91話 僕っ娘召喚士とキグルミ幼女
ドームのような天井はかなりの高さだ。野球ドームのような天井付近までワイヤーを伸ばした静香は不敵な笑みを浮かべて、キリキリと引き戻して空を飛行していた。
「これは予想外ね。正体をバラすわけにはいかないし」
魔法陣の中にはハンスちゃんが封じられている。封魔の縛鎖だけでは飽き足らず、魔法陣での封印も施されているので、身動き一つとれない。
ネムが操ろうと念を送ってもピクリともしない。なにか、外からの電波を防ぐ効果もあるのだろう。おっさんの脳波なので毒でんぱを防ぐ魔法陣なのかもしれない。
「その子落とさないようにね? 助けたお礼に宝石をくれるかもしれないわ。なにかあの侍は王宮召喚士とか言っていたし」
「それは大丈夫ですが、欲張りすぎでは?」
ちっこいおててに、普通の幼女なら持てないだろう重さの召喚士少女に絡みついている鎖を軽々と持ちながらジト目で見つめる。この子、たぶんこの服から推測して、王子に変身していた子だよね? ジャラジャラ宝石を身に着けていなかった?
「くっ、あの侍。少女の宝石を奪うなんて酷いわね。きっともう帰ってこないわ。これは決定ね」
可哀相な少女よねと、くぅと悲痛な表情な静香さん。その手には新しい指輪がキラリと光っているような気がするが気のせいだろうか。
推定第一容疑者は、他の人間を眉一つ動かずに犯罪者に仕立て上げた。たぶん完全犯罪の可能性あり。
「まぁ、この子、おうちに大量に宝石とか仕舞っていそうですしね。なんとなくこの子の役割わかりますし。騙されましたけど」
やはり王子がお供二人は不自然だったのだ。おかしいと思ってはいたが、あの強力な個性により、その疑問は煙に巻かれてしまった。なかなかの演技派だ。私と同じ演技派だよとネムは苦笑しちゃう。
シュイーンとワイヤーが引き戻されて、天井へと到達しそうになった、切り離して、再度、先までワイヤーをもう一度静香は撃つ。
「そのとおりね。魔法使いは何重にも自分の身を守るための物を持っているはずよ。懐を探る時間はなかったから、まだ隠し持っていると侍は警戒しているはずよ」
「後半のセリフが変な感じがしますけど、良いです。地上に降りましょうよ。というか、このドーム大きすぎじゃないですか?」
野球のドームより広いよ? 先が見えないよ? ここの奥行きどうなってるの?
ずらりとスロット台が地の果てまで伸びており、ルーレット台やポーカー台なども並んでいる。おかしくない? 数万人どころか、数十万人が入れそうなドームだ。
「なにか秘密がありそうね、オーケー、とりあえず降りるわよ」
シャララとワイヤーを引き戻すのを止めて、地上へとゆっくりと降りる。ていっと召喚士少女の鎖を解き放ち、床へと落とす。
「グヘ」
床に落とされた少女は、痛そうな声をあげて、身体を動かす。
「ここ、どこ……? 僕はいったい? ……」
目を覚ました少女がこちらを見てくるので、何も幼女わかんないと、指をバブバブとしゃぶるベイビー幼女。どして、あたちはここにいるの? ここはどこ?
貴女はアホな幼女、ここはカジノです。とは、誰もツッコまずに、起床した少女に、ぽすんと床に座って問いかける。
「貴女はどなたでしょうか? 私もここにいきなり来てしまい訳がわからないのです」
「とりあえずは私が助け出したの。ちょっとそこでジャンプしてみてくれないかしら」
カツアゲをナチュラルに行おうとする静香は放置して、少女を見ると、自分の姿を確認してため息をついてきた。
「変化が切れてる……そうか、さっきの戦いでジーライ老が『乱打転移』を使ってたよね。はぁ〜」
顔を覆おうとして、鎖にぐるぐる巻きになっていることに気づき、ますます落ち込む召喚士少女。
「えと、私はネム・ヤーダ。イアン・ヤーダ伯爵の次女です。こんにちわ」
「あぁ〜、どーもどーも。僕の名前はアローラ・ゴールド。ドルハコ・ゴールド子爵の長女だよ」
お気楽そうな声で、ゴロリと転がると嫌になっちゃうぜと眠たそうにするアローラ。金髪のショートヘア、眠そうな目で、怠惰そうにしている可愛らしい少女だ。なにか通じるものをネムは感じちゃう。シンパシーというものだ。
「あ〜、もう、参っちゃうよな〜。王子に手柄を立ててこいと言われたのに、ダンタリオンとオセがやられちゃったよ〜。あれを召喚するのは何日も魔力を貯めないといけないのに〜。ブラック、ブラック企業だよ、王宮なんかに雇われるんじゃなかった。あ〜、嫌になっちゃうよね〜。仕事したくなーい」
「お仕事大変なんです?」
「大変なんです〜。先月2日しか休んでないんですよ? 給料は破格だけど、使う暇も無いっつ〜の。全部宝石に変わっちゃうよ〜」
給料は破格なのかと、同情心を半減以下にする心の狭いおっさん幼女。ブラック企業とは残業代はもちろん出なくて、休日出勤当たり前なのだ。給料が破格の場合はブラック企業に適用してよいか難しいところだよ。一番怖いのはそんな会社で、俺が休むと会社が回らなくなって大変だと、頑張って働く社畜な人なんだけどね。一人が休んでも、実は仕事って結構回るもんなんだよ。歯車と違って、人間はフォローし合うので。それに気づかない人が過労で倒れたり鬱病になったりするんだよね。
前世の暗い思い出を記憶から引っ張り出すおっさん。おっさんの前世では残業代は……でたな。有給取りにくかったけど。忙しかったけど、頑として休日出勤はしなかった記憶があります。
前世での記憶ではブラック企業ぎりぎりの会社だったなぁと、休日出勤を繰り返して、結局鬱病で長期休暇に入ってしまった同僚に頑張り過ぎなんだよと同情する余裕のあったおっさんは遠い目をした。鬱病になった人の仕事がそのまま負担になるからきつかった。しかも鬱病の人も課の人員に数えられているから、代わりの人手は増えないという負の連鎖だ。
そんな暗黒時代を思い出して落ち込んで、もはや、アローラの話は聞いていない可能性あり。
だが、幼女は話を聞いていなくても、もう一人は食いついた。ダボハゼのように食いついた。
「大変だったのね。私が友達になるわ。今度、その宝石コレクションを見せてくれるかしら? 泥棒に入られないように、気をつける注意点を教えることができると思うの。私は正義を愛するジュエリー星の魔女………サイレントアイよ」
泥棒が一番忠告する内容は正しいらしい。なので、倒れ込んでいるアローラの前に座り込んで慈愛の笑みを浮かべる静香。たしかに泥棒の忠告は的を射ているのだろう。問題は忠告した泥棒が侵入する可能性が高いという点に目を瞑れば。
「なんか怪しい目つきだよねぇ。安心できない感じしかしないんだけど?」
なかなか人を見る目のある少女である。静香が妖しすぎるという点もあるかもしれない。
「とりあえず聞きたいんだけど、君たちが僕を捕まえたわけ? ……そうではなさそうだよね。ねぇ、君たち、僕は王宮召喚士。フォーア王子直属の召喚士なんだ。なにが起こったのか教えてくれない? というか、なんで精霊の愛し子がいるの?」
この娘も私を知っているらしい。そりゃそうかと、ネムは納得しながら、ここに至る経緯を真面目な表情で話す。幼女が真面目な表情になってもシリアスにはならないが。可愛らしいだけだけど。通りすがりの人なら不機嫌なの?と飴ちゃんをくれるだろう。
「実は私は精霊界でこの地を眺めていました。そうして、お弁当を食べようとおにぎりを出したら手が滑って、すってんころりん、すってんてんと」
全然真剣に教える気はなかった。設定を考えるのが面倒くさいということもある。
「ネム。ボケるのはそこまでよ。どうやら追いかけてきたみたい」
金属の大きな箱を空から取り出すと、静香は箱を開きサブマシンガンとマガジンを取り出す。さり気なくその際にネックレスやら指輪を大量に仕舞い込んでいたが、見てみぬふりをします。
後ろを振り向くと、ワンワンと牛みたいにでかい犬の群れがスロット台を縫うように走ってきていた。
「ゲゲッ、ヘルハウンドじゃないか。ぼ、僕の鎖を、これを外して! 戦えない、死んじゃう、食い殺されちゃうよ!」
慌ててジタバタと暴れ始めるアローラ。どうやらようやく危機感を持ったらしい。
腰だめに構えて、タラララとマズルフラッシュを光らせて、静香がサブマシンガンを撃つと、弾丸の嵐はヘルハウンドたちに向かう。
弾丸はヘルハウンドの体内に入り込むと、内部から爆発して周囲のヘルハウンドたちもその爆発に巻き込む。
「ロケットマシンガンよ。ロケットハンドガンはゴミだから改造したの」
「あれは参りましたね。ロケットハンドガンの威力低すぎです……そのサブマシンガンも威力は低そうです?」
連射により辛うじてダメージを与えたのだろうが、頭を振りながらヘルハウンドとかいうでかいドーベルマンは立ち上がってくる。
「死なない敵の相手は慣れているの」
妖しい笑みで、マガジンを入れ替えると再び連射をする。敵は爆発する弾丸を前に吹き飛ばされて、また立ち上がろうとしてきている。
「くっ。ハンスちゃんが封印されていなければ、あんなの簡単に倒してくれるんですが」
思念が届かない以上、ハンスちゃんは動かせない。何気にピンチだよと、キグルミ幼女はキグルミが奪われて、おててをぎゅっと握りしめて悔しく思う。
もう一体創ればいいんじゃね? という質問には、アローラがいるので怪しまれるので無理ですと答えたいネム。ミニハンスちゃんにも変身できないのだ。
「ネム、浄化の力を使いなさい」
「あれは魔物じゃないんですよね? 効きませんよ」
「あいつらじゃなくて、そこの鎖によ」
「あぁ、なるほど」
ポムと手を打って、ぽてぽてと暴れるアローラのところに移動する。鎖を消す程度なら大丈夫だよね。
おすわりをして、両手を翳して、聖句を口にする。厳かな雰囲気にするのだ。
「……あげどーふ、きぬどーふ、あつあーげ、ハンペーン、ウオガーシ」
豆腐ではないが、柔らかくてふわふわしているからと、おでんの具も詠唱に加える凝りっぷりを見せて、ネムは聖女のように身体を純白に輝かせる。無駄にエフェクトに凝るおっさん幼女である。ヘルハウンドに噛まれても大丈夫だと信じているのだ。酷い幼女である。
だが、幼女の詠唱は酷く間延びをしていたので内容はアローラにはわからず、ただ神々しさだけが目に入り息を呑む。
『雷霆空間』
白き輝きが辺りを照らして、アローラを絡めとっていた鎖は灰となってサラサラと崩れていく。
「おしっ! ありがとうね! ここは僕にお任せさっ! 来たれ、ソロモン72柱の魔神アグニよ!」
その手に本を空間から取り出すと、アローラは元気に立ち上がり、不敵に笑うと召喚を使う。ペラペラと本が捲られていき、魔法陣と共に炎を纏った巨人が現れて、周囲を熱気で熱くする。
「アグニ、奴らを焼き尽くせ!」
アローラの命令を聞いて、炎の巨人は両手を空に向けると、巨大な火球を生み出す。
『炎ドラギオン』
火球が膨れ上がると、炎の龍と化して迫ってくるヘルハウンドたちの群れを薙ぎ払う。高熱によりヘルハウンドは燃えていき、焼けて倒れていく。驚くことにスロット台はビクともしていない。
「ふふん、王宮召喚士の力、その目に焼きつけるといいさっ!」
働き始めると元気になる社畜の見本みたいな少女はフハハと腰に手を当てて、ドヤ顔で笑う。
なるほど、たしかに凄まじい力だと幼女は感心するが……。
「アグニはソロモン72柱の魔神じゃないですよ。それに、そのグリモア……」
遠野物語と表紙に書いてあるよと、嘆息しちゃうのであった。めちゃくちゃな世界だなぁ、ここって本当に。




