転んだ騎士に、黒いものが襲い掛かっている。

 僕は咄嗟に土壁を作り出し、攻撃を防いでから黒いものを倒し騎士を引っ張って立たせる。

 

「あ、ありがとう」

「ケガしてるなら後方に下がってください!直ぐに別のが来ますよ!」


 転んだ際に手を捻ったらしく、手首が変色している。これでは剣は持てないだろう。

 急いで救護班を呼び、後方に運んでもらう。後退している仲間に攻撃が行かない様、僕が時間を稼ぐ。何度かそういう事があった後、アイが言った。


『変わられましたね、マスター』

「こんな時に何!?」

『昔の貴方は、目に生気が無かった。他人に興味を示さず、人に流されただ生きていました。ですが今は、人を助け必死に戦っています』

「だから何!?今そんな話してる暇はないでしょ!」


 こんな時にも、黒いものとの戦いは続いている。少しずつ浄化し、浄化魔法を使った人に回復薬を渡しを繰り返している。


『私も、始めは言われたことをするだけと思っていました。記憶の核と命令以外のデータを消去し、貴方の元にAIとして向かった。あの人の子供がこれかと最初は絶望しました。ですが………日々変わっていく貴方を見て、私は命令よりも貴方の事を優先したくなった。たった数か月、それでも私の心は確かに変わった』


 僕は剣を振りながら無言で聞いた。

 何時かが今だと確信し、ただ無言で………。


『姉上は怒るでしょう。ですがもう、貴方の願いは私の願いになった。記憶も今、戻しました(・・・・・)。マスター、MPを少し貰います』

「………分かった」


 一瞬、脱力感に襲われ膝をついてしまったが、すぐ横で戦っていた仲間が守ってくれた。

 

「大丈夫か!?」

「………はい………!なんとか」


 何が少しだと抗議したくなったが、次の瞬間景色が一変した。

 黒い大地は一瞬にして消え去り、同時に黒いものも消えた。

 驚く僕の目の前に、一枚の白い羽が落ちる。それを手に取り上を向いた僕の目の前に居たのは、一人の天使だった。白い翼とは真逆の黒髪が肩まで伸び、青い目が光る。

 僕を見て微笑んだ天使は、騎士団の方を向くと言った。


「私の名はザフキエル。天級三位、座天使です。眼前の雑兵は私が葬りました、残すは奥に控えるもののみです。勇敢な者達よ、前を向きなさい!失ったものもあるでしょう、ですがこれは勝てない戦いではありません。我が天名に誓いましょう、決してあれが帝国を滅ぼすことはありません!」


 聞きなれた声でそう言った彼女は、僕の前に降り立った。

 擦りむいた頬から流れる血を拭ってくれた天使は、僕の剣に触れて言った。


「本来、私は人を導き知識を与えるもの。ですが、特定の人物に肩入れするのは禁止されています。助言の範囲でならと黙認されてきましたが、今回はそうはいかないでしょう。ですから何も考えずに言います。マスターが持つそれは、古龍である夜天龍・ステラの素材で加工された為、黒属性の力が宿っています。なので、貴方が唯一デガを退けられる存在です。私はもうすぐ元に戻ってしまいますが、サポートは出来ます。ですから、後はあなた次第です」

「………ザフキエル」

「いつも通りで良いですよ」


 そう言ったアイの体は、光の粒となって消えた。

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