飽きるくらい
好きですよ。それがどうかしました?
常と変わらぬ涼しげな表情で逆に聞かれて、俺は心の中でお手上げのポーズをする。そうだよな、この流れだったら、絶対にそう言われると思ってたわ。
俺よりも五歳年下で、二年前にうちの会社に入って来た後輩。要領のいい男で、「最近髪の生え際がやばい」が口癖の部長よりもずっと仕事ができる。取引先の社長にも気に入られて、「打ち合わせには彼を連れて来てくれない?」とお呼びがかかることも。
おまけに顔面偏差値が高いからよくモテる。背も高いし、程よく筋肉もついているしで『抱かれたい男ナンバーワン』と影で噂されているのも納得だった。前に足を滑らせて階段から落ちそうになった俺を抱き止めてくれた時、そのがっしりとした体つきに驚いたのをよく覚えている。
そんな奴だから見合い話もガンガン舞い込んでくる。それを全部断ってしまったので、仕事に人生を捧げたいタイプなのかと思いきや、本社への配属の話もあっさり断って。
結婚にも仕事にも興味がないって、何でそんな勿体ない生き方してるの、お前。仕事終わりに豚骨ラーメンを奢ってやった後、外灯に照らされた夜道を歩きながら聞いてみれば、後輩は俺の顔をじっと見た。ん? と俺が声を漏らすと、形のいい唇が動いた。
「結婚したら先輩にこうして誘ってもらえる機会も少なくなるし、本社に行ったらそもそも先輩に会えなくなるでしょ」
何だそれ。俺を判断基準にするなよと笑い飛ばそうとしたけれど、茶化していいことじゃないと思った。後輩がどんなつもりでこんなことを言ったのか、頭の中では既に答えが出ている。ただ確証が欲しくて、俺は聞かなくていいことまで聞いてしまった。おまえ、おれのことがすきなの? って。
そして返ってきたのが冒頭の台詞。俺が何の言葉も発せずにいると、後輩はくわぁ、と欠伸をしてから言った。
「そんなわけなんで。俺と付き合いましょうよ」
「何でだよ!」
びっくりしすぎて大きな声が出た。いや、ほんとびっくりした。
「だって先輩、今誰とも付き合っていないでしょ。ちょうどいいじゃないですか」
「ちょうどよくないだろ! 自分に都合のいい方向に無理矢理持っていこうとすんな!」
「だって先輩」
「あぁ!?」
「……俺に好きって言われてからずっと、顔真っ赤にしてるし。そんなの見せられたら、誰だって期待しますよ」
湿った甘い声で言われて、咄嗟に後輩から顔を背けた。ああ、ちくしょう。もう少し暗い道を歩けばよかったと後悔する。
仕方ないだろ、こちとら告白されるとか人生初だぞ。同性だなんて些細な問題に思えるくらい嬉しくなって。ああ、そうだよ。俺もちょっとだけ、お前のことが気になってた。階段から落ちそうになったのを助けてもらった時から。仕方ないだろ、あの時のお前滅茶苦茶かっこよかったんだから。
恥ずかしくて一気に捲し立てれば、後輩は目を瞬かせてから言葉を放った。
「俺と付き合ってくれたら、あの時よりもかっこいい俺を飽きるくらい見せてあげますよ」