99話 カジノでの後始末とキグルミ幼女
世界が元に戻ると、ゲルマが倒れていた。部下のバナー……ジャミだっけ? 違ったかな? ユニコーンの魔物も、不意打ちをしてきただろう魔物の姿もない。その代わりに、縫いぐるみみたいな小さなドラゴンと、ちっこいネコ……たぶんヒョウ? が倒れ込んでいる。気絶しているぽい。
「これ、部下も偽物だったんですね」
およそ、強そうには見えないぞ。この娘、たしか別世界の私は魔物使いとか呼んでたよな。そうなると、この部下が本来の仲魔であって、あの強力な魔物は浅田艦長が操っていた部下だったのね。
つんつんと倒れているチビドラゴンとチビヒョウをつつくと、身体を震わせるので生きているぽい。
「名前はどうしましょう。ドラドラとヒレヒレで良いです?」
縫いぐるみみたいに愛らしい幻獣だ。ペットにしたいんです。幼女の情操教育にはペットは最適なんだよ。
うう〜んと、ゲルマが身じろぎして目を覚ましそうなので、焦っちゃう。白いロープを生み出して、自分の身体に巻き巻き。そしてロープの端をゲルマの手の中に置いて、と。
コテンと倒れて目を瞑っておく。ドタドタと遠くから駆け寄ってくる音も聞こえてくるので。
「うぅ〜ん、ここはどこでござるか? 拙者はたしかアタミに向かっていたはず……。ぬ? 何でござる、このロープ?」
ゲルマが目を擦りながら目を覚まして、自分の手にあるロープを見て、不思議そうな表情となる。が、不思議がっている場合ではない。
「ぬ? ネムではないか! ネムを攫うとは何者だ!」
怒りに満ちたイアンお父様の声が聞こえてくる。それとともに複数の足音が。
「あ〜! いつの間にか、ムグムグ。ネムちゃん攫われてたんだ!」
アローラの口を誰かが押さえた模様。目を瞑っているから、わからんけど。幼女は気絶してますよー。
「へ? そなたはイアン伯爵! この娘は精霊の愛し子? あ、拙者は浅田公爵の家門のゲルマというものでござる」
寝ぼけていたのか、自分の名前どころか、主人の名前まで口にするゲルマさん。
「貴様には黙秘権はない! 御用だ!」
「御用だ、御用だ!」
イアンお父様に続いて、ジーライ老の声も聞こえてきて、テロテロテロと魔法の音と、ガスンと言う音が聞こえてきて、ゲフと痛そうな声をあげてバタンと誰かが倒れた音がした。なんの音だろうね? 幼女わかんないや。バブバブ。
ふわりと身体が浮いて、誰かに抱えあげられる。
「ネム、大丈夫か?」
イアンお父様の声が聞こえる……うぅ〜ん、私は何をしていたんだっけ? 思い出せないや。おっさんの記憶力がないわけじゃないよ。
「うぅ〜ん、ここはいったい? 精霊界から帰ろうとしたら、突然女の人が現れて、ゲルマ見参! 私を攫ってカジノの水晶をもらうでござる。ワハハハ。これで世界は浅田のものだと叫んでいたような……」
ここはいったいと言いながら、やけに詳しい内容を口にするキグルミ幼女である。ゲルマに全ての罪を背負ってもらう気満々である。あと、この世界の浅田因子もいらん。
「そうであったか! 安心せよ。もはやゲルマという女は捕縛した。……浅田公爵が絡んでいるのは看過できん。アローラ殿?」
倒れて、天然パンチパーマとなっている気絶しているゲルマ。少し焦げたりしています。正直ごめん。でも工作員なんだから、この結果も引き受けてくれると、幼女は信じているよ。
アローラの姿のままなので、イアンと合流したあとに正体をバラしたみたい。特に驚いている様子はないので、フォーア王子との入れ替えは有名だったんだろう。
「任せて! フォーア王子はそこそこに権力はあるし、浅田公爵は権力ありすぎで少し扱いに難しいところがあったから、王家は喜んで、その権力を削ぐよ」
ドーンと任せてと、胸を叩くアローラ。その横にはちびっ子静香が立っている。女スパイバージョンはイアンたちには見せるつもりはないらしい。ついでにいうと、宝石も返す予定はないらしい。
「ハンスさんはさっきここの敵は殲滅したと言って帰って言ったわ。彼はビジネスライクのようね」
フフッと妖しく笑う静香さん。ナイスフォロー。もうここに幻獣は私のペットしかいないみたいだし。
ドラドラとヒレヒレを片手づつに抱えあげて頷く。この子たちの好物なにかなぁ。肉球ぷにぷに。惚れたぜ。
「ところで、ここはどこなんですか、お父様?」
儚げにキョロキョロと辺りを見渡す。ここはどこ? 私はだぁれ?
それは今回天丼すぎるだろと、ツッコミがありそうなことを考えながら。
「ここはアタミ浅田カジノだ。そなたは悪人に攫われたのだ。静香殿が経緯を教えてくれた。もう大丈夫だぞ」
ゴシゴシ頭を撫でられるので、キャァと喜ぶフリをしながらクネクネしちゃう。おっさんにとってはこんな演技はお茶の子さいさいだ。おっさんがしてはいけない演技だと思われるが、そこはスルーします。
「ありがとうございます、お父様! いつも助けてくれて、私はとっても嬉しいです」
ムギュとイアンの身体を抱きしめる。無だ。無となるのだ。おっさんを抱きしめているおっさんの図ではない。幼女が感謝の心を込めて、お父様を抱きしめているのだ。
類稀なる強固な豆腐の精神を持つネムは、ポンポンと背中を叩いて安心させようとしてくるイアンに感謝と家族愛を感じながら離れる。
そして、カジノの奥に鎮座している水晶を指差す。
「あれがカジノの水晶です?」
フラフラと娥が灯りに釣られるように近づく。中のおっさんだけ、その灯りで燃えれば良いと思います。
水晶に近づくと、空中にパネルが開かれる。そこには平行世界のネムが教えてくれた通りの内容があった。とりあえずペットは置いておき、メッセージを確認する。
『カジノモード:設定数値』
『モンスターモード:経験値取得倍率』
なるほどと納得した。私よ、経験値取得倍率を限界まで高めたな? 気持ちはわかる。レベル上げ面倒くさいもんなぁ。999倍まで高めることができるぞ〜? やるなやるなって、フリじゃなかったっけ?
999倍で起動したいが諦める。ゾーアは真面目に強かったので、再度戦うのは勘弁してほしいです。幼女も反省をするのだよ。厳密に言うと、私はやっていないんだけど。
仕方ないので、1倍にして、と。カジノの設定は5で良いだろ。よくわからんけど。リアルのスロットって、数回しかやったことないんだよ。目押しができなくて恥ずかしかったから、止めたんだ。
それで、水晶に力を込めれば良いと。ちらりと見ると、イアンたちは興味津々に私を見てきている。なら、期待に応えないとね。
ネムはイベントシーンだねと、しゃがみ込む。そっと腕を組んで祈り始める振りをする。常にそのようなイベントは見逃さないのだ。
「万物に備わる精霊力よ。精霊神ネムスの力の名において、水晶に力を満たし給え!」
自分を精霊神にしちゃう厚顔さを見せて、幼女は水晶へとエネルギー豆乳する。オヤジギャグのようなエネルギーが水晶に満ちていき、水晶が輝き始める。
すこーしずつ。すこーしずつ。モニョモニョ〜。
今度はクシャミをしないぜと、学習できる幼女の力を注がれて、水晶は完全に力を取り戻し、光り輝く。
『起動確認。エネルギー充填率100%。カジノを再開します。オーナーの名前は』
「ネム・ヤーダでお願いします」
『生体認証コード承認。魔力認証コード承認。幼女認証コード承認。起動します』
声が水晶から響くと、水晶は地下へと沈んでいき、ゴゴゴと蓋が閉まっていった。これで奪われる可能性はもうなくなったのだろう。
それとともに、カジノにBGMが鳴り響く。
『ジャンジャンバリバリ、ジャンジャンバリバリ出していってください。どんどん景品を持っていってください!』
パチンコ屋のような声が聞こえてくる。う、う〜ん。まぁ、良いんだけどさ。
『コイン一枚、たったの200アタミ! さぁ、どんどん景品を手に入れましょう!』
「200アタミ。200アタミですね。ちょっとアタミテーマパークに行きませんか、お父様?」
やりたい。とってもやりたい。スロット。スロットをやりたいです。
苦笑をしてイアンはネムの頭を宥めるために撫でてくる。
「どうやらネムはカジノに興味津々のようだな。だが、ここは一旦帰るしかない。今度連れてきてやろう」
「むぅ。はぁ、い?」
素直なネムちゃんは、膨れつつも頷こうとして
「本日、カジノ再開記念として、皆様にコインを100枚プレゼント!」
光の粒子が集まると、バニーガールとなって、トレイに乗せたコインを渡してくる。ヒャッホウ!
「お父様? コイン使って良いです?」
「まぁ、良いだろう。大切に使うんだぞ?」
ドキドキだぜ。ワクワクだぜ。この世界に来て初めてかもしれない。こんなにワクワクするなんて私はこの世界の住人になったんだね。
なんかそんな感じで、異世界転生した主人公が異世界の馴染むイベントをネムはカジノでやった。たんにギャンブルが好きなだけな感じもするが気のせいでしょう。
カジノには様々な遊戯台がある。なにをしようかなっと。やっぱりスロット?
アローラはウヒャーと喜びの声をあげてポーカー台に向かっている。セーブのない世界。ロードのない世界。ここは慎重にコインを使わればなるまい。
「100コインスロットに決めました!」
慎重という言葉を無謀という意味と考えているアホな幼女は、最高のレートのスロット台へと、とてちたてーと走る。
手に持つコインをなんだか王冠がついている金のスロット台に投入する。サッと周りを見て、イアンたちが他の遊戯を物珍しそうに見学していて、ゲルマイモムシが何が起こったのと、ビッタンビッタンと跳ねている中で、素早くモニターを呼び出す。
「設定変更999。100スロット台の次の回転は当たりにしてください」
こういう時だけ、頭の回るおっさん幼女である。設定も999にできることを確認済みであったりする。まだ、誰もカジノをやっていない今だけがチャンスなのだ。
ちっこいおててで、レバーをガションと引く。
チャララーとスロットが回転して、バラバラに図柄が止まりそうになると、ぽふんとアタミンがホログラムとして、現れて画面をぺしぺし叩く。うん、アタミンがマスコットなのはわかるけど、可愛くないよ、この人形。
5✕5の図柄が全て7に変わって、すぐにネムは設定を5に戻しておく。証拠は隠滅しておかないとね。
『ユー、ウィン! 732000000枚ゲット!』
スロット台から、コインが雪崩のように吐き出されてくる。キラキラと輝く白銀のコインが7億枚以上。
「ちょ、ちょっと溺れます。溺れちゃいます〜」
裏技を使うアホな幼女はコインの雪崩に溺れちゃうのであった。自業自得である。
ところで、なにか大事なことがあった感じがしたけど、なんだっけ? コケコッコー。




