第113話
次の試合は流水とメイというプレイヤーの勝負。メイも中々の実力だったが、五剣の一人である流水に勝てるかは分からない。
どんな試合になるのかとワクワクしながら待っていたが、開始の合図が聞こえたと同時に流水の居合が直撃しメイは一瞬で退場となった。あまりの速さに会場の反応が遅れ静まり返っていたが、そんなことは気にしないと言わんばかりに流水はその場を後にした。
前に戦った時とは比べ物にならないぐらい強くなっている彼を見て、勝利という言葉が浮かんでこなかった。そもそも龍炎を倒せるかどうかも分からない今、考えても仕方のないことなんだが、緊張せずにはいられなかった。
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観客席の一画に設けられたテーブル付きの席で、優雅にワインを飲みながら勝負の行く末を見守る少女が居た。
足元には何本も空の瓶があり、どれぐらいの量を飲んだのかは想像もつかない。だが、酔っぱらった様子は微塵も感じなかった。
「流石に魔核を使ったか。早すぎるとは思うが仕方ない。あいつのレベルでは使わねば負けていただろうしな」
独り言を呟く彼女に目を向ける者は一人も居ない。歓声のせいでもあるが、それだけが理由ではない。
酒類を水の様に飲む少女という確実に目を引く状況なのに、まるで彼女がそこにいないかのように、見えていないかのように、近づくものは愚か目が合う者はいない。
数時間後。瓶が多くなり処理をしていた頃。見えないはずの少女に近づく者が居た。
だが少女は驚く様子を見せず、それどころか無視してワインを飲んだ。
「やっと、見つけましたぞ。かれこれ数百年。貴方様を探すためだけに生きておりました」
フードを深く被った大きなそれは、少女の背に向かって跪いた。
グラスを置いた少女はそれの方は見ずに観戦を続ける。
「貴方様の魔核の反応を感知してここまで参りました。記憶も薄れており、魔核の隠蔽もあり一瞬しか感知できませんでしたがやはり—————」
「おい、来た目的を簡潔に言え。私は今忙しい」
驚くほど冷たい瞳で見つめられたフードの男は、少し震えて続けた。
「魔王を名乗る愚か者が先導して我らの領地が戦争派と穏健派の2つに分かれ内乱寸前になっているとのことです」
男が話している最中も、少女はワインを飲んでいた。ワインと同じ真っ赤な瞳は真っすぐに会場の方を向いている。
「しかもその男は恐れ多くもメイダスの名を名乗っており…………」
「何?なぜ私の名が出てくる?」
初めて男の方をしっかり見た少女を見て、男は少し嬉しそうにしながらその問いに答えた。
「あの者が貴方様の存在を知っている可能性は少ないと思われます。ですが、貴方様を覚えている第三者の介入があったかと」
「第三者?成程、そやつはプレイヤーか。しかし人間の分際で魔王を名乗るとは少し背伸びをしすぎだと思うがな?お前もそう思うだろう」
男の頭に手を置きそう言う少女の言葉を、男は肯定した。
だが、同時に恐怖を感じていた。男のよく知る彼女は、あまり喋らない。それどころかほとんど会話をしない。これほど言葉を交わした事があるのは、初めて自分がこの方に膝をついた時だけだろう。この数百年の隠居生活で、何かが変わったのかもしれないが、彼女が今怒りを覚えているのは一目見ただけで分かる。
いつも彼女が怒っているときは、決まって魔力が漏れ出す。通常の魔力であれば問題は無いのだが、感情が乗った魔力はそうではない。直に圧が伝わることに加えてこの力の密度。片膝を付いているこの状況ですら気を失いそうになる。
「確か……担当はミカエルか、あのハエならやりかねんな」
いつの間にかグラスは空になていた。瓶の中には少し残っていたようで、残りはフードの男の腹に消えた。




