第114話
龍炎との試合が始まろうとしていた時、僕は少し違和感を感じていた。
妙に体がだるいというか、なんというか変な感じだったのだ。体調が悪いというほどでもないが、万全とも言えないような微妙な感覚が続いていて、少し集中できない状態だった。
集中しないと不味い相手ではあるが中々難しい。だがそんな状態でも時間という物は待ってくれないわけで、試合の開始が近づいていた。
両者向かい合って開始の合図を待っていた時、龍炎が不機嫌そうに口を開いた。
「今は消化不良でな、お前も舐めた動きをしたら…………殺す」
殺気と少し漏れた火の熱気が伝わる中、試合開始の声が響いた。
開始と同時に炎全開で殺る気を前面に出す龍炎。流石の熱気に思わず後ずさりするが、攻撃に備えて破断の刃を数枚展開する。
魔導書も使用できるならそうしたいが、燃えてしまうだろうから今は使わない。
龍炎の激しい攻撃を凌ぎつつ、破断で反撃をするが飛んでいく刃を気にもせず打ち込んでくる。その理由は龍炎の炎にあった。自分に近い炎の温度は計り知れず、刃が溶けて無くなったのだ。
「おいおい嘘だろ?残りの枚数はそんなに無いんだぞ?」
破断の刃は特殊で、その再現は難しい。あれだけ大量にあった刃も、今は数える程しか無いのだ。僕の専用装備「大図書館」でも複製は可能なのだが、どうやら時間がかかるらしくあまり現実的ではなかった。
そんな貴重な装備だ、あまり無駄にしたくは無いが出し惜しみが出来る相手でもない。ただあまり効果が無いのも事実。何か他の手があればいいんだが…………。
「どうした?あの縁真を倒したやつは使わねえのか!?」
「使えるなら使ってるよ!」
魔核は使うには膨大な魔力。MPを消費する。そして術式を流れる力が沈静化するまで使うことは難しい。簡単に言えば熱暴走を起こす可能性があるのだ。
あれだけ派手に使ったから、この大会中にまた使うのは難しいだろう。
魔核が無いことを知った龍炎の攻撃はさらに激しくなった。ただ、縁真と違って若干隙ができる為、こちらも攻撃は出来ている。
ただ、龍炎に近づけば近づく程、熱さが増してしまう。いつもなら集中して何とかなるが、今はそれが一番難しい。何か手も痒いし…………。
そう思って手の方に目をやると、明らかにかゆみの原因であろう物が付着していた。その黒いオーラの様な靄は見覚えがあり、すぐに何か分かったが疑問は残る。
(夜天闘気?発動もしてないのに何で…………)
スキルのはずのそれは発動をしなければ現れないはず。だが確実に目の前にそれはある。
今すぐ考えたい気持ちを押し殺して、これを戦闘に生かすことだけを考えた。
龍炎は火力特化で繊細な操作は不得手。だが高火力の技を連発するのでコントロールもくそも無い。逆にこちらは大きな決め手に欠ける。大技も使えない。
だが、不思議と絶望感は無かった。今、なぜか出てきた闘気。手札が無かったこの状況で起こった不思議なことには何か理由があるはずだ。
先生に言われたことがある。敗北は必然だが勝利はそうではない。勝てない相手に勝つときは己の実力と何かしらの要素が絡み合う。そんな時は…………。
「不思議と楽しいものだ」
「ああ?いい顔になったじゃねえか。こっちも楽しませてもらうぞ!」
これが全力と言わんばかりに、龍炎は更に火力を上げた。炎の色が青に近くなっている。しかも龍炎の周りを炎の龍が漂っている。
だがこっちも負けてはいない。僕にだって龍が味方に付いている。
僕は闘気があふれる拳を強く握りスキルを発動させた。
「夜天闘気」
発動と共にあふれるそれは、前回とは比べ物にならないほど濃く、強いものになっていた。
その量も倍以上に増えていたため、まるで吹き荒れる嵐の様に黒いオーラが僕を囲んでいる。
ニヤリと笑みを浮かべた龍炎との真っ向からの殴り合い。負ければ必然だし、勝ったら運が良かったのだ。




