第140話 魔王と姫とLASTライブ
最後のライブが始まった。
歌姫は、観客のいない初めてのライブを経験していた。戦場の音が掻き消える程の爆音で音楽を鳴らし、少しでも遠くに届ける。そうすることが今できることだったし、自分のしたいことだった。
だがここからは少しのズレも許されない。
同時進行で始まっているリアルライブと最後の歌を完璧に合わせる必要があるからだ。歌って踊ってバフをかけながら時間も気にして、脳がパンクしそうだった。
そんな彼女の目に、人影が写った。観客ではない、真っ黒なそれは不気味な笑みを浮かべて立っていた。皆が瞬時に理解する。あれは敵だと。味方がこの場に残っているはずがないからだ。
「護衛部隊!」
万が一の為にとこの場に残っていた数名のプレイヤーが、会場裏から現れる。
「たった一体だが伏兵を警戒しろ!」
タンクが引き付けながら、弓を持った少女が隙をついて攻撃する。サポートをしている男があたりを警戒し、支持を出したリーダーがそれに攻撃を加える。
順調そうに見えるが、明らかに違和感があった。それは一歩も動いていない。しかも何度も攻撃を食らっている。なのに倒れる気配が無かった。
まるで水の様に形が定まらず、うねうねと動くだけで攻撃をしてこない。それに気が付き全員が一度後退する。
「なんだあれ、気味が悪い」
「魔族の新兵器か?何をしてくるか分からんぞ」
誰もが更に警戒を強めていたその時、その場にいたプレイヤーが全員吹き飛ばされた。その衝撃でステージが揺れるが、誰一人としてライブを止めることは無い。
流石はプロというべきだろう。だがしかしタンクの持っていた盾が、衝撃で歌姫の元へ飛ばされる。それを避けることが出来ず、歌姫はそのまま盾が激突しその場に倒れた。
尚も演奏は続くが、周りが薄情だからではない。彼女を信じているからこそ、プロとしてその手を止めずに歌のない曲を奏で続ける。
少女の頭は、失敗の二文字でいっぱいだった。絶体絶命、歌いだすタイミングもつかめず過呼吸になるローラ。その目に涙をためて今にも泣きだしそうな彼女の目に、空が映った。
綺麗な夜空、満天の星空と大笑いする誰かの声。その笑い声は幸せな気持ちが伝わってくるほど楽しそうで、今のローラの気持ちとは正反対の物だった。
だからかもしれない。その笑い声を聞き、最後には自分もそうなるのだと改めて決心を固め彼女は再び歌いだす。あれから守ってくれるプレイヤーはもういない。でも、いつか夢見たその存在を信じてさらに明るい歌声と笑顔を戦場に届ける。
(ピンチに駆けつける王子様…………。童話の中の存在でも、誰かのピンチを支えてあげる様な…………誰かの希望に私もなりたい!)
アップテンポの曲と、なぜが曲に合わせて激しく揺れ動く黒いそれは、長く鋭い触手をうねらせローラに迫る。
「ほらな言ったろ!?ここでいいって!」
「あっちの方が派手そうだっただろう?本能的にそちらに向かいたくなるのは当然のことだ!」
喧嘩をするような声と共に星空が降ってきた。
砂煙を上げて黒いそれをぺしゃんこに踏みつぶし、宙に舞った煙を強い風で吹き飛ばす。大きな翼を何度か羽ばたかせ、景色が完全にクリアに見えるようになる。
そこには巨大な龍と、一人の少年が立っていた。
その少年は槍のように長い物を持ち、立っている場所に少しずつヒビを入れる。それを見た龍は驚いた様子で少年の頭を尻尾で叩いた。
「おい!制御が甘いぞ?」
「仕方ないだろう?こっちはまだ慣れてないんだ!」
痴話喧嘩の様なものを始める彼らの周りを、大量の黒い者が埋め尽くす。五十は超えるその数を見ても彼らはひるまない。
それどころか、顔に笑みを浮かべ楽しんでいる様にも見える。
(ああ…………私の王子様は、さわやか系では無かったよお姉ちゃん)
無数の刃が宙を舞い、龍の咆哮が響く。
少年は状況を理解していなかったが、この歌を途切れさせてはいけないと感じていた。空から見た戦場、そしてこの場で歌い続けるプレイヤー達。明らかに普通ではない。そうしなければいけない事情があるはずだと、少年は考えていた。
そして案の定、デガ戦の時に居た黒い奴らがここにいる。
少年は杖を握り、龍と共に戦闘を開始した。




