97話 最強の魔物対キグルミ幼女
杏仁豆腐。ネムは昔は苦手だった。なんというか、後口が薬くさい感じがしたので。それと同じくシナモンも苦手である。漢方薬みたいだし。大人になってからは、結構好きになったけど。薬くさい匂いがなくなってたんだよね。あれは子供の鋭敏な舌だからわかったのかなぁ。それとも作り方が変わったのかなぁ。山岡なんちゃらさんが、この杏仁豆腐は味も素っ気もない偽物だよとか言ってくるのかしらん。私は大人になってから食べた杏仁豆腐の方が癖がなくて好きだけど。
杏仁豆腐についての感想を延々と考えるネム。現在、絶賛現実逃避中です。なぜならばゾーアさん、やばいんです。
「喰らえっ! 『炎ネーム』」
手を翳すゾーア。その手に超高熱の溶岩の塊が現れる。うげげ、溶岩だよ、炎と違って、身体にまとわりつくと燃え続けるやつ。
ネムも恐れる炎だから、炎ネームなのね。私は大魔王かよ。
「じゅわっち!」
テンと床を蹴って空へと逃れる。豆腐力発動だと、スラスターはフルパワーだ。可愛らしい足音と違い、爆発するようにリヴァイアちゃんは超加速して、ミサイルのように飛んでいく。
ヒレをフリフリ振って、左にロールしながら空を飛ぶ。その横を溶岩弾が通り過ぎるので、ひやりとしちゃう。
「私への対抗魔法を用意しておくとは、3日でよく考えましたね?」
キュイーンと飛びながら一つ目象へと話しかける。その問いかけにフハハとゾーアは高笑いをして返す。
「当たり前だ! 何をしても貴様は傷つかないし、ケロリとした顔でこちらを攻撃してきたからな! リッチよりもたちが悪い奴め! そのために貴様を倒せる魔法を懸命に考えておいたのだ!」
怒りも混じっているゾーアさんの言葉です。なんか、ごめんなさい。幼女の方が大魔王っぽいかも。
なるほどねぇ、平行世界のネムはゾーアに何をしても倒せなかったが、ゾーアもダメージを与えられずに苛ついていたのか。
こちらもゾーアの杏仁豆腐の衣を打ち破れる方法を考えないといけないな。……なんというか、美味しそうな名前だけど、力は本物なんだよなぁ。
「ブリザードドリル!」
反対に私は真面目な名前での武技を使う。リヴァイアちゃんを回転させて、ブリザードをその身体に纏っての攻撃だ。
吹雪の竜巻を作り出して、ゾーアの胴体に突撃する。杏仁豆腐の衣に阻まれるが、そのままドリルで貫こうと力を込める。
が、ドリルの回転は杏仁豆腐の柔らかいけど反発力のある力に止められて、ブリザードでも寒天状で寒さに耐性があるためビクともしない。
「くっ!」
リヴァイアちゃんのキグルミが半分めり込み、身動きが取れなくなる。
「クハハハ! 杏仁豆腐デスキャンパス!」
ゾーアの高笑いと共に杏仁豆腐がネムの身体を捻るように回転していく。このまま杏仁豆腐の中に封印するつもりなのだろう。杏仁豆腐は美味しいけど、それはノーサンキュー。
「逆回転ドリル!」
反対方向に捻じり、リヴァイアちゃんをなんとか脱出させる。くるくると回転して、床にコロンコロンと落ちちゃうキグルミ幼女。
『高野豆腐ミサイル!』
リヴァイアちゃんの周囲にいくつもの硬い高野豆腐を生み出して、ゾーアに向けて発射する。
『杏仁豆腐ジュース!』
ゾーアも対抗して杏仁豆腐のジュースを高圧で撃ち出す。ジュースに当たった高野豆腐はふやけてプニプニとなり、杏仁豆腐にポヨンと弾かれてしまう。
『雷霆』
純白の雷撃がリヴァイアちゃんから放たれる。
『針供養』
ゾーアは針がたくさん刺さっている豆腐を生み出して、雷の避雷針として防ぐ。針に雷は集まってしまい、バチバチと音はするがその威力は封じられた。
「ムググ。私の技が!」
「驚いたか? 貴様に対抗するために、様々な対抗呪文を考えたのだ!」
平行世界のネムとの戦いで、ゾーアはこちらの手札を知っている模様。こちらは初見なのにズルいよ。
こいつは強い。まさか豆腐百珍技を使いこなす相手がいるとはと、のんびりネムもさすがに焦る。なお、豆腐百珍は技ではなく、様々な豆腐の料理法が載っている本です。そして、今までのゾーアの技に豆腐百珍はない。
「平行世界の私。……これ、倒すのが面倒くさいから、転移からの封印をしましたね? なんで封印はできたのか不思議だったんです」
にゃろうめ。私の性格だからわかるよ。誰かやってくれるだろうと責任放棄したな? 同じ豆腐パワーを使う敵がこんなに面倒だとは……。
「このまま倒してやるぞ! 『豆腐田楽三種』」
炎、氷、雷を宿した串に刺さった豆腐田楽がゾーアの手元に現れる。これもヤバい。串刺しにして、継続ダメージを与えるつもりだ。私よりも豆腐パワーを使いこなしている。浅田コンピュータが搭載されていると見た。
ヒレで頭を覆い、ぽすんと身体を屈めてぷるぷる震えてこちらもゾーアの技を真似しちゃう。
『豆腐サラダ』
豆腐に幾層もの野菜が加わり、飛んでくる豆腐田楽の串を受け止める。貫通性の高い串での攻撃だが、野菜と豆腐の重なった層はその攻撃を防げた。
「ぬうっ?」
ネムの新技にゾーアはうめき声をあげる。今までの豆腐のみを使った単純な技から、料理をした新たなる技へと進化させていたからだ。
「ふふふ。豆腐百珍を使えるのは貴方だけではないのです! 私だって使えます! ありがとうございます、私はまた1つ強くなりました」
恐る恐る防げたかなと、ヒレを退かして、安堵したリヴァイアちゃんはえっへんと胸を張る。
「貴方を上回る私の力を教えてあげます!」
とうっ、と再び飛び上がり集中する。新たなるリヴァイアちゃんだ!
「豆腐百珍100の技の1つ。『砕き豆腐』」
何処かの48の技のように叫び、再び豆腐を生み出す。しかしてその豆腐は小さく砕かれて、そぼろ状に油でからりとあげられて、ふりかけとかに最適だ。なお、レシピの説明をしているわけではないです。
バラバラとマシンガンの弾のように迫る砕き豆腐に、杏仁豆腐の衣で対抗するゾーア。しかし、油で揚げられた砕き豆腐のテカテカした光と硬さに、その柔軟性は消えていき、打ち砕かれた。
「馬鹿なっ! 私の最強の衣が!」
「杏仁豆腐は揚げたらサクサクに美味しく、そして脆くなっちゃうんです!」
驚愕するゾーアに、きりりと眉を引き締めて、幼女はフンスとドヤ顔になる。砕き豆腐の弾の力を見たか!
「おのれっ! しかし勝負はこれからだ! 本気でゆくぞ!」
「望むところですっ」
高レベルな神話の如き戦いがそこにはあった。威力だけを見れば。名前で見たら、冗談のようなアホらしい戦いがそこにはあった。
威力だけを見たら、辺り一面砕き豆腐により破壊されてクレーターだらけ。炎ネームにより溶岩地帯が多数発生。豆腐田楽三種により、凍てつく氷の荒れ地となったり、雷がバチバチと鳴っている高電圧地帯と化している。
これ、ゾーアを倒しても、カジノ使えるのかな? 私、しーらない。幼女はお片付けをすると言って、頑張ったらますます散らかすものだもん。
中のおっさんは大人だろという世界の理に背を向けて、ゾーアへと勇者ネムは向き直る。大魔王ネムかもしれない可能性あり。
『極大爆弾豆腐』
丸豆腐の中に様々な具を入れた、びっくり豆腐がゾーアの手のひらに作られていく。あれを放たれたら、ここら一帯は全て消えてなくなるだろうと、その豆腐力を見て、眉をひそめちゃう。
だが、幼女だって負けていない。高らかに小鳥のような声をピッピッと奏でて豆腐力を使う。
『玲瓏豆腐』
キラキラと寒天に包まれた美しい豆腐がネムの前に現れる。その涼やかな見かけは夏にぴったりだ。なお、料理勝負ではありません。
玲瓏豆腐はその周囲を急速に冷やしていき、あっという間に雪荒ぶ世界へと変えていく。先程の豆腐田楽の氷よりも遥かに強力だ。
「我の極大爆弾豆腐が負けるかぁ!」
「私の豆腐力を見よ〜っ!」
二人はそれぞれ自信を持っている魔法を相手へと放つ。味を比べてくれる監査員はいないので、相手に食べさせるしかないのだ。いても、こんなん食べたら死ぬだろうから、食べないだろうけど。
極大爆弾豆腐と寒天に覆われた美しい豆腐が空中でぶつかり合う。
「うにゅにゅにゅ」
「ウォォォ!」
押し負けないように、お互い豆腐力を力の限り出していく。そのエネルギーは余波となり、空間を歪めて大地を揺らす。衝撃波が波紋となって、ネムの白銀の髪をバタバタたなびかせる。
押し勝ったのはネムであった。エネルギーを貰って作られたゾーアと元々力を持つネムでは、地力が違ったのだ。
極大爆弾豆腐が凍りつき、パリンと粉のように砕ける中で、押し勝った玲瓏豆腐はゾーアのカラダに命中した。
「ば、馬鹿なっ! 我の考えた究極最大魔法が!」
命中した箇所から、寒天に覆われるようにゾーアは凍りついていく。ピシリピシリと急速に凍らされた余波で、身体にヒビが入っていく。
「ゾーア!」
幼女はチャンスだと叫んじゃう。そうして、トドメと自らのキグルミに力を送る。オーラが鳳凰の形へと変わっていき、コケコッコーとキグルミは啼く。
『ファイナルリヴァイアちゃんアタッーク』
その身体をエネルギーの塊として、ゾーアに突撃する。太陽のような光と膨大な熱量を宿して。
「物理反射が我には残っている! そのような攻撃、効くかぁ!」
ラクシャーサとかラクシュミではなくてギリメカラだった模様。ゾーアの身体の表面に鏡のような障壁が出現した。が、無駄なのだ。
「ファイナルリヴァイアちゃんアタックは、エネルギーの塊。すなわち万能属性なんです!」
あっさりと障壁を打ち砕き、リヴァイアちゃんはコケーとゾーアの身体を貫いた。莫大なエネルギーが周囲を吹き飛ばし、ゾーアの身体に大きく穴が空く。
「ば、馬鹿なっ! 完全体であるはずの我がっ! 浅田最強号の私が破れるとはっ! 馬鹿なぁぁぁっ!」
断末魔をあげて、ゾーアの身体はヒビが入り白き光が内部から漏れ出てくると、大爆発を起こした。辺りは爆風により吹き飛んで、その後には水晶が残るのであった。
砂埃で目が見えないよと、ヒレでクシクシお顔を擦るキグルミ幼女。どうやら倒したみたいだねとホッと一安心。
水晶は大丈夫みたいだけど………。ヒビとか入っていないよな?
水晶とゾーアの持っていたまったく使わなかった槍。そして、水晶のように半透明にキラキラと光る豆腐が一丁。なにこれ?
なんでお豆腐がと、ポテポテと近づこうとする中で、水晶が震えて声が聞こえてきた。
『再起動を開始します。カジノモード、モンスターモードのどちらにしますか?』
「カジノモードでお願いしますっ」
ヒレをパタパタさせて、反射で答えちゃう。その答えを受けて、水晶が強烈な光を放ち、カジノをあっという間に修復していく。もはや人外魔境となっていた世界を、スロット台が並び、ルーレット台や、ポーカー台などがある平和な世界へと、その純白の光で。
ドームに空いた屋根をも修復していく。凄いエネルギーだ。平行世界のネムはどれだけエネルギーを突っ込んだの?
それと共に、ネムの持つ指輪も光り始める。どうやらこの世界はクリアした模様。カジノを転移させるためだろう。いつもと違い、一瞬ではなくて空間がゆっくりと歪んでいくのがわかる。
「素晴らしい。これが進化の粒子の結晶でござるか」
のんびりと、転移を待っていたネムであったが、聞き覚えのある声に慌てて振り向く。
そこにはゲルマが立っていた。手には豆腐と、小さくなった槍を手にしている。槍はサイズを自由に調節できるっぽい。
「ゲルマさん? ……本当に?」
なんだか変な雰囲気だ。ゲルマの身体から闇のオーラが吹き出ているので、怪しすぎます。
ゲルマはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。と、その身体が崩れ落ち、なにかが抜け出してきた。
それは以前に見た姿であった。
「久しぶりだな、ストレンジャー。いや、この世界の君とは、はじめましてとなるのかな?」
闇のオーラを纏い、だいぶ邪悪そうになったいるが、それは水の世界で出会った浅田艦長であった。




