93話 わんこ対黒竜ちゃん
ナベリウス。素早くネムはネムペキディアから、その悪魔の知識を引っ張り出す。どこかで聞いたことがある名前だ。
カシャカシャと優秀なるネムの頭脳は動き出す。
チーン、検索ゼロ
ないみたい。幼女の記憶力は伊達ではないということだ。聞いたことがあると言いながら記憶にないことが多々ある幼女である。
「ナベリウスはお鍋の魔物です?」
名前がナベだからと、とりあえずアホな確認をする。犬の魔物を前に余裕な幼女。不自然すぎる余裕さなので、怪しまれる可能性があるのでもう少し怖がった方が良いと思います。
「ナベリウス。ケルベロスとも言われる悪魔だよ。伝承では地獄の番犬って、元は人間のように二足歩行の不気味な悪魔だったんだ」
「説明役ありがとうございます、アローラさん」
さすがは召喚士、敵の悪魔をデビルアナライズできるらしい。ケルベロスの元のモデルかぁ。……ケルベロスよりも不気味そうで強そうだ。体格は地獄の番犬の方が大きいだろうが、2本足で立つ獣人の方が不気味で強そうだ。
「躾をできるほど、強そうには思えんな!」
犬頭たちは牙を剥き出しにして、グンと加速をしてマイラへと突撃してくる。それを余裕の笑みで黒きつば広の帽子を傾けてマイラは無防備に立つ。
目の前に上空から迫る一頭の犬頭。クイッと顎をあげて、マイラちゃんは腕を振るい、爪を薙ぐ。5本の指から生える剣のように長い爪は、鋭さをみせて、ナベリウスの犬頭を5等分に分断させた。
「ぬっ?」
だが、マイラちゃんの死角から這うように犬頭の一つが迫り、ガブリと脇腹に食いつく。
「クハハ! 油断したな?」
源太は勝利を確信し、ワンワンと吠える。が、ニヤニヤとマイラちゃんも笑い返す。
「いやいや、油断したのはそなたの方かもしれぬぞ?」
マイラの言葉に不可解な表情になる源太だが、なぜ敵が余裕の笑みなのか、すぐに理解して顔色を変える。
「ちっ、普通ではないな、お主!」
マイラちゃんの脇腹に噛み付いている犬頭。だが、脇腹を抉り取るどころか、血も出ていない。それどころか、噛み付いている犬頭がシワシワに縮んでいき、まるで枯れ枝のように灰色となっていく。
「吸血鎧だ。なかなかの威力だろう?」
『吸血鎧』は、攻撃した敵の体力を奪い取る魔法だ。噛みつかれる寸前にマイラちゃんは自分にその魔法を付与させていた。
首もどんどん枯れていき、小さくボロボロとなっていくので、源太は手に持つステッキを一閃する。ヒュンと風斬り音が一度すると、噛みついていた犬頭の首が根本から切れる。
「なかなか対処が早いな。わんころにしては頭が良い!」
首から胴体へと、生命力を奪われる可能性を考えて、源太自ら首を切ったのだ。忌々しそうに、愉快に嗤うマイラちゃんへと、源太は睨みつけ、ステッキを向けてくる。
「本気になってやろう! ナベリウスの力を思い知るが良い!」
『界キルト2倍』
攻撃力を跳ね上げる補助魔法を使い、源太の身体を赤いオーラが包む。ひっとぽいんとを無効化してくるマイラの攻撃に恐れを持ったこともあるのだろう。
ゆらりと残る5頭をマイラちゃんを囲む位置に移動させて、ステッキを振り下ろす。
『狼牙螺旋撃』
犬頭たちは、牙を剥き出しにして、一瞬の内にマイラちゃんを交差して通り抜けていく。ドレインも一瞬なら耐えきれると考えて、マイラちゃんの身体を抉り取ろうとしたのだ。
噛み噛みとマイラは身体をえぐり取られて、ズタズタになる。鮮血が吹き出して、死んでしまうかと思いきや……。身体が穴空きチーズのようになっていても、ビクともしていない。ニヤニヤと嗤うのみ。
「な、なんじゃ? なぜ噛んだ感触がない?」
犬頭の口の中に肉の感触がなく、ナベリウスは各々の口を開く。抉りとったはずの肉塊はそこにはなく、かすかに闇の綿飴のような欠片が残っているのみであった。
「これはいったい?! 貴様、何をした?」
戸惑いながらナベリウスが言うが、目を見開き理解した。抉りとった箇所が闇のオーラが集まってみるみるうちに回復していったのだ。
「まさか、貴様、ヴァンパイアか!」
霧化したのだと悟ったナベリウスは目を険しくして叫ぶ。このようなことをできる幻獣はなかなかいない。姿格好から予測するに、ヴァンパイアなのだろうと推測したのだ。
だが、マイラちゃんはその問いかけを鼻で笑い飛ばす。ゆらゆらと伸びた爪を揺らしながら、牙を覗かせて。
「ヴァンパイアなどという弱点だらけの種族とは違う。妾はのぅ……。ドラゴンじゃ!」
ナベリウスへと手を突き出すと、腕が膨れ上がり竜の頭となり巨大な顎が口を開く。ぞろりと生えた牙が光り、わんころに迫っていく。
『空気障壁』
空気の障壁を咄嗟にナベリウスは生み出して、その突進を止めようとする。だが、エアクッションとなり、突進などの衝撃を緩和するはずの障壁は無理矢理押し貫かれて、ナベリウスの身体に噛み付く。
「犬は噛み合いにより、上下を決めるらしいが、降伏するか?」
「グガガ。悪魔を舐めるなよ、ドラゴン。『デルタブレス』」
残った犬頭が炎雷氷とそれぞれ違う属性のブレスが同時に吐かれようとするが、既に遅かった。
「妾に噛み付くのは悪手であったぞ? 『闇触手縛』」
犬頭の口に残っていた闇の綿菓子の欠片が膨れ上がると触手と化してその口を塞ぐ。うぐぐと口を開こうとするナベリウスであったが、胴体を噛んでいる竜の口が強く締められていく。ひっとぽいんとがその噛みつきで、完全に消えていくのを理解して、ジタバタとナベリウスは暴れるが、もはや犬には勝ち目はない。
『闇竜顎』
マイラちゃんの魔力が籠められると、一際強く噛み締められて、遂にナベリウスの身体はバクリと食べられてしまうのであった。
バラバラと残った肉片が散らばる中で、フンッと鼻を鳴らしてマイラちゃんはあっさりとナベリウスを倒した。
「ふふん、躾を拒否するとは愚かな犬っころよ」
竜と化していた腕を元に戻して、こちらを振り返って、ギロリと睨んでくる。
「このようなところで死んでしまっては困る。汝の力は妾のものだからのぅ」
天ぷらいっちょと、おっさんが言ってみたいセリフトップテンを口にするマイラちゃんに、幼女はムムムと考えちゃう。なにか、ハードボイルドなセリフで返さなくちゃと、幼女はハードボイルドだからと、眉をひそめて考えちゃう。なにを言ってもハードボイルドにはならないとは思わないネムである。
「ウヒャー! この人仲間だよね? 凄いや、初めて現実で聞いたよ! 漫画とかアニメでは同じようなセリフを言うキャラを見たことあるんだけど、本当にいたんだ!」
感動ですと、アローラはぴょんぴょん飛び跳ねて、ネムの肩をガクガク揺さぶる。マイラちゃんを全然警戒していない模様。
「漫画にアニメ! 私も見てみたいです。なにを持っているです?」
マジかよ、遂に漫画に出会えたよと、幼女も今まで見せたことのない、最高のスマイルで尋ねちゃう。くねくねと小柄な体躯を揺らせて、幼女ダンシング。
「えっとね〜。いまいちよくわからない学校漫画。なんか金髪に染めてるのとか服をだらしなく着ているマゾな人たちが、快感を求めて常に殴り合っているやつと〜、大魔王を倒す、報酬を求めない勇者の話と〜、あとは新しい敵が常に出てきて、世界の危機にそのたびになるやつ。あとは1日外出券で食べ歩きをする地下帝国の奴隷の話かな?」
意外と持っていた。んと〜と、顎に手を当てて教えてくれるアローラ。この娘とは絶対に友達になるぞと心に誓う。何冊か貸してほしいです。
ふぁんたじ〜の世界に相応しい雑談を始めようとする2人であったが、コツンと頭を叩かれた。
「妾を無視するでない。で、そなたはここがどこだかわかっていて、そんなに余裕なのかのぅ?」
折角のマイラちゃんモードなんだからと、悪役を演じて、ニヤニヤと嗤ってくる。
その嗤いに嫌な予感がしたので、そっと指輪を擦る。
『夏と言ったら怪談世界。現在その境界線上』
マジかよ、また異世界転移しているよ。これ、いったいいつ転移したん? 乱打転移? まったく気づかなかったんだけど。ゲルマいたよね? 境界線?
いくつものハテナマークが、ネムの頭上に浮いて、知恵熱でプシューと湯気を立てちゃう。なにそれ〜。
「どうやら活性化させぬように、そなたは移動させられたみたいだな」
腕組みをして、スイカのような胸をポヨンと強調させながら、面白そうな表情で黒いルージュを塗りたくった唇を歪めるマイラちゃん。
「活性化とはどういうことかしら? なにか気づいたの?」
腕組みをして、小玉スイカのような形の良い胸を強調させながら面白そうな表情で妖しい笑みを浮かべる静香。
「私も聞きたいです。なんか、危険だから隔離されたように聞こえるんです?」
腕組みをして、平坦なお胸にどら焼きをんせんせと押し込んで、二人に胸の大きさで対抗するアホな幼女代表ネム。
よくよく考えたら、なんでここにいるのと疑問に思われてもおかしくない面子だ。3人ともまったく脈絡なくここに現れたからなぁ。
「こういうことじゃ」
パンと、マイラちゃんが柏手を打つ。と、その乾いた音が周囲に広がっていき………。
チャラララ〜、チャラララ〜、ガンガン
一気にスロット台が大きな音を奏でて、色とりどりのランプが灯り始めた。どこからかクラッシックの品の良いBGMが聞こえてきて、天井にようこそアタミ浅田カジノへ! とホログラムが映し出された。
この世界に転生してから、初の騒音とも言える音の洪水にクラクラしちゃいながらぽかんとお口を開けて幼女はアホみたいに驚いた。元々アホなので、みたい、ではなかった。
「なんで、カジノが復活してるんです? まだなにもしていないです!」
「うはぁ〜、動いているカジノって初めて見たよ! うるさいんだねぇ」
ネムは驚き、アローラは感動してキラキラとおめめを輝かせる。その額にピタリと指をつけるマイラちゃん。
『スリープ』
パタリと倒れるアローラ。ここから先は秘密結社パラソル内の話なのだ、悪いね。
「未だに元の世界ではカジノは復活しておらぬ。しかし、仕組みは同じなのじゃ。みよ、この床は微少な魔力を吸収する床じゃ。本来はこんなものは電灯代わりにもならぬ」
指先をクルリと回転させると、床の偽装か解けるように消えていき、赤い絨毯にコンピューターの回路のようなものがいくつも伸びていた。
「闇系統の魔法じゃな。故に我は気づけた。恐らくはあのままなら制御不可能な活性化を水晶はしたのだろうて」
微少……幼女の微少は惑星クラスからの微少だ。簡単に水晶はエネルギー満タンにしていただろう。魔神ブブがあっさりと野菜人の戦いで復活エネルギーを満タンにしたようなものだ。
ちくしょーと、マイラの言葉に歯噛みしちゃう。アホなままでは不可能な物事だ。少し本気を出して考えるとするか。
ぐるぐると頭を回転させて、床に寝っ転がり、小柄な可愛らしい身体をコロコロとさせながら、考える。チクタクポーン。
「閃きました! もし、制御前に活性化させたらどうなったか、それを教えるための世界です!」
これまでの事柄を推測するに、そんな感じだと思う。サロメのパクリ? さ、さぁ、幼女のアイデアだもん。
常に平行世界で世界を救ってきたからわかるよ。世界の名前もそんな感じだし。たぶん、今回は……。
世界が滅んでしまった平行世界じゃないかなぁ? だって、背筋がぞわぞわと恐怖で震えているしね。
怪談話らしいよ。




