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賢王の書~ ELSIUM OF EUPHORIA~  作者: LSABA
三章 魔王と姫とLASTライブ
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第139話

 花畑の中央に透き通った湖が広がる神秘的な空間。その湖の中心で眠る大きな龍は誰かに顔を蹴られる感覚で目が覚めた。


「昔からそうだが…………もう少し優しい起こし方は知らないのかい?」

「なんだ?痛かったか。それなら謝らねばならんな」


 少女は馬鹿にしたような笑みを浮かべて龍を見ていた。龍はため息をついて起き上がり、少女の背格好に近い姿となった。

 

「毎度毎度、この空間に穴をあけて侵入しないでほしいんだけど?大変なんだぞ、元に戻すの」

「そんなことは良いだろう?とりあえず、お主の破壊の因子を取り込もうとしている小僧が居る。暇があったら声をかけてみろ、面白いからな!じゃあ、頼んだぞ!」


 用件だけ言ってそそくさと帰った少女を見て、龍はまたため息をついた。とりあえず応急処置として空いた穴に土をねじ込み、世界の様子を見る。久しぶりに見る世界なのに争いの光景を見た龍は不機嫌そうな顔になった。

 空間が軋むような音を立ててねじれる。土をねじ込んだところから少しずれた場所にひびが入り、少女が壁を突き破って顔だけ覗かせた。


「おっと、少しずれたか…………まあいい。言い忘れていたがちゃんと威厳たっぷりで話すんだぞ?お前の話し方は優しすぎるからな!」


 そしてまた、言うだけ言って帰った。流石の龍も眉間にしわを寄せ、また土を詰める。それでも文句を言いに行かないのが龍の優しいところだった。


 *


 爆破の魔将が前線で暴れる中、救援の兵士たちが到着した。無限に生み出される魔物の対処としての援軍だったが、戦力は減る一方。プレイヤーが相手にしている魔将が強すぎるため、戦力は嫌でもそちらに集中する。戦線はすでに崩壊していた。

 混乱と悲鳴。だがそんな中でも聞こえる歌声に皆が支えられ、落とした武器も再度拾い上げる。ここにいるプレイヤーは知っていた。歌姫はこの後のライブに命を懸ける覚悟でマイクを握っていると。何故かはわからないが、リアルライブとコラボすることになり、失敗は許されないのだと。

 ここにいるプレイヤーの大半が、歌姫…………彼女のファンだった。仕事から学校から、現実から逃げてたどり着いたこのゲーム。最初は楽しめなかった事も、彼女の歌を支えに生きることでゲームもリアルもどちらでも生きることが出来るようになった。

 彼女の願いは自分たちの願い。心同じくする者同士、やることは決まっていた。


「お前ら歯を食いしばれ!耐えれれば帝級プレイヤーの援軍だってある!」


 分かっていた。これ以上の援軍は絶望的だと。

 だが希望の光が幻だったとしても、それにすがらなければいけないほどの絶望があった。彼女が悪いんじゃない。弱い自分たちがいけないのだ。

 ここもすぐに突破されるだろう。少しでも長く、ライブが始まり終わるその時までは…………。


 

「こんなものか人間ども!もっと抵抗してみろ!」


 爆破の魔将の笑い声が戦場に響く。

 投げられたプレイヤーが爆弾と化し、連鎖的にあたりを地獄に変える。もうプレイヤーの数も一万と少ししか残っていない。

 絶望的な状況の中、二人の少年が前に出た。


「圭吾、サポート!」

「分かってる」


 装備からして中級プレイヤー。魔将と戦うには役不足だと誰もが思った。

 だが、攻撃を食らいながらも確実に魔将を足止めしていた。致命的なものは避け、多少の攻撃を甘受して歌姫の回復に任せる。装備が弱くても、彼らの目は死んでいなかった。

 そんな二人に感化され、プレイヤー達の快進撃が始まる。魔将を相手する二人を守る様に、周りの魔物を一掃する。救護が遅れていた兵士やプレイヤー達にも手が回る様になり、戦況は好転した。

 

「この調子で前線を押し上げろ!まだまだこれからだぞ!」


 使えない魔物、調子に乗る人間たちにしびれを切らした魔王がここで動いた。

 手を掲げ念じただけで、大地を揺らし巨大な大穴を生み出す。魔物諸共プレイヤーの半数以上を始末し満足したのか、また元の様に椅子に座し頬杖をついた。

 ふさがらない大穴の前で立ち尽くす両陣営。一時の間時が止まったかのように戦争が中断したが、そんな静寂を打ち破る奇声があたりに響いた。


「ギィィィィィィエエエエエエエ!」


 その声は大穴から聞こえた。耳を貫くような音と感じる不快感。恐る恐る穴を覗き込んだ魔族の一人が、穴の底から伸びた黒い触手に絡めとられ悲鳴を上げる間もなく穴の底へと消えていった。

 全員が混乱し動けない中、戦場の一画で悲鳴が響く。皆が視線を向けたその先には、真っ黒い人型の何かが兵士の腹に風穴を開けていた。


「なんだ…………あの気持ち悪いものは?」


 魔王が嫌悪を感じさせる表情でそう呟いた。

 そんな魔王の疑問に答える声は、魔王のすぐそばから聞こえた。赤い髪を揺らしながら椅子の肘掛けに腰掛ける少女に気が付いたのは、少女が言葉を発した後だった。


「あれはこの世界の一部。我ら生物が生み出したものであり、生物の本質そのもの。その行動に意味は無く、ただ循環の為に存在するモノ…………」


 魔王と目が合った少女は、拳1つで魔王をその座から引きずり下ろし空になったその椅子に腰かけた。

 そんな少女に跪く大男が一人。そのサイズ感にも関わらず誰一人として、その存在を感知できてはいなかった。


「ホーテ。穏健派を連れてこい。アレの対処を始めねばならん」

「御意」


 命令を了承したホーテは姿を消し、イーシェナは魔力を開放する。強者には絶対服従の魔族は本能的に彼女に跪き、イーシェナもそれにこたえるかのように口を開く。


「戦争は終わりだ!全軍今すぐに後退せよ。ここから先、一人の死者も出すことは許さん!それは人間も同じであると心得よ!」


 速やかに伝達された命令は、人間軍にも聞こえていた。皆が魔族の撤退を確認し歓声を上げる。

 だが、喜びもつかの間。大量のそれが地面からゆっくりと姿を現す。


「先ほどまで争っていた者から言われるのもおかしいと思うかもしれないが、アレの対処には手数が居る!人間も負傷者はさっさと後退させろ!血が流れれば流れるほどそれは増え続けるぞ!」


 黒いそれは全てを攻撃する。魔も人もすべてを…………。

 歌姫の歌声と、魔王の号令が交差する中。セットリスト最初の曲が流れる。

 最後のライブは今、始まった。

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