88話 脳筋のロンリートウフ
泥田坊は数十年に一度どこかの国で見つかる災害級の幻獣だ。無限の再生力を持ち、倒すには周囲一帯の地形を破壊するほどの大魔法しかない。それが泥田坊を倒すための方法であり、長らくその方法しかないと思われてきた。
そして温泉街にそのような魔法を使えばどうなるかもイアンはわかっていた。温泉街を吹き飛ばすほどの魔法。長い年月と膨大な魔力と効果で希少な触媒を利用しなくては地形を破壊するほどの魔法は使えないし、温泉街がそれによりなくなれば、倒す意味がなくなる。そのため、諦めがてら、温泉街の幻獣討伐を依頼していたのだが……。受けた男が現れるとは思ってもみなかった。
「まるで暴風だな」
呟くようにハンスと名乗る男の戦い方を見物する。
「ですな。技なく、力のみでの戦い方。しかもそれが通用するから怖い」
ジーライ老もその言葉に同意する。
目の前には嵐が存在していた。竜巻とでも例えれば良いだろうか。ハンスは力任せに愚直にハンマーを振り回していた。実に素直な振り回しだ。単純に力を入れて振る。その起こりも筋肉の動きから予測できるし、視線からどこを狙ってくるかもわかる。
素人の闘い方だ。通常ならば少し腕のある者なら、躱し、いなし、崩しを持って対抗できるだろう。
しかしながら、ハンスは恐ろしい身体能力を持っていた。力を込めてハンマーを横薙ぎに振ると思った瞬間には突風が巻き起こり、振り抜いた態勢となっていた。振り上げると風圧だけで、泥田坊は浮かび上がる。振り下ろせば、防ごうとする腕ごと叩き潰す。かすっただけでも、その衝撃で吹き飛ぶ。
力が隔絶しているのだ。泥田坊はその高い筋力から繰り出される攻撃から逃れることはできない。
瞬きの間に、ハンマーを振るうハンスの腕はその速さに掻き消えるように見えて、泥田坊を破壊していった。泥田坊の再生力は落ちてはいない。すぐに復活するのだが、それを上回る速度で殲滅していっているのだから。
だからこそ見えてくるものがある。
イアンは『魔力見』と言う特殊な武技を操れる。その武技ならば、敵の体内で、その周りに流れていく魔力が見れるので、天賦の才の剣の腕も加わり、剣聖と呼ばれる今となった。
数多くの幻獣や魔物を倒し、英雄と言われた若い頃。カッコ良ければ、チョロインたちが列を成し、私がイアンの恋人よとハーレムになるほどだったのだ。その面構えが強面の髭もじゃで、大柄な体躯も加わり、衛兵たちが列を成し、君が山賊だなと、牢獄行きになりそうな残念主人公キャラでもあったが。
泥田坊は焦って再生をしていたことにより、本来は気づかなかった魔力の流れが見えてきたのだ。薄い魔力。同じ魔力を繰り返し使うことにより、ようやく見えてきたのだ。
泥田坊は霧のような魔力に包まれて再生をしていた。それすなわち、今まではスライム系統の魔法生物だと思ってきた泥田坊の真の姿は違うということだ。
「ハッハー、まだまだ再生できるんだろ? 楽しくなってきやがったぜ!」
泥山を殴るだけの簡単なお仕事ですと言わんばかりに、ハンスは再生をされてもめげずに倒し続けていく。
コックピット内では、幼女もハイテンションでレバガチャをしていたりする。
「うぉぉぉぉ」
ちっこいおててで、ガチャガチャとレバーを動かして、フンスンと鼻息荒くボタンをペチペチ叩いていた。きっとまぐれで大技が出るんだよと、興奮しながら奇跡を信じていた。対戦相手ではカモになるタイプだ。しつこく連コインをすると、相手から怒られちゃうタイプだ。
ハンスちゃんの移動に合わせて、小柄な体を傾けて、ていていと倒していく。泥田坊が再生しても、キックだ、パンチだ、ハンマーだと、頬を紅膨させて夢中になってゲームを楽しんでいる。どこかの世界線の黒幕な幼女と違い、その戦闘に頭の良さも優雅さもない。ゲームに夢中になっている可愛らしいアホな幼女がいるだけであった。
「主様〜。敵の正体がわかりましたよ〜」
ぱたぱたと小さなコウモリが視界に入ってくるので、ボタンだけペチペチと叩きながら見つめる。
なぜかハンスちゃんは勝手に行動をして、敵に迫るとハンマーを振り抜いているが、たぶん攻撃ボタンのせいだもん。
「なんです? コンボを300まで繋げたいんですが。もうSSランクを取るのは確実だと思うんです」
コンボを繋げないとと、なぜか使命感を持つ幼女にコウモリことイラは告げてくる。
「わかりましたよ、主様。あいつただのゴーレムです。巧妙に隠蔽してましたが、敵の正体は地面の中ですね」
「地面の中? 本体は隠れているということです?」
ボタンを押すのも止めて、イラへと向き直る。ハンスちゃんは戦い続けているが、きっとデモ画面なんだよ。
「はい、魔力の流れが見えました。かなーり隠蔽レベルが高いので、今までは誰も気づかなかったのでしょうね。主様がアホみたいに際限なく泥田坊を倒し続けたので、隠し通せる限界を使用された魔力が超えちゃったんですよ」
「なるほど、私の計算どおりというわけですね」
先程、夢中になって、無双ゲームをしていた幼女は平然と嘘をついた。ケロリとした愛らしい顔をコクコクと縦に振る。中の人の性格がわかろうというものだ。
「では、その正体と言うやつを教えて下さいな、イラ」
「ほいさっ。お任せください、主様」
イラが魔法の準備をし始めるので、それまでは休憩だねと、デモ画面を見ながらとっておきのどら焼きを取り出して、カジカジと小さなお口でリスみたいに齧る。
と、
「ハンス殿、そなたの真下に敵が隠れておる!」
鋭い声音でイアンが忠告を入れてくる。
「知っています」
麦茶ないかなとデモ画面を見ながら、タイミング遅かったねと、イアンお父様に同情しちゃうのであった。
「さて、と、地下にいるのか?」
再生した泥田坊の群れをひと薙ぎで吹き飛ばすと、ハンスちゃんは首をコキコキと鳴らす。
「うむ、隠蔽されていたが、そなたのおかげでわかった。俺も手伝おうか?」
イアンはどのような返答が来るのか予想してはいたが、一応確認する。ハンスは予想通り、ニヤリと交戦的な笑みを浮かべると、肩にハンマーを担ぐ。
「伯爵殿が倒すと、依頼料が減っちまうだろ? それに、俺が戦い始めたんだ、最後まで俺がやるぜ」
足を開き、気合いを入れて仁王立ちすると、すぅと息を吐く。
「そこに隠れていやがるのか。それじゃ、正体を見せてもらうとするかね。えーんやこらっと」
片手を地面に翳して上向きに人差し指をクイッと曲げる。
『爆雷』
ドカンと地面がマグマでも噴出するように、噴き出して上空へと散らばっていく。
「その地面にはたっぷりと俺の力を染み込ませた。おっと、出てきたみたいだな」
噴き出す地面の土塊の中に2メートルぐらいのヒョロリとした人型が見える。くるくると回転すると、そのまま目の前に落ちてくる。
「ゴラゴラ! 俺様を見つけるとはやるなゴラ」
態勢を立て直し、ズシンと地に足をつける人型。その姿はというと
「人参? 高麗人参? いや、もしかしてマンドラゴラとかいうやつか?」
オレンジ色のひょろ長い人参が立っていた。いや、人参には手足も頭もついている。頭の部分に葉っぱがついている。
「ゴラゴラゴラゴラ。俺様の名前はゴラゴラ。泥田坊のゴラゴラだゴラゴラ」
ゴラゴラうるさい幻獣だ。……んん? 名前がついている?
「なんだ、お前? 誰かに使役されているのか?」
ネームドモンスターにしても、へんてこな名前だとハンスちゃんは眉をひそめる。適当なネーミングっぽい。
予想は当たって、ゴラゴラはニヤリと笑う。
「先程、ボスに使役されたのだゴラゴラ。ボスからの力を貰いパワーアップした俺様と出会ったことを後悔するゴラゴラ」
「あ〜ん? ボス? ……まじいな、嫌な予感がするぜ」
頬をポリポリとハンスちゃんはかきながら苦笑する。こういうパターンって、あれだよね。カジノのクリスタルを狙う奴がいるというパターンだよね?
真面目にやるかとレバーを握りながら、ネムは可愛らしい顔をしかめちゃう。カジノは絶対に復活させるのであるからして。邪魔をするやつは即滅だ。
「貴様らはここで死ぬから、考えなくても良いぞ? むぅん、『真似っしゃす』」
パンプアップして力を込めるゴラゴラ。その身体がオレンジ色に輝くと、膨らんでいく。ゴワゴワと身体が変化していき……。
カウボーイハットにロングコートを着込んだ獣のような男へとその身体が変わっていく。というか、ハンスちゃんだ。
「驚いたか? 俺様は自らに蓄えられている魔力を使い、相手と同じ性能を持つことができるのだ」
「はぁ……コピー人形かよ」
真似をする敵かぁ。よくいるよね。ちなみに一番嫌いだったのは世界が崩壊した後の戦車乗りのゲームで出てくるコピーホムンクルスだ。あれは雑魚のくせに恐ろしく強かった。だからあまり好きじゃない。
その手に純白のハンマーを持ち、ゴラゴラはヒュンと振るう。その風圧は廃墟の残った窓ガラスの破片を吹き飛ばし、砂埃を巻き起こす。
「ふ、なかなかの強さだゴラゴラ。これからはこの体で暮らすことにするゴラゴラ」
ニヤリと嗤うゴラゴラ。ハンスちゃんのパワーに満足した模様。が、関係ない。もしかしなくても、競争相手がいるとわかったので、急ぐことにする。
「遊びはやめておくぜ」
地を蹴り猛然とハンスちゃんはゴラゴラへと迫り、ハンマーを振るう。
「ふふん、わかってないようだな!」
ゴラゴラもハンマーを振るい迎え撃ってくる。ガキンと大きな金属音が響き、二人の闘気がぶつかり、突風を巻き起こす。そうして、力比べのように押し合っていると、ゴラゴラはハンスちゃんを押し返してくる。
「む?」
「互角と勘違いしたか? 俺様は貴様の力と合わせて、自らの力を使うことができるんだよ! すなわち、貴様のパワーに俺様のパワーが上乗せされたいるのだっゴラゴラゴラゴラ」
高笑いをするゴラゴラに、ニヤリとハンスちゃんは楽しそうに獣のような笑みを浮かべる。
そのまま押し返すべく力を込めていく。
「ゴラゴラ、貴様のパワーは既にコピー済み……ご、ごら?」
簡単に押し返そうと余裕を持って、ゴラゴラは力を込めるが、今度はビクともしないことに驚き戸惑う。
「そら、力は負けないんじゃないのか?」
「な、なんなんだゴラゴラ?」
『闘王拳2倍』
豆腐をお代わりだよと、ハンスちゃんの中のネムは力を上乗せしていく。2丁とは言わず3丁と。
「おおお?」
膝を付き、ぶるぶると腕を震わせて耐えようとするゴラゴラに、冷酷な死の視線をぶつけて、ハンスちゃんは嗤う。
「お前じゃ、残念ながら俺の敵ではないみたいだな」
「ま、待てゴラゴラ」
恐怖の表情となるゴラゴラだったが
『雷霆槌』
ハンマーを雷光で光り輝かせて、一気に振り下ろす。爆発的な白光が辺りを照らし、ゴラゴラは一瞬の内に消し飛び、その威力によりクレーターが生まれるのであった。
「さて、伯爵殿? 早くカジノに行こうじゃねぇか? 盗賊に奪われないようにな」
肩にハンマーを担いで、ふぅと息を吐く恐ろしい力を見せつけるハンスちゃんであった。
どら焼きを食べ終えて、ふぅと息を吐く甘味大好きなネムであった。
キグルミ幼女はどら焼き片手に戦っていたのだ。麦茶誰かください。




