118話
新章です
街の中央。一年中多くの人が訪れる超大型ショッピングモール。
多くの注目を集めるガラス張りの外装は、その一部が大きなモニターになっている。
そのモニターは広告用で一般企業にも広告権の購入は可能だが、膨大な金を必要とする。
そんな金枠の広告を飾るのは、今話題沸騰中のゲームFAのイベント広告だった。
公式運営のものではなく、ゲーム内でプレイヤーが企画したイベント広告。大金持ちのプレイヤーが企画したイベントとは、ライブだった。
大陸間移動3大ライブ。歌姫ローラのライブツアーだ。
何故こんな話が出ているのかというと、時間を少し遡り昨日のこと……。
大橋への移動方法を模索していた僕のもとに、一斉メールを使用した告知が届いた。その告知こそライブのお知らせである。運営も認めて半分公式イベントになったこのライブの関係で、早めに移動しなければならなくなった。
もっともプレイヤー数の多い大陸である次の目的地では、1ヶ月間のライブを予定してある。他の2大陸では1日開催されれば直ぐに移動の為、1週間もしないうちにこの大橋の交通が麻痺する恐れがある。と、僕は考えたのだが、冷静にアイが言葉を発した。
「およそ1週間後に大人気アイドル、歌姫ローラがこの大橋に向かう客船を利用するとして、現在は魔物の大量発生中です。大陸の移動が間に合わないファンはこちらの対処を優先する可能性が高くは無いですか?」
「あ、確かに」
「そうなれば移動はもっと面倒じゃないですか?」
重要な事実に気がついたのはライブラだった。
1週間待てば、魔物が減り周りに迷惑をかける心配は無くなるが、大陸へ移動することが困難になる。
また、今移動する事は可能だが戦闘の空気感がどう影響するかは分からない。
移動を考えながら海を眺める。少しイライラしながらも、海の景色を見て現実逃避していると、後ろから突然方を掴まれた。
「うわ!?」
驚いて声を上げ飛び跳ねた僕。その姿を見てクスクス笑う2人に混ざり、大きな声で笑う男の声が聞こえた。
犯人の方に向き直ると、そこには見知った顔があった。
「秋さん?」
「ハハ。久しぶりやねー。辛気臭いオーラが出てたから声掛けたわ」
何とか笑いを押さえ込んだ秋さんに話を聞いた。
大陸移動が大人数になる事を考慮して、移動の面でパニックにならないように予め対策を立てておくように言われて、秋さんはここにいるらしい。
「中々面倒な時期に決まったからな。イベント盛りすぎやねん。開催の後押ししとるんもようわからんし、こっちも暇じゃないねんけどな?」
少しの愚痴と事情を聞いた後に、こちらの状況についても聞かれたので答えた。
現状移動手段がないことと、感情が暴走気味になることを詳しく説明した。
一瞬目が見開いていたが驚くのも無理ないだろう。
大人しかった僕の口から破壊とかの単語を聞くことは中々無かったはずだ。
「移動手段ねえ……。よし、俺を信じてこの中に入りたまへ?」
そう言って秋さんが取り出したのは、少し大きめの樽だった。それこそ人が1人入りそうなサイズの樽が、大きな口を開けてこちらを見ている。
「秋さん?まさかこれの中に……」
「賢いなあ!入れ」
抵抗は……したかもしれない。が、意識の消失とともに真っ黒い画面に3日間ログイン禁止の文字が浮かんだ。
そして小さく秋さんの謝罪文が添えてあった。
道中の景色が楽しめないことも残念だし、なんか違うと思う。ただ向こうに渡れれば言い訳じゃ無いんだよ……。
――――――――――――――
ケントを樽に詰めて、橋を経由しない超速移動船に乗せた後、秋は運営権限を利用し転移を行った。
転移場所は無数のモニターが360度囲む暗い空間。
そこにいる1人の人物に、怒りの形相で胸ぐらを掴みにいった。
「おいワレェ……どういう事や。回路に魂の因子まで混じっとるやないか。え?どう説明すんねん」
「まあまあ、落ち着いてくれ。説明したくてもこの状態じゃ少し難しいだろう?」
舌打ちをして不満げに手を離した秋。
身だしなみを整えた男は、秋に椅子を用意し向かい合って座った。
「で?どういう事や、開発段階。回路を繋げる上で因子の混入は無いはずやったやろ?バッチリ混じっとるやんけ」
「僕もそう思っていたんだがね?どうやら接続時間が長すぎたせいでそういった影響が出始めたんだ。各地では既に暴力性の向上が見られている例も少なくない。まだ逮捕歴は無い為世間には知られていないが、時間の問題だろうね」
「アイツらのガキにも影響が出てんねん」
少し驚いた表情を見せたあと、男は一瞬口元に笑みを浮かべた。
「それはステラのせいだろう?流石に原種に近い存在からの影響は考慮していない。それに星王の力も入っているんだ。流石に予想出来ないよ」
「予測は出来んくても対処するのが普通ちゃうんか?今はアバターを薬漬けしてログイン停止しとる。その間にどうにかせえ」
しばらくの間、なんとも言えない重く張り詰めた空気が漂う。読めない表情でじっと秋を見つめる男は、その空気を飛ばすように手を叩いた。
「結論から言おう、不可能だ。実は力が弱くなって来ていてね、システム面は何とかなるだろうがそっちの方面は何も出来ない。それに……」
何かを言いかけた男だったが、それ以上言葉を発する事は無かった。
その行動に秋は違和感を感じた。今まで、この男と会ってから十数年経過している。だが、元はこんな男では無かったと記憶していたからだ。
いつも不安を抱えて時間に怯えていた。何か不測の事態が起こるとすぐに対処、もしくは解決してきた。それほど自分の予測外の事柄を嫌う人物だった。だからこそ秋も龍二も信用していたし、この男の目的の為に協力してきた。
だが、今の男は違う。
「お前……誰や。あいつと違うやろ」
違和感の正体。そもそも目の前の男は本当に自分の知っている人物なのか?秋達をこの世界に招待し、FAというゲーム世界を作り上げた男なのか?そんな疑問が浮かび口に出た。
男は沈黙している。その様子が決定的になった。こんな事を聞かれたら、あいつなら絶対に否定する。そう信じていたからだ。
「……もう少し、もう少し早ければ計画に支障が出ていたが……もう遅い。何とかなるものだ、お前たち3人の勇者の存在も知っていた。原種である星と龍と魔、その根幹にある魂の因子に適合したお前たちでもこいつの異変には気が付かなかった様だな」
秋はただ睨むことしか出来なかった。この空間では戦闘行為は一切出来ない。そのせいで行き場のない怒りを握りしめる事しか出来なかった。
「ちっ!今すぐサーバーダウンや!」
席を立とうとした秋だったが、まるで椅子とひとつになったかのように体が動か無かった。
「最初から準備していたんだ。こいつの記憶では、彼女に続いて1番勘が良いのは君だったからね。安心したまえ、この空間での記憶が変わるだけだ。現在私は原因を調査中、わかり次第対応するとね」
ゆっくりと迫り来る神の手。抵抗が出来ない秋はその時を待つしか無かった。




