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人間違い

作者:

 「こんにちは、もしかして近藤さんですか?」

 またこの質問か。

 私は疎ましさを押し殺して振り返って返答した。

「人違いです」

「あ、そうでしたか。すみません」

 相手は気まずそうに作り笑いを浮かべると早足で去っていった。

 この光景も幾度となく見た。ため息をつくと私も帰路に戻り、歩き出した。

 よくある顔とは言うがこうも外出の度に人間違いをされたのではたまったものではない。

 どうしたものか・・・

 考えを巡らせていると交差点に差し掛かった。ここを渡るともう自宅のマンションだ。夏場のアスファルトはゆっくりと熱を発し、陽炎を作っていいた。

 そうだ、試しに間違われた人になり切ってみよう。そうすれば一々相手を否定せずに済むし楽そうだ。

「お久しぶり!親父の葬式以来だな!」

 渡り切った交差点で唐突に声をかけられた。普段なら嫌気がさすところだが今の私には妙案がある。

 私は振り返って対応した。声をかけたのはスーツ姿の若い男だった。

「久しぶりだね」

「今からどこか行くのか?」

「ちょっと駅前に仕事の取引でな」

「駅前?八百屋のお前がそんなとこに・・・」

「ちょっと野菜の配達依頼の関係だよ」

「へぇ八百屋って色々大変なんだな」

「まぁな」

「仕事なら今日はいいや、また今度な」

「うん、また今度」

 男は話を切り上げると去っていった。それにしても危なかった。あの口ぶりだと何かに誘うつもりだったのだろう。仕事の嘘をついてよかった。

 冷や汗を拭った私はマンションのエントランスに入っていった。




 「もしかして、篠宮?」

 自分に投げかけられたであろう名前を後ろから拾い、振り返る。

 話しかけられたことを確認するとその名前に合わせた人物になり切る。もう何度も繰り返した流れだ。

「久しぶりだね、いつ以来だっけ?」

「篠宮が大学のサークルを抜けて以来じゃなかったっけ?」

 相手との関係性を確認し、話題と関係性を合わせる。

 最後に特に身の無い会話を数度かわし、私用を伝えて適当に別れる。

 そして一人に戻るといつもの考えを巡らせる。まるで網で水をすくうように何も頭の中で引っかからなかった。

 私は一体誰だったのか。

 いつしか自分と帰路を見失っていた。

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