リリィとユリウス~卒業パーティの夜に~
リリィのユリウスに対する好感度はB相当。
実際の所は両片思い状態なのですがリリィに自覚が無い状態です。
星歴1233年。
私はベリアーノ校の卒業パーティーに参加していた。
こういった催しは好きでは無いし出席しなくても卒業は出来るので行くつもりはなかった。
だけど同い年の姉妹達に何度も誘われ面倒に思いながらも参加する羽目に。
まあ、美味しそうな料理やお菓子がたくさんあるのは魅力的。
パーティーが始まってすぐ、姉妹達とはぐれた。
学校生活にさしたる想い出もないので取り合えず美味しいものを食べて栄養にでも変えようと思っていると……
「やあ、リリアーナさん」
「あ、はい。どうも……」
声をかけてきたのは同じクラスの男子だった。確かブルチ、だったか……
今までクラスメートというものに関心を払わなかったがユリウスから『学友の顔くらいは覚えておいた方がいいよ』と言われて少しは意識するようになった。
「美味しそうなお菓子がたくさんあるね」
「お菓子、好きなの?」
「甘いものを食べると幸せな気持ちになるからね。ははっ、何か子どもっぽいかな」
少し照れながら笑うブルチ。
私は首を横に振って微笑む。
「わかるよ。甘いものはって食べると幸せになるよね」
「あはは、わかったくれて良かった。あっ、そうだ。ちょっと待ってて」
彼は紫色の液体が注がれたグラスを2つ持ってきた。
「のど乾いたんじゃないかな。ぶどうジュース貰って来たよ」
「ぶどうジュース……」
私はぶどうには目が無い。
「何かぶどうが好きって聞いたからさ。乾杯しようよ」
「あ、うん……ありがとう」
彼からグラスを受け取った私は乾杯をしてジュースに口をつけた。
うん、ちょっと苦みはあるがやはり美味しい。
去年まではこうやって男の人と話をすることなんて無かったけど、誰かさんのおかげで少しずつ耐性はついて来たかもしれない。
ユリウスには感謝ね。まあ、あいつの変態ぶりに比べれば他の男子は何ともノーマルで安心が……
「あれ?」
何だか目がしょぼしょぼして来た。
疲れが出たのかしら?
少しフラフラして来たし、何だか身体も熱い。
「大丈夫かい?」
「ん。ちょと疲れが溜まってるみたいで……」
更に足元がふらついた私をブルチが支える。
「あっ!」
やだ、男の人に触れられている……
「無理をしちゃだめだよ。リリアーナさん」
ふと、声のトーンが少し下がっている事に気づく。
嫌な感覚が胸を駆け巡り彼の顔を見ると。
「っ!?」
先ほどまでの紳士的な表情とは打って変わって下卑た視線で私を見下ろしていた。
私は、この表情を知っている。
彼が……前の学校で私を押し倒したあの男が同じような表情をしていた。
そこで一つの考えに至った。
薬を、盛られた。
何てこと。パーティーの雰囲気に流されて警戒を怠った。
よく知らない他人から渡されたものを口にするだなんて無防備過ぎたのだ。
視線を動かし同い年の姉妹を探す。
ダメだ。近くに居ない!!
声を出さないと。
だけど力が入らない。
「大丈夫かな?どこか静かな場所で休ませてあげないとね」
彼は私の肩を抱くとゆっくりとパーティー会場から離れていく。
ダメダメダメッ!!
最悪の展開が頭をよぎる。
どんな薬かはわからないけど私の『状態異常耐性』を貫通する様な薬だ。
魔力を駆使しても分解して無効化するのには時間がかかるだろう。
何よりも身体じゅうを恐怖が支配している。
仮に無効化できても恐らく抵抗は出来ない。
「大丈夫。卒業すれば皆離れ離れになるからね。だから今夜は想い出を作ろう」
何が想い出よ!
自分がどれだけ卑劣な事をしているかわかっているの!?
ああ、何でこんな目にばかり遭うの。
私がいったい何をしたって……
「やぁ、とてもいい夜だね。ブルチ君」
聞き覚えのある声に私は顔を上げる。
そこにはかつてドラゴンスープレックスで投げ飛ばした変態ストーカー男、ユリウスが立っていた。
流石に服は着ている。
「や、やあ。ユリウス君……」
ブルチは顔を引きつらせていた。
「おや。君の隣に居るのは我が麗しのリリィ君では無いか。何やら具合が悪そうだが?」
「そ、そうなんだ。ちょっと調子が悪くなったみたいでさ。医務室にでも連れて行こうかと」
違う!
こいつは私をどこかに連れて行ってよからぬことを企んでるの。
ユリウス、お願いだから気づいて!!
「なるほど。だが医務室は反対側。こちらは……学生寮だよね?」
「うっ……」
「そんな間違いをするなんて、どうやら君も調子がすぐれない様だね。リリィ君の事はこの僕が引き受けよう。君は帰ってゆっくり休み給え」
「だ、だけど……」
「僕は君にチャンスをあげているんだがね?パーティーの夜にハメを外してもうすぐ卒業なのに退学なんて避けたいだろう?」
「くっ……」
ブルチは私をユリウスに託すと舌打ちをして立ち去ろうとする。
するとユリウスは彼の襟を掴み引きよせた。
「一応忠告しておこう。二度と彼女に近づくんじゃないよ?もしまた何かしようとした時は……わかっているだろうね?」
「わ、わかったよ……」
ブルチはユリウスから逃れ走り去っていった。
後に残されたのはユリウスと彼の腕に抱かれて辛うじて立っている私。
「ああ、リリィ君済まない。今僕はがっつり君に触ってしまっているわけだが……その、緊急事態ということで許してくれ給え」
「…………ん。わかった」
普通ならこれだけ接触していたらドラゴンスープレックスなのだが今はそんな元気もない。
それに……
「ユリウス……その……ありがとう」
何だか男性に触られているという恐怖心より安心感の方が勝っていた。
□
とりあえず中庭のベンチまで連れて来てもらった。
「とりあえず薬が抜けるまでしばらく夜風に当たって休んでいると良いよ。僕が傍に立って見守っているから……」
ユリウスがベンチに私の体を横たえさせようとする。
だが私は彼の袖を引き……
「いい。その……横に座ってて」
「えーとそれは……」
「ん。ちょっともたれかからせてくれたら……それでいい。今日はその……特別だから」
「そ、そうかい。それじゃあ」
正直、横になるのが怖かった。
何だかあの日の嫌な思い出がぶり返して来そうで……
私はユリウスにもたれかかりながら身体を休める。
何だろう。本当なら男の人にもたれかかるなんて正気の沙汰じゃないのに……安心する。
「怖い思いをさせてしまって済まない。最初正装で会場に入ろうとしたら門番につまみ出されてね。君を見つけるのに時間がかかった」
ああ、やっぱりこいつ半裸で会場に来たのね。
だから絶対それ『正装』じゃないって……
そもそも私はあんたの恋人じゃないんだから別に探さなくても……いや、でも彼が来なかったら今頃どうなっていた事か。
「ん。大丈夫……」
「リリィ君。こんな時になんだが……」
いやい。まさかこのタイミングでいつもの告白?
流石にそれはデリカシーが無い気がするけど……
「君は卒業後、事業を始めると言っていたよね?」
「ん。そうだけど……」
我が家のモットーは『手を伸ばす』だ。
派手な活動はしなくてもいい。
ちょっとした害獣対峙だとか行方不明になった人を探したり。
そんな小さなクエストをギルドに紹介してもらい専門的に解決していく『猟団』を作りたいと思っていた。
行商人の護衛だとかダンジョンのモンスター討伐だとかそういったクエストは多くの冒険者が群がるが小さなクエストは埃をかぶっているもの少なくない。
だけど困っている人は現にいるわけで。だから私はそう言った人たちに手を伸ばしたい。
「僕にも手伝わせて貰えないかな?」
「え?」
「君はとても強いし頭もいい。だけど人づきあいが苦手だったりと弱点もある。僕がそこをカバーしたいと思うんだ」
「でも……あんたは政治の道に進むんじゃ……」
彼は将来は父親の跡を継ぐ政治家になると思っていたのだけど……
「政治よりもこっちの方が面白そうだからね。それに今日みたいな悪い事を考える輩だって社会には存在する。だからそう言った連中から君を守る役目も果たしたい」
「本当に……どこまでもついてくるわね……」
「君が居ない日常というのも退屈で仕方が無いだろうしね」
実の所、彼がサポートしてくれたらやり易いだろうなぁって考えていた。
だから正直な所……少し嬉しかったりする。
「……物好きめ」
「ふふっ、今更だよ」
何だろう。
こいつの隣は何だか……心地よい。
□□
あの卒業パーティーから10年が経過した。
「ユリウス!休みだからっていつまで寝てるんじゃないの!!」
「そうですお父様!早く起きて朝ごはんなのです!」
私の隣では両手を腰に当てた娘が父親に起きる様言っている。
揃えられた綺麗な前髪は本当に私の幼い頃にそっくりだと母様も言っていた。
「あははは、ヒイナはしっかりさんだね。何だかますますお母さんに似てきたなぁ」
「当然なのです。わたしはもうすぐお姉さんになるんだからしっかり者になるのです」
あれからずっとユリウスは私を支え続けてくれた。
時間はかかったが今あるこの幸せな光景は彼が私を諦めないでいてくれた結果だ。
だから……
「さぁ、ユリウス、ヒイナ。朝ごはんにしましょうね」
これからも、歩き続けていく。
実は最後の腰に両手を置くヒイナを書きたくてそこから展開していったらこの話が出来ました。
それにしても最初作った時はただのクズキャラだったユリウスがここまで出世するとは思わなかったです。