94話 悪魔のカジノとキグルミ幼女
音が洪水として響き渡るカジノ。アタミ浅田カジノ。また浅田だよ、コンチクショー。大企業浅田コーポレーション。常に余計な実験しかしていないらしい。
やはりカジノは地平線が見えそうなほど、奥行きが見えない。空間がなんかあーなって、こーなって、そんで、グニャーってなっているに違いない。
おいっちにー、さんしーと、ラジオ体操のように身体をクネクネさせて説明する愛らしい幼女がここにいた。
擬音で頭の悪さを誤魔化すネムである。空間が歪められていることは確かだ。幼女の脳内も歪められていることは確かだ。
「さて、アローラさんを起こして、水晶のところに行くか、起こさないで行くか……個人的には起こさないで行きたいんですが……」
寝ているアローラを介護しているお優しい静香をジト目で見ながら、幼女はコテンと首を傾げて迷う。どうしよっかなぁ。
「というか、イラはよくわかりましたね? 目敏いです」
「闇系統魔法がこれでもかと使われていましたからねぇ。しかも同じ規格ですし」
マイラの高慢な演技を止めて肩をすくめるイラ。同じ規格ねぇ……嫌な言葉だ。
「悪魔ばかりいる世界なんです?」
きっと人修羅がカオスルートを選んだ世界に違いない。リメイク版はおっさんは課金して序盤でレベル99にして満足して止めたから、あの世界は卵のままだったけど。
「先程のナベリウスもしかり。強力な悪魔たちが彷徨いていよう。ゲルマに使役されていたようじゃが……悪魔をそう簡単に使役できるとはおかしくないか?」
眉をひそめて、マイラちゃんモードなので、マイラと呼ぶが、マイラは疑問を浮かべる。たしかになぁ。変な話だ。あいつらを全部殺さずに倒したのかな? 仲間になりたそうな目をしていたのかな?
それにここもよくわからん。悪魔に滅ぼされた世界だよとは予想したが、怪談繋がりでそう予測しただけであって、実際は違う可能性もある。指輪の力を考えると、そう外れてもいないと思うけど。
「悪魔が大量にいるという予測はしているんですね。なんでカジノに悪魔創造プログラムが仕掛けてあるんでしょう?」
「その話は後でにしましょう。奥に進めばわかるわよ。そろそろアローラを起こしましょう。ちょっと守るのは面倒だわ」
アローラを介護していた優しいサイレントアイは、懐に何かを仕舞いつつ真面目な表情で言ってくる。用がなくなったら、いらないらしい。懐からなにかキラリと見えているけど、いつものことだから仕方ないや。
「とりあえずはアローラさんを起こして、正解ルートで奥に向かいます」
「あら? この空間が歪曲している世界で正解がわかったの?」
サイレントアイが面白そうな表情で尋ねてくるが、アホだと永遠にこの世界に閉じ込められそうだから、本気を出すのだ。転生してからは頭を使いたくないのにと、プクッと頬を膨らませちゃう。幼女は不機嫌なんだよ。
ぽてんと床にお座りして、闇の魔法陣の回路をほそっこい指でなぞる。
「これが魔力吸収装置ならば、奥までエネルギーを運ぶ回路はこの空間の影響を受けないようにしなければなりません。この回路を見てみると周囲に広がる中で数本だけ奥に向かっています。その回路の上を歩いていけば、空間歪曲の影響を受けないかと。回路を壊しても良いですが、ゲルマさんに追いつかれることを考えると得策ではないですしね」
あの人、すこーしばかりおかしいよな? 工作員にしてはベラベラ喋るし、持っている能力もよくわからない。侍+悪魔使い?
ちょっと警戒が必要だ。ハンスちゃんを封印した手並みといい普通ではない。
「わかった。それではこの小娘を起こすとするか『目覚めのハリセン』」
マイラちゃんは闇のハリセンを手に創り出すと、ぺしんとアローラを叩く。寝かされたり、起こされたり、宝石を落としたりと、不幸な少女である。宝石は落としたんだよ?
「うぅ〜ん、ここはどこ? 私はだぁれ?」
「疲れが溜まっていたんですよ。それよりも正解ルートがわかりました。急いでこの元凶を止めに行きましょう」
目をこしこしと擦りながら目覚めたアローラの手をとって、ぽてぽてと歩き始める。大急ぎでクリアしたい。怪談の意味が気になります。鬱な展開は勘弁ね。
「う、うん。了解」
小さい幼女におててを引っ張られて、アローラは勢いに負けて頷きついてくる。トテチタテーと回路に沿って走り始める幼女たち。幼女のコンパスは短いので、あまり走っているようには見えないけど。
回路に沿って歩く中で、アローラはサイレントアイとマイラちゃんをチラチラと見て、こっそりとネムの耳元に話しかけてくる。息がかかって、こそばゆいよと、クスクスと身体をくねらせちゃう。
「あの人たち、知ってるの?」
「えと、サイレントアイさんはいつも私を助けてくれる正義の味方です。マイラちゃんは私の力が欲しくて、なんだかんだと助けてくれる人です」
サイレントアイの説明が嘘くさいけど。
アローラはその説明にキラキラと目を輝かせて、フンフンと鼻息を荒くする。
「そうなんだ! 良いなぁ、まるで漫画みたい! 僕もそんな仲間がいたらなぁ」
憧れた世界はここにあったんだねと、興奮するアローラ。どうやら戦いに漫画のような世界を求めているらしい。
その純粋な表情に、フッと冷笑を浮かべたい幼女。
「戦いはいつも無常で、漫画のようなワクワクする展開はありません。残酷な世界なんです」
存在がギャグキャラのようなおっさん幼女はニヒルに笑おうと、クワックワッとアヒルの鳴き声の真似をする。幼女なので愛らしい。腰の後ろで手をパタパタさせて、羽を羽ばたかせたりする真似もするので、アホらしい。
「ふふふ、ネムもなかなかやるね?」
「アローラさん、私たち親友になれますね」
謎の連帯感を得て、2人はガシッと握手をしてお友だちになった。アローラにとっては悪手であると思うのだが。うふふ、漫画借りようっと。
「そろそろスロット台の風景が変わってくるわよ」
サイレントアイが横を歩きながら、周りを指し示す。スロット台とルーレット台が並んでいた風景が移り変わり………。
「あの、スロット台が古ぼけてきましたよ? なんで、こんなにボロボロに?」
錆びたスロット台に埃の積もった半壊したルーレット台。元の世界に戻った……というわけではないらしい。
一気に古ぼけていく風景。だがホログラムはそのままだし、スロット台にもランプは生きている。電源は入っている。
「どうやら、今の世界から数万年さらに経っているみたいです」
今のアタミ浅田カジノは埃は積もっているが、それでも錆びたり壊れたりはしていない。
「え? な、なに? なんなの? 僕にもわかるように教えてよ! ワクワク展開? 僕はなにかに巻き込まれたの? ねぇねぇ」
クイクイと手を引っ張ってくるアローラ。なにか訳のわからないことに巻き込まれたんだと、期待している。恐らくは厨二病に罹ってしまったのだろう。
「アローラさん、ここは見てみぬふりがいいかと。ここからはこの私がボスの秘密結社パラソルの秘密でワクワクする展開しかないので」
キリリと真剣な表情で厨二病が好きそうな言葉で煽る幼女に、ますます興奮するアローラ。
「やだぁ〜。僕もワクワク展開に入りたい!」
首を振ってイヤイヤをするアローラ。
「精霊の契約を結べば、パラソルに入れます。ただし他言無用なんです。契約を破れば、あんなことやこんなことになっちゃいます」
「なる、なりまーす! 精霊の契約をしちゃう!」
考えることなく、秒で決断するアローラ。わかりましたと、アローラと繋いているおててに力を籠める。
「わかりました! それじゃ貴女が2番目の私の部下ですね」
「やったぁ! っとと?」
ごっこ遊びをするアホな2人であったが、アローラはネムと繫いでいる手から純白の力が流れ込んでくることに目を見張る。
「アホなやり取りはここまでです。精霊力を分け与えますので、この先の悪魔たちを倒してくださいね」
ニコリと悪戯そうに笑って、ネムは目の前を指し示す。
そこには悪魔たちがいた。スロット台の影から、ルーレット台を壊しながら。
スライムに何個もの悲痛な表情の人間の顔が無数に浮かんでいるやつ。脳みそをむき出しして、針金を体中に巻いている皮のない人型。
頭に目玉が何個もついている鼻も口もない虎のような獣。上半身のみが繋がっている人間のような化け物。後ろには5メートルほどの背丈の体中に口がびっしりとついている巨人。
綺麗な姿の悪魔は一体たりともいない不気味な悪魔たち。
「それではおまかせしますね?」
ぽてんとネムは床に倒れて気絶した。SAN値チェックに失敗しました。かっこいい悪魔じゃなくて、不気味系は勘弁してください。
紙よりも薄い精神はネムの弱点なのだ。
「ちょっと予想外の悪魔たちよね。もう少し悪魔悪魔した敵だと思ったのに」
「妾たちで倒しきるには、少しばかり数が多いかものぅ。闇系統の魔法は効きにくい敵だしの」
ワラワラと影から抜け出してくる悪魔たちはきりがなさそうだ。かなりの多さであり、倒すのは大変そうだ。
「キジャァ」
「ウリァァ」
「ういりぃぃ」
押し合いへし合い悪魔たちは、こちらをターゲットに向かってくる。
「まぁ、弾が尽きるまでは付き合うわよ」
箱を空間から呼び出して、固定式重機関銃を取り出すと、銃を構える。引き金に手をかけると、引き金を引く。ダラララと轟音を響かせて、空薬莢が高速で排出されて、鉄のシャワーが敵を襲う。
弾除けの魔法が掛かっていても関係なく敵を肉塊に変えていく。
「う〜む、とりあえずは爪だけで倒すか」
弾幕から逃れた足の速い無数の目玉だけの頭を持つ虎のような悪魔が接近してくるので、マイラちゃんは爪を伸ばして一閃する。柔らかい豆腐を切るが如く、さっくりと分断する。
『獄炎』
協和音をたてて、口を身体中につけている悪魔が爆炎を生み出して、サイレントアイたちに迫る。
「きたれ、ソロモン72柱の1柱、氷の魔神クロセル!」
アローラが遠野物語を翳して、氷の魔神を召喚する。ソロモン72柱のまともな魔神である。黒い羽を生やすトーガを着た男性の姿だ。
「クロセル。炎を弾き返せ!」
『氷獄』
クロセルはアローラの言葉に従い、手を振る。迫る炎は一瞬の内に凍りつき、氷のオブジェと化す。
「アハハハ! 凄いや、力が魔力が漲っている。これが精霊の力! 魔神をいくらでも喚び出せちゃうよ」
早くも力に飲まれて、哄笑する召喚少女。圧倒的な魔力に酔いしれているみたい。
気絶したネムはコロンコロンと転がって、スロット台の影に隠れると嘆息する。
「どうも早めに片付けないと、この世界、やばい感じがします」
ふぃーと息を吐くと力を集中させる。キラキラと純白の粒子が身体を覆う。
ペッタラペッタラとヒレの足を進めるその姿は、久しぶりのリヴァイアちゃんだ。胴体からちょこんと幼女が顔を出して、リヴァイアちゃんの頭がフルフルと震える。
「先行して片付けてきますので、注意を引いておいてくださいね」
ちらりとスロット台の影からサイレントアイというか、静香を見ると、肩をすくめてくるので大丈夫だろう。
「では、リヴァイアちゃんウイング!」
ヒレをピンと伸ばして、キグルミ幼女は空へと飛び立つのであった。




