第136話
歌姫のライブ告知。初代歌姫の意思を継いだその娘。ローリー・ベテルシアのリアルライブイベント。それはファン待望のライブであり、初代歌姫の命日でもあるその日に行われるそれは娘たちにとっても重要なものだった。
偶然にもゲーム内とリアルの最終ライブの日が重なり、ローラは更に緊張していた。姉の為にも死んだ母の為にも絶対に失敗できない。そんな思いが彼女に重くのしかかる。
ゲームをプレイ中の人も、歌姫ローリーのファンは多い。少しの間同一人物説があったが、それもこのライブ告知で完全になくなった。最終日前はたくさんの観客が居たが、最終ライブの日は何人集まるか分からない。それ程までに姉の人気は高いのだ。
憎んだことは無い、尊敬すらしている。だけど、ローラには姉の存在は眩しすぎた。近づこうとすればするほど、その身は熱い熱気に焼かれ痛みが増す。勝てることも隣に並ぶことすらできない相手だと、そう諦めていた。だが…………。
「リアルライブに一緒に出る!?何言ってるのお姉ちゃん」
「そのままの意味よ?せっかく貴方もあの日に歌うのに、別々に歌っちゃうのは寂しいわ。どうせ最後にはお母さんの歌を歌うつもりなんでしょ?だったらその時だけでも一緒に歌わない?」
姉が言っている事は無茶苦茶だった。
ライブの進行状況を合わせる。これがどれほど難しいかは容易に想像ができるだろう。音源は自分と演奏者、テンポも違えば私とお姉ちゃんとでは歌う曲も最後以外違う。曲数だってそうだ。途中でトラブルがある可能性だってある。
それにこっちはゲームの世界。それこそ何があるのか分からない。最近は魔族たちの行動が活発だし、いつ攻めてきてもおかしくないのだ。
「とりあえずなるようになるわよ、じゃあ当日にねえ」
「ちょっとお姉ちゃん!?」
そそくさと用件だけ伝えた姉は、そのまま電話を切ってしまった。
家の中、静かな時間が流れこちらを見つめるように置いてあるゴーグルと目が合う。私をあの世界へ連れて行ってくれる道具。私の大切な物であり、この世界から連れ出してくれる王子様みたいだ。
「はあ…………。いつか本当に王子様が現れないかな…………」
小さいころに母を亡くし、そこから引きこもりになったローラの頭の中はあたりを埋め尽くすほどの花畑が広がっていた。特に貴族系の恋愛小説や漫画、アニメに歌劇等をその持て余した時間で目に焼き付く程見ていた彼女は、王子という存在に強い憧れを抱いていた。
流石に現実にそんな存在が居るとは思っていないが、王子様みたいに紳士的で守ってくれる存在にあこがれているのは事実だった。
そんな存在がいるかもしれないのが、このFAというゲームだ。今のところ現れていないがきっと近いうちに会えるという予感がしていた。
そんな空想をしているとまた恋愛ものが見たくなり、携帯に目を向ける。そこにはおびただしい数の通知と催促の電話。そう、最終ライブの打ち合わせだ。
「ああ!」
姉との長電話のせいで時間を大幅に過ぎていたことに気が付いたローラはすぐにゲームにログインする。起きた場所は「スター・チルドレン」の仮事務所、ローラが所属しているゲーム内の芸能事務所だ。アイドルや歌手などが多く在籍するここは、姉のローリーが所属するリアルの芸能事務所「スターズ」を運営する社長の息子が取り仕切っている。
スケジュール管理やメンタルケアなどその仕事は多岐にわたり、運営が絡むこの大イベントでは当然オーナーが出張ってくる。そして主役である私のマネジメントも当然の様にしているわけで…………。
「す、すみません!」
「あのな?今回のイベントはそこら辺のライブとはわけが違うんだぞ?それをお前は——————」
ただでさえ時間が押している中、私の説教でさらに時間を取られ周りの皆の顔には不満が見えた。
この事務所はいわば子会社。このゲームではリアルに近い感覚がある為、演奏者などの実力はリアルとほぼ同程度。ここで実力が認められれば「スターズ」加入も視野に入る。そうなればみんなの本気度は更に上がる。誰もお遊びや半端な気持ちでやっていないのだ。
「後、急な話だがスターズからの要請で最後の曲である海姫賛歌をリアルでも中継することになった。場所はスターズ本部の第一会場、当日の歌姫ローリーのイベント中に同時に開始するデュエットだ。歌は勿論演奏も少しのズレすら許されない。今からさらに詰めていくから気合入れろよ!」
「「「はい!」」」
結局決定した同時ライブ。更なる重圧を感じながら、ローラは練習のマイクを握った。




