第30話
ゴーラ王国。そこまで有名な国ではなく、人の出入りは少ない。ある時を除いては。
一年に一度、王国主催の戦王大会とそれに合わせた祭りが開催される一か月間は、王都はパンク寸前にまでなる。
闘技場に入りきらないほどの観客と、同じく多数の参加者たち。ソロ、タッグ、レイド等、多くの種類があり各地から腕自慢が集まる。だが、欠点が一つ。
この大会、毎年決まった時期に開かれるわけではない。この大会の考案者の思い付きでその年の開催時期が決定する。
つまりは、十二月ごろにしたのに年明け一月にするなんて事もあるらしい。
そして、街道に沿って並ぶ長蛇の列。未だ城壁すら見えないというのに、僕たちはここで立ち往生していた。
「そう言えば、王様が来月から大会を開催するって言ってたな」
「………そう言う大事な事は早めに言ってください」
「すまんすまん。どうせ見に行かないと思って忘れていたよ」
そう言えば、おじさんの娘さんは今危険な状態だったんだ。そんな中で大会の事なんて考えられないだろうな。
二時間待ちの列に大人しく並びながら、僕は本を取り出し時間を潰すことにした。
やっと入国する事が出来た僕たちは、急いでおじさんの家に向かった。
大通りに面した一際大きな店。看板にはクダ商会と書いてあった。ここで初めておじさんの名前を知った。
三階建てで、地下に倉庫があり家になっているのは三階らしい。
三階の赤い片開扉の部屋に入ると、一瞬で空気が変わった。重くよどんだ空気感が、ここは普通では無いと訴えかけている様だった。
少し大きめのベットに寝ているのが、クダさんの娘さんだろう。顔色も悪く呼吸が荒い。
「国一番の医者に見せてもダメだった。娘はもうこのまま………」
「おじさんが諦めたらダメですよ」
クダさんの言葉を止める様に、僕はそう口に出した。
娘さんは今も苦しんでいる。が、それは未だ生きようと頑張っている証拠だ。なのに親のおじさんが諦めてしまうのは、悲しい気がする。
『顔色も悪く食事もとれない。日に日に弱っていくという事は、相当菌の力は強いはずです。が、この家の住人にすら感染はしていない。ではどこからこの病気は来たのでしょうか?』
「そもそも病気じゃないという線も………」
少し気になった僕は、おじさんにある質問をした。
「おじさん。この部屋って空気の入れ替えとかってしてるんですか?」
「それなら医者がしろと言うから毎日しているはずだ」
『患者との接触回数も多く、空気の入れ替えもしている………と』
果たして、一日でこんなにも空気がよどむだろうか?明らかに病人に良くない環境と言えるであろうこの空気感。にもかかわらずクダさんは窓を開けようとしない。
考えられるのは、先ずこれは病気ではないというのはほぼ確実だろう。理由はさっき言ったこともあるが、それ以前に明らかに魔法の痕跡が見える。
お腹から頭にかけてうっすらと、よく目を凝らさないと見えない程の線の様な物が漂っている。
だが、クダさんたちは呪い等の線は考えなかったのだろうか?
医者に分からなければ霊障や呪いの類を疑っても何ら不思議ではない。にもかかわらず、クダさんは今出来るだけの対処しかしていない。
『そもそも、知識が無ければそう言った考えは浮かんでこないでしょう。呪いや霊障等は数百年も前、未だ医療が確立していなかった時の迷信が多いですから、今となってはそう言ったことを専門的に学んだ者でないと知らなくても無理はありません』
呪いという事が分かっても解呪は僕には出来ない。これに関しては、本の知識だけでどうにかなる問題じゃないのだ。
解呪に必要なのは、神聖術と呼ばれる神官等が使える術の知識と、呪いを祓うというイメージらしい。僕も一度挑戦しているが、成功していない。どんな失敗仕方をするかも分からないし、ここは普通に教会に連れて行った方が良いだろう。
この世界は国の首都にもなれば、教会はほぼ確実にある。これだけ大きな国なら神官のレベルも高いだろう。
「おじさん。教会に行きましょう、これは病気じゃない」
「な………、それはつまり………」
「詳しい話は後にしましょう。今は一刻も早く、娘さんを助けないと」
ここに来る時にも使った馬車を走らせ、急いで教会に向かった。
だがやはり大会、祭りの時期だ。人が多く中々進まない。担いでいくのは負担が大きいからこのまま行くしかないだろうか………。
少しおじさんも苛立っているのか、馬車の手綱を強く握りしめていた。
少し進んだ位で、男が一人近づいてきた。状況が状況なので少し警戒したが、おじさんがその男に気づき声をかけたので僕も警戒を解いた。
「おお、アンドレ。どうしたんだこんなところで」
「いえ、奥様にリーシャを連れて貴方が教会に向かったと聞いたので」
リーシャとは恐らくおじさんの娘の事だろう。
知り合い………。嫌、この人がおじさんの話に出ていた男か?優しそうな雰囲気で、清潔感もある。僕の考えは外れたようだ。
アンドレが僕を見る。会釈をされたので返し、少しの間会話も無い時間が続く、そしてアンドレがリーシャさんに視線を落とした瞬間。アンドレが別人のように変わった。
瞬き程の一瞬。優しそうな青年は一瞬にして隠していた感情を表に出した。それは明確な殺意、それを前に僕は大図書館を起動した。
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