第137話
祭りの雰囲気を感じながら、喉が枯れそうな程歌を歌う。実際は枯れないが現実であればとうの昔に声が出なくなってるだろう。それ程練習を重ねても合格ラインには届かない。圧倒的な高さの目標に向けて諦めずに全員が走っている。
歌姫として帝級プレイヤーに名を連ねてから結構な時間が経った。そんな今だからこそ思うのは、この「歌姫」という称号の重さ。ゲームの補正があってやっと手にしたこの称号を現実で背負っているお姉ちゃんと背負っていた母は、いったいどれほどの実力と責任感があったのだろう。
そう思うたびに二人を尊敬し、同時に失敗を恐れる。今度のライブはお姉ちゃんにとって大事なこと。弱音を吐いている暇は無いのだ。
「すみません!もう一回お願いします」
踊って歌って、その一連の行動が補助系の効果を持ち祭りに参加するプレイヤーに攻撃力と防御力を一定期間上昇させるバフとなる。だからこそ、このライブが今開催されることになったのだ。
魔族の軍勢は、すでに動き出しているらしい。そしてここオルアンに到着するのが丁度最終日ライブの時間だと予想されている。魔族に邪魔をされればその時点で終わり、邪魔をされない為にはプレイヤーの皆さんに頑張ってもらうしかなく、その為には様々なバフをかけて援護をする必要がある。
バフをかけるためには詠唱が必要だけど、私のスキルで踊りを詠唱と認識してバフをかける事が出来る。バフの対象は効果の乗った歌を聞いた人たち。そして歌はスピーカーなどで増幅されたものでも効果を発揮する。
本来は必要のなかったバフまで織り込むために、ラスト以外のセットリストを変更しそれに合わせての練習。もうライブは二日目が終了した。明日も本番だし徹夜で練習もできない。
「はい。今日はここまで!厳しいことばっかり言ったけど、いままで積み上げてきた技術が君たちにはある。自分の持てる全てを出し切る気持ちで行けば、絶対に成功すると俺は信じてる。それと、あまり聞きたくはないともうが斥候部隊から連絡があった」
スター・チルドレン所属戦闘隊。彼らはアイドルなどではなく単純な高レベルプレイヤーの集まりだ。斥候、補給、戦闘の3つ部隊がある。今回の魔族侵攻がライブに大きく影響するため、あらかじめ斥候として情報収集をしていたらしいが…………。リーダーがこれから何を言うのかは、その表情から想像がついていた。
「先ほど、第三防衛ラインが突破されたらしい。オルアン最終防衛の為、半数以上が撤退したらしいがそれでも2万程はプレイヤーがデスし、ペナルティーが科せられている。つまり参加できるのは残りの4万人。内2万以上は戦闘経験の浅い中堅から初心者たちだ。装備の揃っている他の帝級が誰一人として参加しなかったことが痛い…………。賢王を見かけた者も多かったが今はどこにいるのかすら分からない」
戦況は絶望的だった。ライブの成功何て夢のまた夢だと、諦めきれる状況ならどんなに良かったことか。今すぐ逃げ出して、もし失敗してもまた次があると笑って終わらせられればどんなに良かったか。
リーダーも、こうなるとわかっていただろう。でも、親の期待にこたえたいと思うのは当然の事。私だってこうなったからにはお姉ちゃんの為に頑張りたい。でも…………。
「とりあえず嘆いたって仕方が無い。明日は何とかなる!無責任だとは思うが…………」
いつもは元気なリーダーが弱弱しくそう言った。
少し暗い雰囲気のままその日は解散した。星空が綺麗な中、私はため息交じりにログアウトする。
家でご飯を食べながら見ていたテレビに、お姉ちゃんのインタビュー映像が流れた。それを見ることは今の私にはできなくて御飯も食べきらずにテレビを消した。お父さんも今はお姉ちゃんに付きっ切り。誰にも相談できないままその日は眠りに落ちた。
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日付が変わり、集合時間より四時間も早く目が覚めた私は母の部屋に向かった。父さんがいつも掃除しずっと綺麗な状態が保たれている母の部屋。でも誰かが住んでいるような痕跡は一切ない。まるで展示物の様な寂しさを感じる部屋だったがそこには忘れることのない暖かい物があった。それは母の遺品。お姉ちゃんには母が使っていたマイクを、私にはリボンをくれた。お父さんがプレゼントしたリボン。歌手の夢を応援するために一日中働いていた人が自分で作った安物のリボン。でも母はライブの時は必ずこれで髪を結んでいた。
少しだけ、勇気が欲しかった。だから私も結ぶくらいの長い髪は無いけどリボンを髪に結んでログインした。
大国オルアン、絶望的な資金不足と不作が続き民の顔からは笑顔が消えた。そんな中、プレイヤー達による支援と大規模な祭りの影響で再び笑顔を取り戻し活気にあふれた国になりつつあった。だが、今は誰一人として残っていない。全員が城の中に避難しプレイヤー達は城壁外で戦っている。
そう、負ければ…………失敗すれば終わりじゃない。この世界の人たちは死んでしまったらそれっきりなのだ。
「絶対に…………」
決意を固め誰も居ないだろう集合場所、ライブステージに足を向ける。そこに近づけば近づくほど駆け足になり誰かの演奏が聞こえた瞬間、私は走り出した。
「眠れなかったか?俺たちはしっかり寝たぞ!」
そこにはもう、皆が居た。不安何て感じないいつもの表情の皆が…………。
私もマイクをとり歌を歌う。現在ライブ開始時刻の丁度五時間前。ライブ時間予定は二時間と三十秒…………。
「はは…………。七時間ライブ何てしたことないよ!」
歌姫の歌声と共に、楽器の音がプレイヤー達に届く。
丁度ケントが、スフィアに出会った頃だった…………。




