第38話
本を出せば切られる。そうなってしまえば技が減るし、何より先生から貰った大切な本を駄目にしたくない。
こうなったら体術しかないが、懐に入る前に刀で切られるだろう。大会期間中にデスしてしまった時、どうなるか分からない以上、下手な事は出来ない。そう考えたらここに来たのは失敗だったかもしれない。
「さっきまでの威勢はどうした」
すぐ目の前で声がしたときには、刀は既に僕を両断しようと振られていた。
防御魔法は間に合ったが、衝撃は吸収できず飛ばされる。
受け身も取れず転がった僕に、最後の一撃を中途せずくらわした男は、扉を開けて出て行った。
指先も動かせず、数秒で叩きのめされた事実に、自分の実力不足を感じて、その場に大の字で寝ころんだまま、静かに意識を手放した。
「弱すぎる………」
そう聞こえたのは、夢の中か現実か、言ったのはあいつか僕自身か、それでも弱いのはだけは事実だった。
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目が覚めると、隅に移動された状態で周りは普通に稽古をしていた。
剣と剣がぶつかり合う音で気絶していたという事実を再確認し、ふらつきながらその場を後にした。
外に出ると、大興奮した様子のアナウンスが聞こえてきた。
『それでは!大変長らくお待たせしました!!ソロ部門本戦を開始いたします。魔術師アイビス対異国の侍!お名前は控えてほしいという事です!では~~?試合開始!』
「は?」
僕の耳がおかしくなっていなければ、一週間近くあそこで寝ていたことになるんだけど?
『まあそうなりますね』
「嫌々、ありえないでしょ。気絶にしても時間が長すぎるし」
『ですが事実として試合は始まっていますし、前を見てください』
顔を上げ前を見ると、掲示板に対戦表が張り出されていた。
一回戦は、さっきのペア。六回戦目に僕の名前があった。
「うーん………よし、控室に行こうか」
現実から目を背けながら、でもしっかりと現実に向かって歩き出した。
一回戦は相性もあってか、あいつが直ぐに勝ち上がった。
二回戦三回戦と進み、ついに僕の番がやって来た。
闘技場に向かって歩く途中、コクマーが壁にもたれ掛かって待っていた。
「よお。ケント」
「また仕事から逃げてきたんですか?」
「いや、今日は許可を貰って来た」
そう言うと、コクマーは僕の前で仁王立ちし、言った。
「チャレンジだ!少年。思いついたことをやってみろ!」
それだけ言って、説明も何もないままコクマーはどこかに行ってしまった。
少し混乱したが、何か意味があると信じトンネルを潜って外に出た。
大歓声の中拍手と共に、実況の声が響く。
『さあ、皆さん。続いてはこの二人!中の国の古武術使い。ジェ・ホン対訓練場のお寝坊さんケント!では、試合開始!!」
少し気になる紹介だったが、試合相手に集中する。
魔法で牽制し、距離を取りながら勝負しようと思ったが、直ぐに懐に入られ攻撃を食らいそうになる。
ギリギリ回避をして反撃しようと思ったが、何故か顔面に拳が入る。
痛みで鼻を押さえていたが、そんな暇もなく今度は太ももに蹴りが当たる。
リーチが伸びているのか、間合いが読めない。
一度距離を取るため目の前に炎の壁を作り出し、後ろに飛び
退く。
体術では勝てないし、かと言って魔法も意味が無い。手数で押すことも出来ないしどうすれば………。
敗北の二文字が脳を過ると同時、さっきのコクマーの言葉を思い出す。
そうだ、負けるならただ負けるんじゃなく、勝つつもりで負けた方が、カッコいいだろう。
試しに本を二冊出してみる。普通に取り出せたし、問題も無い。この前のアイの言葉を思い出してみる。
「複製」一冊しか入っていない本を、もし何冊も取り出せたら?手数も増えるし今の状況には最適と言えるだろう。
だが、流石に何冊も取り出すのは不可能だった。
そもそも無い物を出すのは無理だろう。
手詰まりかと思ったが、左手には炎壁の本、そして右手にも全く同じ本が握られていた。
一冊しか無いような本がだ、試しに収納してみるが右手の方が残り左の方は消えた。
じゃあこっちは?思考を巡らせていると、炎の壁を突き破ってジェ・ホンがこっちに走って来た。
何かしないと攻撃を食らう。そう思ったがどれを使っても防げる未来が見えない。こういう時盾があればと創造すると、右手の本が盾に変わった。
鉄を殴る音が響き、ジェ・ホンの痛がる声も聞こえた。
「へ?」
本が盾に?ますます分からない。
だがこのチャンスを逃す手は無い。そのまま盾を振りジェ・ホンの頭を強く打つ。白目をむいて倒れるジェ・ホンを確認した実況が、試合終了を告げた。
何があったかも分からないが、取り合えず窮地を脱したと言ってもいいのかもしれない。
『しまらない終わり方ですね』
「うん………」
今は勝った事よりも、この手に握られた盾の事が気になって仕方が無かった。
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