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春陽  作者: AIAMAAI
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冬の雨

 窓を開けて見上げたら、夜の空は分厚くどす黒い雨雲に覆われ、寒々とした冷たい冬の雨が降っていた。

 入学したての頃は、階段をたった一段上がっただけなのに、小学生が中学生になっただけなのに、何となく大人になったような気分に舞い上がっていた。だから、まだまだ身近ににはなく、ずっとずっと先のはるか彼方にある、余所事でしかない受験なんてものは更々眼中に無く、開扉して片足を踏み入れた華やかであろうと思い込んでいる大人の世界にハラハラドキドキして、その興味はそちらに大いに注がれていた。

 それから2年という日々が流れて、まるで手ぐすねを引いて待ち受けていたかのように、こちらに向かって、こちらの意思などお構いなしに目の前へと押し寄せて来た。


『偏差値に見合った志望校』&『三者面談』


 一瞬にして脳内と室内は、きらきらとした興味津々の大人の世界への冒険旅行から一変して、暗くじめじめとした受験一色の世界へと塗り替えられてしまった。

 受験のための塾に通い、成績が1点上がれば歓喜し、1点下がれば落胆し、一喜一憂する日々が続くうちにどつぼに嵌まり、やがて抜き差しならないようになってしまった。不安と恐怖に駆られるようになって、無意識のままにポジティブな二つ漢字がネガティブな三つの漢字に変換されて脳内を駆け巡るようになってしまった。不安のみが支配するその3文字の漢字とは、果たして。書きたくても書きたくないし、言いたくても言えないネガティブ言葉。

 幼い頃、練習に練習を重ねてやっとの思いで乗れるようになった自転車。嬉しくて用もないのに暇さえあれば乗り回していた。そのせいで考えもなしに無茶苦茶な運転をすることも多々あった。

 そんなある日のこと。いつものように一人で遠出を楽しんでいると、

「上れるものならば上ってみるがよい」

と言わんばかりに、行き成り坂道が目前に迫り出してきた。

「その挑戦、受けてたつ」

と言いたげに、ありったけの力でペダルを踏み込んで自転車を漕ぎ、息を弾ませて勢いよく坂を登り詰めた。

「どんなもんだい」

とドヤ顔で頂点に達した地点で漕ぐのを一旦停止し、息を整えてからのペダルを踏み込んだ。風を切り爽快な気分で走り、スピードを加速していく。

 坂を下って行く自転車の先に有るのは、排水のために設けられた道路脇の側溝。それに気付くや否や、

「みぞ?」

 二文字が浮かび上がってきて、

「みぞ、みぞッ、みぞォ~~!」

と脳内を駆け巡った。挙句の果てに、まるで獲物を狙う虎の目の如くに溝の穴にロックオンし、意思に反して獲物である側溝に向かって脇目も振らずに猪突猛進して行った。

「違う違う違う、あ、あぁァァ~~!!」

 悲鳴を上げた瞬間には記憶が途切れ、記憶が戻った瞬間には、自転車が側溝の穴の中にピッタリと納まった状態に陥っていた。これによって受けた怪我は、擦り剥いた程度の軽傷で済んだのは幸いなことではあったけれども、しかし、側溝は危険であると認識し、察知されていた筈でありながらも、時としてその行動は、心情の方よりも脳内の言葉の方の指示に従うように導かれることも多かれ少なかれあるびだ。それは一体全体どうしたものなのか何故なのか。それに対する疑問は残ったが、ただそれは、今来に至っても尚まだ解明はされてはいない。

 幼き頃のこの体験によって、行動は心情に関係なく脳内の言葉によって左右されてしまうこともあるんだと知ってしまった。それ以来、脳内を駆け巡らせる言葉は、

「ネガティブなものを考えるのではなく、ポジティブなものを考えろ」

を旨に、心掛けるようになった。

 と言いつつも、受験のこの時期はポジティブな二つの漢字を脳内に駆け巡らせてはいても、足音を立てずにこっそりと、ネガティブな三つの漢字が忍び入ってくる。そして、知らす知らずのうちに浸透してきた三つの漢字が、後釜に座り込んで脳内を駆け巡った末に必要以上に落ち込んでしまう。そうなってしまうのは致し方ないことかもしれない。何故なら、初体験の受験なのだから。

 毎日、毎日。毎晩、毎晩。机に向かっての受験勉強。貫き通す覚悟はあっても、どこまでも遣り抜けることが出来るかどうかは自信がない。時には嫌気が差すことも無きにしも非ずだからだ。集中力に欠けた時は椅子から立ち上がって、空気の入れ替えを兼ねて窓を開け、流れ込む新鮮な空気を吸い込んで吐き、深呼吸をして夜の空を見上げる。

 夜空は雲一つなく晴れ渡っているのに、空一面に煌めく満天の星、とはいかなかった。都会の夜は余りにも鮮明過ぎて、残念ながら月や数の少ない1等星か2等星などの明るさの強い星ぐらいしか見えないらしい。

 試験日が差し迫っていたそんなある夜。いつもの如くに、集中力が散漫になって眠気に襲われ、上と下の瞼が危く仲良くなりかけたところで、即座にスクっと立ち上がって窓辺に駆け寄り、窓を開放した。途端に、冷たい風と共に冬の凍雨の粒がシャワーのように頬に降り注いだ。もちろん、雲に隠れた夜空からは星々を窺い知ることは出来よう筈もなかった。

 残念そうに星の見えない夜の空を見上げていると、頓に耳の奥底から音楽がジワジワと滲むように出てきた。

「何で、今更に、蘇ってきたんだ?」

と小首を傾げてそれを聴いていたら、ついそのミュージックにつられるように口遊んでいた。


【見上げてごらん夜の星を】

作詞:永六輔

作曲いずみたく

見上げてごらん夜の星を

小さな星の小さな光が

ささやかな幸せをうたってる


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